第167話 暗部の産物

 微睡みから覚めると、視線の先にあったのはあの場所に似た無機質な白い天井。ここはフォーリアンロザリオ王国と国境を接する隣国、イクスリオテ公国にあるゾーハル空軍基地。非公式にではあるがイクスリオテは私たちの活動を支援してくれている。国内の反王国気運の高まりを受けてのことだろう。


「…久し振りね、あの頃の夢を見るなんて」


 私がこんな有様になる転機となった出来事…。地上に出た時には既にルシフェランザとの戦争は始まっていた。ちょうど宣戦布告と同時に侵攻してきた航空機による空爆で国中が大混乱だった時期だ。戦禍で無人になった家に忍び込んで服と金を調達し、時には闇市の商人どもに能力を使い幻惑させて商品や売上金を横取りしながらあの戦時下を生き延びていた。そんなことを二年ほど続けているうちに戦局は安定し、治安も回復してきたため闇市は姿を消した。だがまともな仕事を探そうにも歪なこの容姿が邪魔をし、結局他人から奪って喰い繋ぐ日々は続いた。

 そんなある時、街頭テレビで活躍している空軍部隊のニュースが流れていたのを何気なく見上げたら…見知った顔があった。ルシフェランザの運命の三女神隊と戦うために特別な機体を与えられた生え抜きのエースパイロットたち…そのメンバーの中にイーグレットを見付けたのだ。あの時、自分の体を玩具にさせることで多くの苦しむ命を救うのだと豪語していた人間がいつの間にかパイロットとして軍にいる。そしてひょんなことから彼がグリフィロスナイツと呼ばれる女王直属の特務隊に所属していることを知って、更に苛立ちは膨れ上がった。あれだけのことをされて、あれほどの苦痛を与えられて何故まだ国に尽くそうとしているのか理解出来なかった。

 御国のため…その呪縛に縛られて自我を失くした傀儡と成り果てる、それが彼の生き方だと言うのならばそれもいいだろう。事実彼の言っていた通りこの国の医療技術は飛躍的に進化し、生体義肢なんていう代物まで実用化され始めた。馴染むまでに長いリハビリ期間を要し、従来品とは比較にならない費用が掛かるため普及率は上がっていないまでも、驚くべき技術だ。

 他にも外国では未だに完治の難しい病気であっても治してしまえる技術を次々と確立していった。それで救われた人は確かに大勢いるだろう。それは彼の功績と言っていいのかも知れない。大を生かすために小を切り捨てる…それが指導者として正しい道なのだ、きっと女王はそう言うだろう。だけどそんなのは間違っている。そんな歪な国の在り方が許されてたまるか。

 ディソールから女王が政府の重鎮にも極秘で進める「グロキリア計画」について聞かされた時、私は決起することを誓った。同じくあの施設で過ごした経験を持つという彼も協力してくれたおかげで、充分とは言えないまでも戦力は集まりつつある。ルシフェランザとの戦争が始まるよりずっと前から国民を騙し、搾取し、己の妄想を実現するがために私や多くの人生を弄んで台無しにした元凶である女王には報いを受けてもらわねばならない。

 不意にドアをノックする音が聞こえて返事をすると、ドアを開けて入ってきたのはディソールと並び信頼する実戦部隊のリーダー。


「エルダさん、集結した部隊の装備と人員のリストをまとめました」


 手渡された書類に目を通す。航空戦力はミカエルⅡが二十四機、ローレライが四機の計二十八機。地上戦力は戦車が二台と軽装甲機動戦闘車が五台、歩兵が百数十名とその他アサルトライフルやら対戦車ロケットやらが並ぶ。とても王国を相手に太刀打ち出来る戦力ではないが、私たちは決して王国すべてを相手にするわけでは無い。


「地上戦力の一部だけでも先行してフィンバラに配置しておいた方が好ましいけれど…可能ですか?」


「小隊規模までなら可能でしょうが、さすがに重火器を運ぶとなると人目に付きますし…深夜に移動するとしても気付かれてしまうでしょう」


 となると残念だが戦車や装甲車は陽動ぐらいにしか使えそうに無いか。せっかくの戦車だがしょうがない。絶対的な戦力差を埋めるには戦闘は最小限に、電光石火でフィンバラへ侵攻して女王を血祭りにあげて我々の正当性を国民に訴えるしかない。それでも国民が味方に付いてくれるとは思えないが、訴えるべきを訴えなくては決起の意味が無い。


