第172話 ジャミングカーテン

 アフターバーナーを煌めかせて離れていく二機のゼルエルを見送り、あたしは改めて獲物であるミカエルⅡを睨む。一機は今しがた喰ったから全部で三機か、ラケシスの相手にしちゃちょいと物足りないがしょうがない。


「さぁて七年振りの実戦だ、派手に喰い散らかすよ!」


 スプリガンに派遣される前、ファリエル様から直々にあの二人の護衛とタカマガハラへ誘導の命令を受けていた。このタイミングで二人揃って既に終えたはずの評価試験項目のやり直し任務、何故か二人の飛行空域近くの海域でトラブった気象観測船…どう考えても怪し過ぎるシチュエーションに整備兵共のケツを蹴っ飛ばしてラケシスを実戦仕様に組み替えさせてたら状況が動き出したと連絡があった。やっぱあたしみたいなパイロットは勘を頼りに動いとくもんだ、即スクランブル発進出来たおかげでなんとか間に合った。

 三機が散開してそれぞれが別々に回り込もうと接近してくるのが見えるが、どれほどのもんか…まずはお手並み拝見といこうかね。仕掛けてくる場合に強力なジャミングが展開されるのは前々から予想してたから主翼の付け根にあるハードポイントにはガンポッドを装備し、翼下のパイロンはロケットランチャーを付けてある。無誘導の武装ばかりだけど、まぁ縛りプレイでもなんとかしてみせるのがプロってもんよね。

 一機がすれ違う手前で突然機首上げしてコブラの姿勢を取る。あ~ハイハイ、解りました御見通しですご苦労さん。そいつはその姿勢のままあたしの行く手を遮るようにバルカンを連射するが、そんなもんはちょいと進行方向をずらしてやって、すれ違う瞬間に機体を傾けてやるだけで当たらない。おまけにコブラの姿勢を維持する間、相手を視認出来ないのも致命的だ。案の定、極細線の弾幕はあたしの翼に掠りもせず空振りに終わる。


「知らない相手に一発かますんなら有効かも知れなかったけど…」


 射線脇を通過した直後にクルビットで機体を回転させ、今すれ違った敵機が正面に来たら停止。RDY‐GUN、トリガーを引くと機体に内蔵されたバルカンと追加した二門のガンポットから暴風のように弾丸が放たれてあっという間に敵機を蜂の巣にする。


「あたし相手にやるべきじゃあなかったね。さぁ、次!」


 爆散する敵機を背後に機体を再度回転させ、スロットルを押し出して加速する。フォーリアンロザリオがどう足掻いても再現出来なかった、ハッツティオールシューネの持つ爆発的な加速力。その秘密はジェットエンジンと固形燃料ロケットブースターのハイブリッド構造にある。スロットルレバーを最前位置に押し込み、その状態でレバー側面のスイッチを押し込むことで点火されるロケットブースターがエンジンノズル付近に仕込まれていて、これが他に真似の出来ない加速を生む。

 後方に回り込んだ敵機が追い掛けてくる。量産機と侮っていたが、なかなかどうしていいスピードが出てる。なるほど、あの二人が振り切るのに苦労するわけだ。二機がミサイルを時間差で計四発撃ってくる。機体をロールさせて天地を逆さまにし、海面目指して真っ逆さまにパワーダイブ。そこから更にミサイルが飛んでくる方向へと旋回させれば、ミサイルの追尾限界を超えて安全圏へ退避完了。


「なんだい、格闘戦はやらないのか? ミサイルのホーミングに頼るようじゃパイロットとしちゃ二流だね」


 まぁいいや、あの二機が逃げる時間は充分稼いだはずだ。再び高度を上げると二機のミカエルⅡを頭上に見えるように緩やかに背面飛行へ移行。そろそろ昔みたいに…狩りの時間と行こうかねぇ!

 あたしの中でスイッチが切り替わる。一機に狙いを定めて急降下からの急加速で接近を試みる。正面からミサイルが飛んでくるのが見える。だがそんなものに被弾するあたしじゃない。飛んできたミサイルの脇を抜け、パイロンに取り付けたランチャーからロケットを二十発ほど放出する。近接信管は付けてあるが、こんなもので戦闘機を撃墜出来るなんて思っちゃいない。そもそも装填されているのも空対地ロケットだし、普通は戦闘機相手に使うものじゃない。でもそんなこと相手は知らない。必死に回避しようと急制動をかける。それこそがあたしの狙いだってのにさ。


「も~らいっと!」


 急旋回でスピードが落ちたところへバルカン斉射。所詮はフォーリアンロザリオの戦闘機、ハッツティオールシューネみたいに急加速用のブースターがあるわけじゃない。大した回避機動も出来ないまま主翼がもげ、コクピットごと機首が弾け飛び、ぼろ雑巾になって落下していく。


