第171話 不吉の黒犬

 こっちに向かってくるフィー君のゼルエルの姿を見て、私の意図は理解してもらえたものと判断。襲い掛かって来てるミカエルⅡにECM装備は見えないし、おそらくあの気象観測船のレドームに高出力のジャミング装置が入ってるんだ。それに一瞬すれ違ったミカエルⅡの垂直尾翼に描かれていたエンブレム、闇を切り取ったかのような真っ黒い犬…あれはキャペルスウェイト隊のマークだった。


「フォーリアンロザリオの気象観測船にジャミングされて、首都防空専門部隊のミカエルⅡに襲われて…」


 おまけに今回私たちがこの空域に飛んできたのはフォーリアンロザリオ本国からの要請、これだけ条件が揃えば…今のこの状況はフォーリアンロザリオの誰かによって仕組まれたものと考えて間違いない。


「グロキリア…か」


 イーグレットがキャペルスウェイト隊からバンシー隊に配属されてきた時点で気になってたから、キャペルスウェイト隊について調べてたら偶然見つけた計画書。データが細分化されていたせいで全体像を把握するまでハッキングするのに少し時間がかかったのを憶えている。

 高出力エンジンを四基搭載し、姿勢制御用ロケットスラスターを機体各所に装備、ウェポンベイにミサイルを二十発前後搭載出来るうえに固定兵装としてレールガンまで取り付けられている…神話の単眼龍の名を冠するに相応しい、化け物みたいな戦闘機だった。見つけたその時は馬鹿げた妄想してる人がいるんだなぁぐらいにしか思ってなかったけど、プラウディアでブリュンヒルデに装着されたG型装備なんて化け物みたいなオプション装備を見て、あれが決して鼻で笑える話では無かったのだと気付かされた。


「だとすれば、プラウディアで偵察ポッド壊しちゃったからかなぁ…。G型装備の運用データ、あれにしか記録してなかったんだもんね。そりゃ恨まれて当然か」


 だからと言って黙って殺されるつもりも無い。最大加速でさっさと離脱したい…が、さっきから全然引き離せない。ゼルエルとミカエルⅡなら運動性能で後れを取ることは無いはずだけど、追ってくる二機は特別仕様なのかも。フィー君と翼を並べ、二機揃ってS字飛行をしながら西を目指す。計器類は相変わらず狂ったままだけど、太陽の位置からしてこっちで間違いないはずだ。


「フィー君、聞こえる!? 聞こえたら応答を!」


 呼び掛けてみるけど相変わらずノイズしか聞こえない。これだけのレベルのジャミングを広範囲に展開し続けられるとは考えづらいし、有効範囲を出れば回復すると思うけど…。後ろを警戒していると、突然陽の光が遮られた。反射的に頭上に視線を跳ね上げるとキャノピーの向こうに背面飛行するゼルエルと、そのコクピットでフィー君が前方を指さしているのが見えた。


「前…?」


 見れば前方に太陽光の反射による輝きが二つ…嫌な予感がする。機体をスッと右に滑らせながらロールさせて背面飛行を解くフィー君がそのまま回避機動に移るのが視界の端に見え、私も左へ急旋回しながらチャフを撒く。


「新手…!?」


 ミサイルが飛んできた後、新たに二機のミカエルⅡが襲い掛かってくる。これで敵は四機…フル装備なんて贅沢言わないから、せめてバルカン砲とヨハネ四発でもあれば余裕で撃退出来るだろうに!


「あ~もう、しつこいなぁ!」


 二機ずつに分かれてフィー君と私を追い回す黒犬たち。最初はバルカン砲で削り落とそうとしてるように見えたけど、今はためらいなくミサイルを使ってくる。ロックオンアラートもミサイルアラートも鳴らない。本当にセンサー系は全滅しているらしい。ここまで来ると整備の段階で何か仕込まれたんじゃないかと疑いたくなってくる。真っ直ぐ西を目指したいのに、二機が一糸乱れぬ連携をしてくるせいでなかなか思うように飛ばせてもらえない。片方からバルカン砲で牽制弾を撃たれ、それを避けた先でもう片方からミサイルを撃たれる。チャフとフレアを撒き散らして回避するも、目の前のバイザーには今放出した分で空になったという表示が明滅する。


「くっ…」


 ちらりとフィー君の方を見ると、向こうも紙一重で避け続けているようだけど…大分辛そうに見える。瞬間…ぞわっと背筋に冷たい感覚が走るのを感じて後方を振り返る。300mほど離れたところにミカエルⅡがいて、ウェポンベイが開くのが見えたような気がした。今あの位置からミサイルを撃たれたらチャフもフレアも無しで回避出来るだろうか? それでもやるしかない、ミサイルが放出された瞬間に急旋回すれば避けられる…はず。そう思って目を凝らし睨んでいたら、そのミカエルⅡが突然真下から無数の弾丸に撃ち抜かれ、右主翼が弾け飛んだ。


「ふぇ?」


 墜落していくミカエルⅡを後目に垂直上昇で空へ駆け昇っていく深紅の機影、あれは…ラケシス?


「ハロー、聞こえるお二人さん?」


 無線から聞こえてきたミレットの声。あれ、無線が通じてる?


「とはいえこれ一方通行だからな…まぁいいや、とりあえず聞こえてるって前提で指示だけ垂れ流しとくわ。あんたたちはこのまま西へ飛んで、陸が見えたら北へ向かって。空中給油機が待機してる手はずになってるから、給油を受けたらそのまま更に北上して。しばらく飛んでりゃ、別のエスコートが合流するはず。後はそっちの指示に従って」


 海面を這うように低空で飛んできたのか、キャペルスウェイト隊のミカエルⅡたちもラケシスの接近には気付かなかったらしく慌てて距離を取りながら三機編隊を形成する。


「こいつらの相手はあたしがやる、実弾も持ってきたしね。まったく、エスコートなんて柄じゃないってのにさ」


 声色から苦笑いを浮かべる彼女の顔が思い浮かぶ。ひとまずここに留まる意味も無いし、せっかく心強い援護機が来てくれたのだから一刻も早く逃げるべきだ。


「ごめん、ありがと!」


 さっき一方通行って言ってたから、こっちの声は向こうに届かないんだろうけど…自然と口から出てきた。三機のミカエルⅡ相手に獰猛さすら感じさせる暴力的な加速で襲い掛かる真紅のハッツティオールシューネの姿には、状況が状況だっただけに感動すら覚えた。

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