第129話 フォルトゥナ、沈没

 本格的な戦闘が始まってからどれほど時間が経過したのだろう。おそらく時間にしてみれば一日に満たないぐらいなのだろうが、体感としては三日間ぐらい戦い続けているような疲労感が鉛のように全身を重くさせる。もはや当初設定されていた三つの防衛ラインは意味を成さず、直掩戦闘機隊も艦隊直上まで後退して迫る敵機を相手にせざるを得ない状況となっていた。


「オリオン1、フォックス2!」


 放ったミサイルは正面を飛んでいた敵攻撃機リヴァイアサンを捕らえ、爆散させる。これで何機目だろう。防衛ライン上の友軍機も大分失ったが、それでも実感として戦闘開始直後と今とで状況に差をあまり感じないということは、敵の戦力も大分漸減出来たということか…。本当に総力戦、だな。


「た、隊長! 十時方向、海上を見てください!」


 僚機の悲鳴にも似た叫び声に弾かれ、視線が左側眼下に広がる海原に向けられる。


「母艦が…フォルトゥナが沈みます!」


 既に艦尾部分が海面下へ没し、艦首が持ち上がった母艦は…格納庫内の誘爆もあって飛行甲板や船体側面から炎を上げる姿でそこにあった。


「そんな…私たちは、どこに下りれば…」


 部下たちの呆然とした呟きが聞こえてくる。さっきラケシスが接近してきたという報せがあったように思う。護れなかったか…。沈みゆく母艦に向かって短く敬礼をし、声を張り上げる。


「狼狽えるな! 作戦はまだ継続中だ、グリーダースの前線基地にも海軍の補給準備が整えられている手はずになっている。ブリーフィングで説明しておいたはずだ! 戦いの最中に戦いが終わった後のことを考えるような余裕があるのか!? 目の前の任務に集中しろ。まだ空母は三隻いる、絶対に護り抜くぞ!」


「「「了解!」」」


 折れそうな心を強引に繋ぎ止め、再び意識を戦闘に向ける。




 アレクトに戻って格納庫に押し込められると、ちょうど補給に戻ってきていたゼルエルが他にもいた。ゲルヒルデ、イーグレットの機体だ。


「よう、生きてたか」


「隊長か…。うん、なんとかね」


 いつもあまり表情の変化に乏しいこいつの顔にも、今回ばかりは明らかに疲労の色が見えた。自機の整備完了を待っているらしく、作業の様子を見守っている。


「アレクトも被弾してたんだな。一応鎮火させてはいるし、派手な誘爆も防げたみたいで安心したが…」


「ラケシスからの対艦ミサイルを喰らったんだ。その時はぼくもここにいたから、もうダメかなって思ったよ」


 被弾した時に格納庫デッキにいたんならそりゃ生きた心地しないだろうな、とその瞬間を想像してしまう。


「そっちはどうだ、僚機は無事なのか?」


「ああ、不思議と今のところ一人も失わずに済んでるよ。隊長は?」


 首を横に振る。アトラクナクアとの戦闘中、他の部隊の援護に向かわせていたが…ここに帰ってくる途中何度呼びかけても返事が無かった。


「…そうか」


「あのアトラクナクアって黒いハッツティオールシューネも出てきて、このままじゃホントに泥仕合だ。こんな戦いをあと丸一日続けてみろ、『そして誰もいなくなった』になりかねんぞ」


 既に航空戦力は全作戦機の半数が失われ、艦隊防衛についてる巡洋艦やイージス艦もタイミングを見て後退し、補給を受けては戦線復帰を繰り返しているものの作戦開始時より大分数が減っている。


「こっちはエデンを失い、向こうは新型砲台を失って…どちらも決定打に欠ける戦いを強いられてる。運命の三女神が健在だから、まだ向こうの方が分はいいか? こっちは遠征だしな」


 聞こえてはいるのだろうが、イーグレットは何も答えず作業員の様子をじっと見つめている。こっちも疲れが大分溜まっていることもあり、ブリュンヒルデの整備が終わるまで少し仮眠でもとろうかとその場を離れようとした時、不意にイーグレットから呼び止められた。


「切り札が無いわけじゃ…無いんだ」


 格納庫内を木霊する雑音にかき消されそうな声だったが、なんとか聞きとれた。切り札?


「アラクネシステムを搭載したブリュンヒルデ専用のオプション装備がある。およそ戦闘機が装備するものとは思えない重装備と、それを無理矢理飛ばすためのブースター。既にアレクトに搬入はされている」


 重装備とブースター? まぁなんにせよ…。


「そんなものが搬入されてるなんて初耳だぞ? それに…あるなら、なんで最初から取り付けなかったんだ?」


「王国兵器廠の技術屋共が作った狂気の産物だったからね。いくらアラクネシステムがある程度自動制御してくれるとは言っても、ゼルエルが本来持っている機動性は失われる。増加ブースターの推進力で強引に飛んでいくような設計で、搭載している専用のミサイルも試作兵器が多いんだ。最低限のテストは本国で行ってあるはずだけど…こんな大事な場面で、ぶっつけ本番に近い形で使う気にはなれなかった」


 ブリュンヒルデ専用の装備なのに、オレが知らずにイーグレットが知っている…その部分にまず疑問を感じたが、とりあえず今は細かい部分を気にするような状況じゃない。


「試作品が回されるのは初めてじゃない。バンシー隊だってそうだったろう?」


「あれとこれじゃ話が別なんだ。ミカエルやゼルエルはハッツティオールシューネの技術を解析して、後の兵器開発に活かすのが目的だった。でもブリュンヒルデ用のG型装備は違う。仮に上手く飛べて戦果を挙げられたとしても、ここで戦争も終われば次に活かせる機会なんてきっと無い…デッドエンドなんだよ」


 いまいち表情や声から感情を察することの難しいイーグレットだが、なんだかどこか怒っているような、そんな印象を受ける。そんなにそのG型装備とやらが気に喰わないのか、何故彼がそう感じるのかは解らないが…。


「それでも…そんな装備でも使わざるを得ない、そう思うんだろ?」


 イーグレットの表情が少し険しくなる。俯くと前髪のせいで表情が見えなくなるが、どうやら図星らしい。


「…いや、ぼくは」


「そう思ってないなら、その装備のことをこのタイミングでオレに明かす理由が無い。それを使えば現状を少しは好転させられるかも知れない…そう思ったからオレに話したんだろ?」


 沈黙するイーグレット。それはきっと、肯定の意。


「なら、使わない理由は無い。切れる切り札を切らないまま、犠牲が増えるなんてことがあっていいはずが無い。王国兵器廠がどうとか技術屋共がどうとかなんて知ったこっちゃない。今この戦場で、少しでも犠牲を減らせる可能性があるのならオレはその選択肢を選びたい」


 イーグレットは黙ったまま、微動だにしない。G型装備の在処が解らない以上、彼の言葉を待つしか無いのだが…。やがてひとつ大きく深呼吸をすると、イーグレットは格納庫内をせわしなく走り回る整備兵の一人を呼び止め、何やら指示を出す。整備兵は一瞬ぎょっとした表情をした後、全力疾走でどこかへ去って行く。


「隊長の判断を信じよう」


 戻ってきたイーグレットはそうすれ違い様に囁くと、ゲルヒルデのコクピットに体を収める。しばらくすると格納庫の奥から何やらコンテナが引っ張り出されてきたと思えば、その中から飛行機をいくつかの部品に分割したような外見をしたものが姿を現した。

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