第153話 それぞれの道へ

 終戦祝賀パーティー会場で女王陛下が仰っていたように軍全体で残存部隊の再編制や統廃合が行われることになった。ゼルエルの半数近くを失ったこともあって、ヴァルキューレ隊もひとまず解散となる。隊員全員が隊の存続を求めればおそらく存続しただろうが、そうはならなかった。みんなそれぞれ、自分の道を歩むことを選択したのだ。

 デイジー隊の隊長だったメファリア・スウェイド大佐が軍令部付の幹部に任命され、パルスクート基地の指揮を預かる立場になった。その際にカイラス大尉を副官に任命し、本人もこれを受諾したため今後は地上での仕事が多くなるだろう。

 アトゥレイ中尉とメルル中尉は教導隊への異動を志願し、アトゥレイ中尉は後輩たちを容赦なく叩き落とすアグレッサー部隊に、メルル中尉は座学などで戦闘機動の判断基準や模擬戦闘後のアドバイスを担当することになりそうだという。

 イーグレット中尉とソフィ少尉は元々いたキャペルスウェイト隊とケルベロス隊にそれぞれ復帰。イーグレット中尉はちょっとやりたいことが出来たからと言っていたが、具体的には語ろうとしない。ソフィ少尉はプラウディアでアトラクナクアと交戦し、多くのパイロットを失ったため解隊される予定だったケルベロス隊をなんとか復活させたいと言っていた。ヴァルキューレ隊のパイロットが所属し、存続を願うなら女王陛下から賜った例の「褒美」の力でなんとか出来ないだろうかと希望した進路だった。

 夫婦になった隊長とティクス大尉は旧ケルツァーク基地…ルシフェランザへと返還され、名前をスプリガン基地に改名した場所に新設されるフォーリアンロザリオとルシフェランザの混成部隊に参加するらしい。そして、私は…。


「お世話になりました」


 荷物をまとめて宿舎を出る。今日を境に私は退役し、軍人では無くなる。戦争終盤では徴兵での入隊者が多かったため、部隊再編に伴って希望者は退役出来るようになっていた。全体からすればそれほど多いわけではないが、数%は退役していった。私もその一人、というわけである。宿舎から基地のゲートへ向かって歩いていると、前方に私を待っていたであろう見慣れた人影に気付く。


「わざわざ見送りに来てくれたんですか、隊長?」


「そんなとこだ、ゲートまで…まぁちょっと歩きながら話でもしよう」


 何やら小さなケースを脇に抱えた隊長と二人で、戦時下に比べれば落ち着いた基地の中を歩く。


「しかし今更だが、本当に退役でよかったのか? しばらく不況は続くと思うんだが…」


「心配しないでください、私はちゃんと…私の進むべき道を進んでいるつもりです」


 海軍の保有部隊も大分統廃合が進んでいる。主力三艦隊のうち第一・第二艦隊の復旧は後回しにされ、もはや再起不能な戦艦ルー・ネレイスに関しては、張りぼてで外観だけ整えた後は記念艦として桟橋にくくられ、二度と外洋に出ることは無いという話も出ている。第二艦隊に関してはノルニル、フォルトゥナの二隻の空母を失ったこともあって事実上解隊を余儀なくされている。第三艦隊の三空母を一隻ずつ分散配置して三個艦隊を編成するのではないかという噂が流れているが、それが一番現実的だろうと私も思う。


「そうか、ならいいんだ」


「隊長の傍で飛べないのは少し寂しい気もしますが、どこにいようと同じ空の下にいる…そう思うことにします」


「チサトの墓参りは?」


「先日済ませましたが、この後もう一度寄るつもりです。しばらくこの辺りには戻ってこないつもりですしね」


 隊長にはイクスリオテ公国で民間会社に就職する…という話にしてある。それにしても隊長と二人で話をするのも久し振りだ。既にカイラス大尉やアトゥレイ中尉、メルル中尉はそれぞれの新しい環境に身を置いての活動を開始している。イーグレット中尉は…原隊に復帰したらしいけど、どこで何をしているのやら消息が掴めない。

 考えてみれば全軍の再編とはいえ、海軍航空隊と空軍とを人員が往ったり来たり…バンシー隊のメンバーがヴァルキューレ隊に集められたのも考えてみればそうだったけど、奇妙な話だ。そうこうしているうちに基地のゲートが見えてきた。手続きは既に済ませているため、この敷地を出た瞬間から私は民間人だ。


「さて、では隊長。どうかお体には気を付けて。今後は私がお手伝い出来ないんですから、デスクワークもしっかりやってくださいね?」


「おっとそうか、事務仕事…ま、まぁ、なんとかするさ。ファルも、体に気を付けて。ああ、それと…これ」


 ずっと脇に抱えてた小さなケースを私に差し出してくる。ケースを受け取ると、思いの外重かった。


「あまり気の利いたものじゃなくて申し訳ないが…まぁ餞別だと思って受け取ってくれ」


 留め金を外してケースを開けると、中には白銀に輝く一挺の自動拳銃と予備弾倉が一本収められていた。人を傷付けるための道具だというのに、それはとても綺麗で芸術品のような雰囲気を持っていた。


「これは…?」


「前にオレのリボルバー作ってもらった店に頼んで作ってもらった銃だ。ベースにしたのはアルテミス9mm拳銃だからグリップに違和感は無いと思う。戦争が終わった今、こいつを使う機会は無いことを願いたいが護身用にでも…と思ってな」


