第138話 止まらぬ怨嗟

 艦隊上空も混乱状態だった。超音速で現れた五機目のハッツティオールシューネは三女神ほどの実力者というわけではなかったが、それでも長時間の戦闘で疲弊し切ったパイロットたちを蹴散らすには充分な士気と技量を持っていた。


「くっそ、ぱちもん女神のくせにやるじゃねぇか!」


 機体を見るに真紅のカラーリングで鋏のエンブレムはアトロポス。多分予備機をかっぱらってきたんだろう。パイロットとしては並み以上、機体性能は折り紙付きだし厄介な相手には違いない。


「エース、クロエ、みんな…何もかもを一切合財奪いやがって、国同士の戦争が終わろうがオレの戦争は終わっちゃいない! てめぇらも奪われる痛みを思い知れ!」


 そんな叫びをあげながらハッツティオールシューネの持つ加速性を活かした一撃離脱戦法で駆け回る。機体の特性は掴んでるらしい。だがそんな音速突撃一辺倒で俺をどうにか出来ると思うなよ! 敵の攻撃を避けた後、戻ってきたところをすれ違い様にエアブレーキを展開しつつ機首を跳ね上げてコブラを行い、バルカン砲を撃ちまくる。失速しかけながらもエンジンを再度噴かせて強引に再加速すると、敵は左側のエンジンから煙を上げていた。


「これで自慢の脚は封じたぜ、観念しろもどき野郎! ヘルムヴィーケ1、とどめを刺すぞ!」


「了解!」


 あれを撃墜すれば艦隊周辺から脅威はひとまず無くなる。他の敵機は停戦命令を受けて撤退していったってのに、こいつだけ残って暴れまわるもんだから帰ってきた艦載機部隊の収容だって進まないままだった。アトロポスもどきを追撃しようと機体のバランスを立て直して最大加速に持っていくべくスロットルレバーを最前位置へ押し込む。その時、右エンジンが異常な音と振動を出し始めた。


「なっ…やべぇ!」


 咄嗟に右エンジンへの燃料流入を遮断しようと操作する…が、一瞬遅かった。右のエンジンが爆発して二枚の尾翼が脱落する。機体がバラバラにならなかったのは不幸中の幸いだったが、飛び散った破片の影響なのか左のエンジンも停止してしまった。右の垂直尾翼と水平尾翼も無くなったため、速度と安定性を失ってきりもみ状態で降下していく。


「アトゥレイ中尉!?」


「畜生、こんなタイミングで…!」


 否、よくここまで持ってくれたと言うべきか。だがこんな状態ではたとえ左エンジンを再起動させたとしても墜落回避は難しいだろう。見る見るうちに高度が落ちていく。機体の姿勢制御がまったく利かない、上下左右に回転してしまいあらゆる方向からGが加わって天地さえ解らなくなる。


「これぞ天佑…いや、先に逝ったみんなの思いが紡いだ奇跡か。解るかヴァルキューレ! 貴様は今ここで死ぬべきなんだ、貴様等はそれだけのことをしたんだ。怨嗟の声に包まれて、連邦の空に散れぇぇえええ!!!」


「中尉、敵機が向かってきます! 早く脱出を、その機体は放棄する他ありません!」


 失速警報だのロックオン警報だのビービー五月蠅いアラート音に紛れ敵のパイロットやソフィの声が聞こえる。脱出レバーに手を伸ばそうとした時、視界にたまたま入ったレーダー画面には接近するミサイルが表示されていた。もう被弾まで数秒も無い。


「…冗談、きついぜ」


 もはや機体が今どういう姿勢でいようが関係ない、脱出レバーを思い切り引くと同時に全身を凄まじい衝撃が襲った。




 ウェルティコーヴェンにいてもルシフェレランザやフォーリアンロザリオのテレビ番組を見ることは出来る。ついさっきファリエル様が戦争を終わらせるための協議に入るって言ってた。今はフォーリアンロザリオの会見がこの後始まるとかでちょっと退屈な画面がずっと映っているだけだ。


「はぁ、これでやっと戦争も終わりか~。見知った人間が戦ってたって思うと、やっぱ嬉しいものね」


 エリィさんも感慨深そうにバンシー隊の面々と撮った写真を眺めながら呟く。


「戦争は…その規模が大きければ大きいほど、始めるよりも終わらせる方が遥かに難しい。様々な思惑が絡み合う状況が生まれてくるからな。おそらくルシフェランザの議会でも相当紛糾したはずだ。それを押し切っての停戦命令…ファリエル・セレスティアという女性がこれまでに積んできた人徳の成せる業、ということだろうな」