「あとひとつ…」


 左右に視線を走らせ、あと一機いたはずの敵機を探す。だが後方確認用ミラー三枚を見ても姿が無いし上でも無い。


「下か!」


 操縦桿を一瞬右へ倒して即座に手前へ引く。ラケシスの腹を掠めて飛び抜けていく弾丸の群れと数瞬遅れて最後の一機があたしの傍を駆け抜けていった。衝撃波で揺れる機体の体勢を立て直し、ブースター点火。


「背中がガラ空きだよ、ブラックドッグ!」


 振り切ろうと右往左往しても、たまに入れてくるフェイントも無駄だと教えてやる。あの戦争で好き放題喰い散らかした連中と比べればマシな動きをするが、どう足掻こうとあたしとこのラケシスに背後を取られて逃げられるなんて思うこと自体間違ってる。姿を見た者に不幸を呼ぶ黒い犬? それがなんだ、こちとら運命を司る女神様だぞ。


「地べた這いずる犬っころが、あたしの相手するには百年早ぇ…!?」


 バルカンの射程距離に届くかというところで、突然減速しながら敵機がふわりと浮くのが見えた。直後に眩い光が視界を奪う。この攻撃には覚えがあった。まったく忌々しい記憶を呼び覚ましてくれやがって…。こちらも減速しながら右のフットペダルを思い切り蹴っ飛ばす。あの戦争でハッツティオールシューネがゼルエルと比較して加速性においては終始優位性を保っていたものの、旋回性能でやや後れを取っていた事実から推力偏向ノズルの見直しやカナード翼の形状変更などの改修が行われた。その結果実現可能となった新たな特殊機動、機体を垂直方向に回転させるクルビットとは違い、制御された水平回転フラットスピン…四つ目の特殊機動「ユーラ」。横方向に強烈なGがかかるためパイロットにも機体にも負担は大きいが、一瞬とはいえ機体全体を進行方向に対する抵抗にしてしまうクルビットよりも減速を抑え、素早く機体を回転させることが出来る。そのままエンジンをアイドリングさせることで、クルビットでやった時と同様に短時間であれば後ろ向きのまま飛行することを可能としていた。


「あいつに教わったか? 残念だったね」


 真後ろを向いたら、案の定目の前に頭上を滑るように移動してきたミカエルⅡと顔を合わせる。操縦桿とペダルで向きを微調整してトリガーを引く。鉄火の暴風は反撃の暇すら相手に与えず、同盟国の主力戦闘機をただの鉄屑に変えていった。コクピットが吹き飛び、エアインテークや主翼など正面から見える部分が見る見るうちにぼろ雑巾になっていく。数秒後に機体内部の燃料タンクでも撃ち抜いたのか、爆発を起こして砕け散った。


「よし、殲滅完了」


 …と思ったけど、もう一匹獲物がいたことを思い出す。機体をくるりと回転させ、ブースターを点火して再加速。垂直降下して海面ギリギリで機首を起こす。ノズルから噴き出る排気で海面の水が吹き飛ばされ、派手な水柱が上がる様子がミラーに映る。


「非武装の船だったら撃っちゃまずいかもだけど…ECMだって立派な兵器だよねぇ」


 前方に浮かぶ気象観測船もどき。三人の中でも対艦戦闘を担当してたあたしに見つかっちまったのが運の尽きってことで…。ランチャーに残るロケットの残弾を確認、三十発弱か。まぁあんな小舟沈めるには充分かな。FCSにロケットの発射準備を指示すると、HUDにおよその着弾地点を示す円が表示される。


「余りもんだけどさ、遠慮はいらねぇから持ってきなぁ!」


 ロケットを目標手前8kmぐらいから発射開始、何発かは目標に届く前に海面に着弾してしまったが、他は観測船もどきの横っ腹に突き刺さって小さな爆発が次々起こる。そのままロケットを連射しながら1kmぐらいまで接近したらバルカン砲の射撃に切り替えてとどめを刺す。撃てるだけぶちかまし、目標の頭上をフライパス。旋回しながら高度を上げ、戦果を確認する。船の頭に乗っかってたレドームは無残に崩壊し、吃水付近に穴が開いたらしく次第に右舷側へと傾いていく。


「久々の実戦…ん~、まぁミサイル無しならこんなもんか。ちょっち不完全燃焼気味だなぁ」


 これならヴァルキューレとの模擬戦の方が楽しいかも知れない…が、まぁ実弾撃てて相手を破壊出来たのだから文句言うのは贅沢ってことにしとくか。海上での一際大きな爆発の後、ECMが消えてレーダーも綺麗になった。さて、と燃料計を見て航続距離を計算する。燃料使い過ぎた、タカマガハラまで飛ぶって考えると全然足りない。あたしにも空中給油機を回してもらうか。

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