第170話 漂流船

 今日はティクスも連れたゼルエル二機で、もう何度目になるのか解らない新型エンジンの評価試験で飛んでいた。いつも通りスプリガン基地から東へ飛び、眼下の雲間に海を見ながら飛ぶ敵機のいない空は気持ちいい…が、今搭載されている試製テンペスト‐ⅩⅥの評価は報告書で出したはずなのに、もう一度…それも二機で飛べとはどういうことなのか。


「偵察型と電子戦型じゃ差もほとんど無いし、同じエンジン積めば加速特性も同じはずだが…二機で何か差が生まれるとでも思ってんのか…?」


「まぁいいじゃん、私は二人で飛べて嬉しいよ? いいお天気だし」


「ピクニック気分で飛んでんじゃねぇよ」


 能天気なこと言いやがって…。ラケシスとの模擬戦闘じゃエンジンの限界性能を引き出したと自分自身感じているし、報告書にもがっつり書いたんだけどなぁ…。技術屋はうちのエンジンよりルシフェランザ製エンジンが優れてるって意見が気に喰わないんだろうけど、現場で実際に何度も模擬戦闘を重ねてる人間からの意見なんだから真摯に受け止めて欲しいもんだ。国が協調路線を選んだんだし、これじゃなんのための共同開発計画か解らん。


「結局、七年経っても相容れない部分があるってことか。やれやれ…」


「フェニックスよりブリュンヒルデ及びシグルドリーヴァ、応答せよ」


 スプリガン基地の管制室からオレたちを見守ってくれているフェニックス試験小隊専属オペレーター、クロエ・イリア中尉の声がする。


「こちらブリュンヒルデ、どうした?」


「フォーリアンロザリオ本国から緊急要請です。南オルクス海にて気象観測船ティシュトリヤがトラブルにより漂流中、現場へ急行し状況を確認されたし…とのことです」


 気象観測船が漂流? 今朝確認した天気予報じゃ海が時化る要素は無かったはず。単純に機関故障か? いや、ていうか…それってオレらの仕事なのか?


「GPS信号で補足した目標の現在位置を送ります。確かにこの座標からすれば、最短で目標を直接確認出来るのはお二人です。要請されたのは状況確認だけですし、上空をフライパスして目標を肉眼で確認、一言二言交信するだけでも行ってもらえますか?」


「国からの要請を無碍に断ることも出来ない…か。しょうがねぇ、行くだけ行ってみるか。ブリュンヒルデ、了解」


「シグルドリーヴァ、了解」


 目標の座標を確認し、緩やかに左旋回。機首を北東に向け、アフターバーナーを点火する。燃費効率は悪くなるが、こんなお使いはさっさと終わらせるに限る。正確な位置と状況を目視で確認したら、海難救助専門の部隊に情報を引き継いで帰る…それだけだ。音の三倍近い速度で綿雲の浮かぶ空を疾走する。程無くして、愛機のセンサーに海上に浮かぶ大型船の影が映り込んできた。


「こいつだな。雲の下に降りる、さくっと頭の上を通過して様子を確認したら引き上げるぞ」


「了解。…でも変なとこにいるんだね、観測船って。こんなとこの天気調べて、なんの意味があるんだろ?」


「どっかのエライ先生様の考えることなんざ解りゃしねぇよ」


 フォーリアンロザリオ本国じゃ明日の終戦記念日に向けて一部じゃお祭り騒ぎ、一部じゃ葬式ムードとかって雰囲気だろうに…帰ろうとしてトラブったか行き掛けにトラブったかは知らないが運の無いヤツだ。

 目標の反応が近づき、そろそろ目視で確認出来そうな距離となった時…急にセンサーの表示にノイズが走り始める。


「ん、なんだ?」


 一瞬故障かと思ったが、この機体に乗ってもう随分長いこと経つけどセンサーに異常が発生したことなんて一度も無い。整備兵の腕も信頼しているし、自分でも日々確認している。


「え、ちょ…強力なECMを感知! そんな、この子の…CCMで中和し切れ…ぃ……て!?」


「ティクス!? おい、聞こえるかティクス!」


 すぐ傍を飛んでいる相棒に呼び掛けるが、無線はどのチャンネルもノイズがひどく聞き取れたものじゃない。そうこうしているうちにレーダー画面も真っ白に塗り潰される。この事実は強力なジャミングが偵察型ゼルエルのセンサーを潰し、加えて電子戦型ゼルエルのECCMでも中和出来ないレベルの代物であるということを示していた。


「こんなんじゃ、観測船の状況確認どころじゃ…」


 突然ティクスのゼルエルがこちらの左側を追い抜き、機体を左右に浅く交互にバンクさせて翼を振る。それを見て、全身の毛が逆立つような悪寒を覚えて反射的に右に急旋回する。直後に何かが背後を駆け抜けていくのを感じ、垂直尾翼の向こうに視線を跳ね上げると二機の機影が低空から上空へと物凄いスピードで上昇していった。明らかに戦闘機動だ。おまけにその機影は…オレを動揺させるには充分過ぎた。


「な、ミカエルⅡじゃねぇか!?」


 二手に分かれて一機はこちらに、もう一機はティクスの方へ向かって再び突撃してくる。状況がさっぱり理解出来ないが、とにかく相手を見極めるべく機首を真っ直ぐ突っ込んでくるミカエルⅡに向ける。ロックオンアラートもミサイルアラートも鳴らない…が、肌に張り付くような殺気を感じる。目測で距離を測り、ギリギリまで引きつけてからバレルロールを開始して衝突を回避する。

 だが衝突どころか、前方から大気摩擦に輝く弾丸が飛んできてわずか十数m逸れた空間を切り裂いていった。これで確定だ、こいつらオレたちを撃墜するつもりでいる。


「くそったれ、なんでミカエルⅡに追い回されなきゃならねぇ!?」


 しかもこのミカエルⅡ、なかなか素早い。計器類が全滅している以上、見失ったらアウトだ。すれ違ったミカエルⅡを探そうと右側にしかない眼球を左右に走らせていると、空中で何かが輝くのが見えた。ティクスの乗るゼルエルがチャフとフレアを撒きながら飛んでいる。ミサイルを撃たれたわけでも無さそうだが…。


「逃げようってことか、まぁそうだな」


 発砲も確認した以上、こいつらがオレらにとって敵なのは間違いなく、こっちは実弾なんか一発も積んでいない。それなら逃げる以外に選択肢は無い。最大加速で相棒のゼルエルに追いつこうとスロットルレバーを前方に押し込む。キャノピーフレームに取り付けられた三枚の後方確認用のミラーで追ってくるミカエルⅡの位置を確認し、時折蛇行させながら全速力で西へ向かう。

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