 美しくも過度な装飾などは無く、製作者のセンスを感じさせる。白銀色のスライド部分には銃の名前だろうか、「Siegfried」の文字が刻まれている…ジークフリート? 確か、ヴァルキューレの伝説でブリュンヒルデと結ばれる英雄の名前だったはず。ケースから取り出して握ってみる。ベースにしたというアルテミスも撃ったことがあるが、ベースの銃よりもはるかに握りやすい。私の手に吸いつくかのようなフィット感があり、実用性も良さそうだ。


「有難う御座います、大切にしますね。ですが私に『ジークフリート』なんて、いいのですか?」


 ケースにしまいながらそう微笑んでみせると、こちらの意図を察してか困った顔で頬を掻く。


「あ~、まぁその…なんだ。以前にも言ったが、君には随分と助けられた。君の強さは充分知っている」


「そして脆さも…」


 そう付け足すと隊長は更に困った顔をする。その姿がたまらなく可愛らしい。くすくす笑う私に咳払いをして続ける。


「だからその、別々の道を歩むっつっても、心配ぐらいはさせてくれ。お世辞でもなんでも無く君は、オレにとって最高の戦友だ。そいつはその証ってヤツだ」


「本当に嬉しいです。では隊長、私からもひとつお願いします」


 そう言って私は荷物の中からひとつの携帯記憶媒体を隊長に手渡す。本当は、渡すつもりは無かった。いや、ならばこんなもの用意しないか。また私に勇気が無かっただけだ。


「その中に私の連絡先が保存してあります。何か私を頼りたくなった時にはいつでもご連絡ください。あ、もちろん雑談でも構いません」


「…これはまた、使いどころが難しそうな代物だな。有難う」


 お互い様ですよ、と答えると二人揃って笑い合う。久し振りに、こんな風にこの人と一緒に笑った。


「あ、そうそう。ティクス大尉に何か不満が生まれたら、絶対にご連絡ください。何もかもをかなぐり捨ててでも攫いに飛んでいきますから」


「君に言われると冗談に聞こえんな…」


「それは当然でしょう、冗談なんかじゃありませんから」


 隊長の表情が若干ひきつるが気にしない。答えを聞いた時、そして恋敵と結ばれた時…二度諦めようと自分に言い聞かせても消えてくれなかったこの人への想いは永遠だと結論付けている。だから私は、この人の傍を離れると決めたのだ。ゲートの向こうに一台の車がハザードランプを点滅させながら停車するのが見えた。


「迎えが来たみたいです。では隊長、きっといつかまたお逢いしましょう。それまでどうか、お元気で」


「ああ、君もな」


 お互いに敬礼して、私はゲートをくぐる。車に荷物を載せ、乗り込む前に振り返るとゲートにまだ隊長は立っててくれていた。今まで本当にお世話になった。数々の思い出と様々な思いが溢れて、頭を下げる。別れ際に涙なんて無様な姿は見せたくない。頭を上げるとすぐ車に乗り込む。後部座席には先客がいて、その隣に座る。


「こうして直接顔を合わせるのは久し振りですね」


 相変わらず不健康そうな青白い肌と白い髪の女性、エルダ・グレイ。パーティー会場で逢った時に彼女から渡されたメモリーチップには大量の画像ファイルが保存されており、その中の数枚を繋ぎ合わせると連絡先が読み取れた。それから何度か連絡を取り、今日に至る。


「我々はあなたの参加を歓迎します」


「勘違いしないでください、私はこの国の裏側なんて興味ありません。私はただ、あの人の身に降りかかる脅威を振り払いたい…それだけです」


「ふふふ、それで構いませんよ。あなたは私が持つ情報と手段を行使する環境を、我々はあなたというパイロットの力を相互に利用する。私はあの女王に復讐を果たせればそれでいい」


 何度見ても慣れない彼女のピンク色の瞳には女王に対する憎悪と憤怒が宿り、笑顔を浮かべていても眼だけは決して笑わない。国民から愛され、絶対的な信頼を得ている女王ルティナ陛下。私も今のところそこまでのマイナス印象は無いけれど…例のG型装備の一件もある、私の知らない何かがこの国で蠢いているという疑念はあった。

 彼女が知るというこの国の裏側とやらについての情報開示を求めても断片的な情報しか与えられてこなかったが、行動を共にしてくれるなら疑う余地の無い確証をお見せしよう…それが彼女との約束だった。


「では往きましょう、この国土に染みついた声無き犠牲者の怨嗟を轟かせるために。この国の欺瞞を正す戦いを始めるために…!」


 エルダがこちらに顔を向けてその双眸で私を見据えると口元に笑みを浮かべる。


「ようこそエティカレコンクィスタへ、シルヴィ・レイヤーファル」


 差し出される右手。躊躇いが無いと言えば嘘になる…が、それでも進むと決めた。その手を取り握り返すと、彼女は満足そうに微笑んだ。




 戦争が終わり、世界は再び平和への道を歩もうと足を踏み出す。しかしその裏では様々な思惑が交錯し、その果てに新たな戦いの火種がくすぶり始めていた。誰もが平和を願い、しかし誰もがそれぞれに願う未来が異なればそこに摩擦は生まれる。そして目指す未来への道が交差した両者にお互い譲れぬ道があるならば、そこには戦争の二文字が顔を覗かせる。

 人間が力を持ったが故に争いの火種は絶えず歴史上に存在し、その度に悲劇は繰り返されてきた。血と涙と数多の屍を積み重ね、それでも尚人々は戦うことをやめようとしない。


 人類が出口の無い悪夢から抜け出すには…まだもう少し、時間を要するようである。

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