アズライール編

第154話 終戦から三年後

 五年にも渡りフォーリアンロザリオ王国とルシフェランザ連邦が互いに死力を尽くした戦争の終結から三年。場所はウェルティコーヴェン共和国首都、シャルカール。国立議会が執り行われる議事堂の中の一室にて人を待つ。


「ここは…変わりませんね」


 まるで映画か御伽噺の中のような古めかしい街並みに建築様式、装飾品も伝統的なものばかりで彩られ、外縁地域とはまったく違う雰囲気に満ちている。この国の内側は伝統を重んじ、他国と積極的な交流を避けてきた。豊富な地下資源があればこそ貫けている永世中立と、両大国にも劣らぬ他国への発言力。その誇りがこの国には根付いている。


「いやはや、お待たせして申し訳ない。『白の巫女』ファリエル・セレスティア殿」


 唐突に開けられた扉から現れたのは声色は柔らかくとも厳格そうな雰囲気を崩さない初老の男性、バルディアス・メオラ大統領。正直あまり得意な相手ではないが、今回ばかりは彼の協力を取り付けねばならない。


「いえ、場を設けていただくようお願いしたのはこちらなのです。ご多忙の中、お時間をいただけたこと、大変嬉しく思います。バルディアス・メオラ大統領」


「多忙なのはお互い様であろう。しかし突然の非公式会談とは穏やかでないな。此度訪ねられた目的は…やはり例の件、かな?」


 こちらの意図など最初からお見通しであるかのように、彼は挨拶もそこそこに執務机の向こうに置かれた豪華な椅子に深く腰掛ける。


「ええ、とある協力者のおかげで大分実現に近づいてきました。とはいえ、形になるまでにはあと四年弱といったところでしょうが…」


「四年、か…。まぁ当初聞かされた時よりは大分マシ、かの大戦で国土を焼かれた国が成すと言うのだから素晴らしい数字と言うべきかな」


 確かに連邦の復興事業はまだまだ途上にある。軍の再編もままならず、仮設住居で暮らす人々も未だ多くいるのが実情だ。


「しかし一国の元首たるあなたが、直接祖国の発展に結びつかぬ計画に莫大な時間と資金をつぎ込んでいると知れば、国民は黙っておるまい」


「あら、お伝えしておりませんでしたか? この計画に国の予算は使用していません。すべては私…いえ、我がセレスティア家と、志を同じくしてくれた協力者たちの私財で賄われています」


 私の言葉に、バルディアス大統領は心底驚いたような表情を見せる。本当に伝えてなかったか、これは失敬。


「ば、馬鹿な!? あれだけの計画を…私財で!?」


「それはそうでしょう。この計画が成ったとしてもルシフェランザの利益とはなりません。…いえ、なってはならないのです。これは私の我侭…。そのために未だ苦しむ民たちに、更なる苦しみなど課せません。私の夢に賛同し、共に歩むことを選んでくれた同志たちと私とで成さねば意味が無いのです」


 どこか一国が利益を得るようなものとなってしまえば、必ず後世に禍根を残す。ならばたとえ長年セレスティア家が蓄えてきた全財産を投げ打ってでも成すべきと信じる。フォーリアンロザリオの彼からもたらされたデータを得て、計画の肝となる部分については既に障害が排除されている。あとはミコトが上手くまとめてくれるはず。ならば今はこの計画を実行に移した時に味方になってくれる人を多く確保しておきたい。


「…アルガード連合各国への説明は?」


 第二次天地戦争と名付けられた、三年前のフォーリアンロザリオとルシフェランザの戦争。その後オルクス海に浮かぶアルガード島にて締結された終戦協定の中で生まれた、戦争当事国とその傘下の国々で構成された国際統治機構「アルガード連合」。世界を二分する国同士の取り決めによって生まれたこともあって、現在ではウェルティコーヴェンといくつかの小国を除いてほぼすべての国家が加盟している。


「今はまだその時ではありません。ですが既に手は打ってあります」


 ふむ、と手元の万年筆を手に取って指先で器用に回す大統領。


「…吾輩に、何を望む?」


「黙認を。我々は準備が整い次第、行動を起こします。しかし看過出来ない状況が発生した場合には、繰り上げもあり得ます。その時に…貴国には唯一つ、我々と敵対しないようお願いしたいだけです」


 更にしばらく万年筆を回しながら小難しい顔をする。


「…共和国は如何なる国にも頭を垂れず、刃を交えることもせぬ。それは一個人の範疇を超えていようが、あなたの計画にも適用されるだろう。協力は約束出来ない、しかし妨げもしない」


「有難う御座います、その御言葉だけで充分です」


 最悪ウェルティコーヴェンが障害とならないのであればそれでいい。私はそれまで腰掛けていたソファから立ち上がる。


「それでは、私は国に戻ります。本日は有難う御座いました」


 ドレスの裾をそっと摘み御辞儀して、退室しようと扉へ向かう途中で呼び止められる。


「あなたの支援は出来ない…が、せめて幸運を祈らせてくれ」


 振り向けば窓の外に広がる古風な街並みに目を向け、こちらに背を向けた大統領。その後姿に再度頭を下げ、部屋を出た。扉の脇で控えていたディーシェが私の姿を認識すると同時にすぐ隣まで駆け寄ってくる。


「ファリエル様…」


「帰りますよ、ディーシェ。急がねばなりません」


 戦時中から建造は進めていたし、協力者から提供されたデータを見たミコトの狂喜っぷりを見れば状況は好転していると見て間違いないだろうけど、不穏な空気を感じる。ここ数日、未来を予知しようと占ってみても暗雲が視える。ルシフェランザに直接影響は無いように思う…でも、世界に今一度災禍が迫っていると何かが囁く。

 議事堂の真っ赤なカーペットの上を歩きながら、私は心に誓う。あの戦争で多くの血が流された。多くの涙が流された。あんな苦しみはもう沢山なのだ、あれを最後にしなくてはならない。


「本国に戻り次第、一度タカマガハラへ向かいます。この目で進捗を確かめたい」


「御意」


 人はその生涯において、子らに誇れる仕事をひとつ成すべきである…そんな言葉がよぎる。今度こそ戦争の無い平和な世界を築くために、私は私の夢を諦めない。

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