「…うん、ルシフェランザでファリエル様を嫌いな人なんていないぐらいすごい人なんだよ」


 そう言うティニに、サガラスさんも口元に笑みを浮かべながら「ああ、そうだろうと思うよ」と零す。


「あ、ティニ。今のうち休憩してきていいわよ」


 時計を見れば朝食の時間は終わり、昼食にまたお客が来るまでにはやや時間がある十時半。確かに休憩するなら今かな。「部屋にいるね」と二人に言い残し、エプロンを外して二階の自室へと戻る。

 しかし大分この仕事も慣れたもんだな、と思う。オーダーの間違いも無くなったし朝早起きして店前を掃除するのも苦じゃ無くなったし…でもやっぱり体力的には限界があるようで、休憩時間には大抵一度仮眠を取るようにしてる。ベッドの上に横になり目を閉じると普段通り睡魔が襲ってきた。


 ――タ……て。


 …何か聞こえた? 既に眠りに落ちかけていた意識が気怠く再起動し、辺りを見回す。けど誰もいないし、窓から外を見ても路上で誰かが立ち話をしてる…というわけでも無いようだ。気のせいかな、と再びベッドに戻って目を閉じる。


 ――助ケて。


 今度はいやにハッキリ聞こえてびっくりしながら目を見開く。さっきまで部屋には誰もいなかったはずなのに、目の前にティニと同い年ぐらいの女の子が顔を覗き込んでいた。


「う、うわわぁ!? だ、だだ誰…あだっ!?」


 反射的に距離を取ろうとベッドを蹴飛ばし、思い切り背中を壁に打ち付ける。


 ――お願いがあるの、お兄ちゃんを助けて。


 口は動いているけどなんだか耳で聞いている…というよりは頭の中で響いているような不思議な声。お兄ちゃんを助けてって…そもそもあなたはどちら様? 心なしか体が透けてるように見えるんだけど…。


 ――フィリルお兄ちゃんを、助けて。


 再び声がする。…え? フィリル、お兄ちゃん? いやいや、ティクスお姉ちゃんが前にお兄ちゃんの妹の…ウェルトゥちゃん、だっけ? とにかくその子はもう死んじゃったって言ってた気がする。


「…えっと、あなたがウェルトゥちゃん、なの?」


 恐る恐るそう尋ねてみると、目の前の少女はこくりと頷いた。てことは……お化けぇ!? 無意識に震える体を両手で抱きつつ、視線をウェルトゥちゃんから外せずにいるとゆっくりティニに近づいてきた。


 ――このままじゃ、お兄ちゃんは勝てない。あたしだけじゃ護り切れない。


「お兄ちゃんが勝てないって、もう戦争は終わったんでしょ?」


 ウェルトゥちゃんが苦しそうな顔をして首を振る。


 ――まだ戦ってる。とても強い思いを持った人と…。あたしは、お兄ちゃんに死んで欲しくない。まだこっちに来て欲しくない。だから助けて欲しい。


「…え~と、ティニだってお兄ちゃんが死んじゃったら嫌だけど……でも、ティニに出来ることなんて」


 軍人でもなければここはウェルティコーヴェン、お兄ちゃんたちが戦っているのはルシフェランザの中でもやや北に位置するプラウディア。何をどうしてこの子はティニに助けなんて求めているのだろう? ティニに出来ることなんてあるわけが無い。


 ――あるよ。未来を作るのは、いつだって人の思いだもん。生きているか死んでるかも関係ない。強い思いは受け継がれ、生きる人の背中を押して、新しい未来を作る。強く願えば、何をすればいいかも見えてくるよ。


「……ティニは、何をすればいいの?」


 ――力を貸して。お兄ちゃんのことを想ってくれてるのは感じてた。だから一緒に、お兄ちゃんの背中を押しに来て欲しい。あなたの想いを、貸して欲しい。


 ウェルトゥちゃんがティニに手を差し伸べてくる。何がなんだかいまいち理解が追い付かないけど、ティニも何か出来るって言うのなら…。そう思ってウェルトゥちゃんの手を取ると、ふわりと体が浮くような感覚に襲われる。


「ふぇ?」


 ――往こう。


 ウェルトゥちゃんの声が聞こえた直後、凄まじい勢いで引っ張られる。だけど全然体には風とか慣性の力とかそういうのは感じない。ただひたすらめまぐるしく景色が後ろへ流れていく。

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