「指令書の偽造は?」


「そちらは問題ありません。私が完璧に再現して用意してみせます」


 彼女が言うのなら問題無さそうだ。共に動くようになって彼女の事務処理能力の高さには驚かされた。まさに聞きしに勝る、である。


「解りました、よろしくお願いします。ディソールには例の物の奪取に動いてもらっていますし、失敗は許されません」


「…ディソール。あの、くどいかも知れませんが…私はあの戦争で彼と共に戦い、そして彼は戦死したと…」


 第二次天地戦争を終結に導いた立役者ともてはやされたヴァルキューレ隊、その九番機ロスヴァイセのパイロットもディソール・ネイティスを名乗り、そしてプラウディアでの決戦でアトラクナクアによって撃墜された。その情報は私も知っている。本人に問い質しもした。


「彼は他人の肉体に人為的に人格を埋め込む実験の被検体なのです。だからあなたの知る彼と今の彼は同じ人格を持った別人、ということになりますね」


 彼女にも私の把握している範囲でグロキリア計画の全容は説明した。俄かに信じ難いと最初は訝しんでいたものの、ディソールが集めてきた計画の資料やデータを見せた後で自分でも調べたのか、それ以来基本的にこちらの話を信用してくれている。だがディソールの存在に対してだけは、未だに腑に落ちない顔をすることが多い。


「そうですね、今回の作戦の成否で判断する…ではいけませんか?」


「…成功なら成功で、疑わしくなりますけどね」


 ディソールは歩兵一個分隊を護衛につけ、フォーリアンロザリオ王国が管理する広大な自然保護区レギンレイヴに向かってもらっている。太古の昔、それこそ神話の世界で光を司る単眼の龍が体を休めたという言い伝えが残る湖と周辺の森の中に王室が管理する極秘の軍事施設があるという情報を得ていた。そこへ潜入してもらい、開発中の超大型マルチロール戦闘機を奪取する作戦だった。


「とにかく、私としては地上戦力の展開計画だけでも彼には伏せておくべきと思います。計画の被検体だったという過去も…私にとっては信頼する理由にはなりません」


「…解りました。他ならぬあなたの助言ですし、気に留めておきます。ちなみに、あちらの経過は如何ですか?」


「良好ですよ。元気に育ってくれています」


 彼女が私たちに協力する見返りとして要求したのは、まだどこの国でも認められていない禁忌の技術…クローニングと遺伝子操作によるデザインチャイルド技術の提供だった。遺伝子情報を人為的に書き換え、生まれてくる子供の先天的な障害を排除し、才能を付加し、容姿など身体的特徴でさえも成長段階である程度そうなりやすいように組成する技術。しかしどれだけ調べても能力者を能力者たらしめる遺伝子を見付けることが出来ず、白衣連中としては片手落ちの未完成な技術だったが、彼女にとっては充分だった。


「人工子宮を使ってのクローニングと遺伝子操作、一瞬たりとも生身の女の胎に収まったことの無い造られた人間ホムンクルス。神をも恐れぬ技術を自ら使いたいだなんて…」


 彼女自身の卵巣から胚を採取して遺伝子操作を行い、四年前から人工子宮で育成した彼女の娘は三人…。しかし二人は人の形を成す前に死に、昨年初めて人工子宮から取り出して保育器に入れるまでに育った。


「もしもの時には私の夢を託すのです、あの人の子に見合う娘でなければなりません。では、私は機体の整備に行きますので」


 私の白髪とは違う…恨めしいほどに綺麗な銀髪をふわりと浮かせて踵を返す彼女の後姿を見送り、再び一人になった部屋の中でもう一度作戦の概要を確かめる。目標はあくまで女王ルティナの殺害、私たちの主張に大衆が味方してくれるかどうかは…決起に参加してくれているみんなには悪いが、個人的には別にどうだっていい。


「…あんたが生み出した狂気、あんた自身は感じ取れてるのかしら? 盲目の狂った女王様?」


 私は私の復讐が成せればそれでいい。今回はたまたまみんなとそのベクトルが合致しただけ。私はあの頃から重ねた歳月分体も大きくなった。なのにあの女王様は今も昔も変わらない少女の姿のまま。歳を取らない奇病らしいが、それも事実かは疑わしい。イーグレットがいるのだし、それらしいデータや記録は残されていないが、彼女ももしかしたら計画の被検体なのかも知れない。だけど以前に体調を崩して病院に運ばれたりしたニュースを見た覚えがあるし、身体的ダメージを自動修復するイーグレットとは違うように思える。

 殺せるものなら殺してやる。仮に殺せないのなら全身をバラバラに引き裂いて海に撒き、魚のエサにでもなってもらおう。窓の外の雨を眺めながら、今一度誓う。私のために、国のために、みんなのために…女王ルティナに死の制裁を。

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