第128話 ラケシス

 畜生、なんでこのあたしがこんな惨めな思いをしなきゃならないの? 同じ相手に二度も墜とされるなんて、こんな屈辱生まれて初めてよ!

 あたしは撃墜され、脱出してから敵機の飛ぶ空の下を全力で駆けた。パイロットとして空を飛び、敵の心を恐怖で満たすのがあたしの役目なのに…そのあたしが敵の攻撃機に怯えながら成す術無く惨めに瓦礫の中を走ったのだ。この屈辱、この怒り! あんたらの血で、命で! 晴らさせてもらうからねぇ!


 エンジン出力最大でかっ飛びながらあたしは対艦攻撃モードをFCSに指示、ウェポンベイに格納された三発の対艦ミサイルが発射の準備を整える。


「くそ! 奴を艦隊に近づけさせるな!」


「駄目だ、機動性がまるで違うぞ! 突破される!」


 そうよ。あんたらはそこで指を咥えて見ていればいいんだ。あんたらの帰る母艦が沈んでいく様をね!


「わたすが行ぐ! ジークルーネ隊は第一防衛ラインまで後退!」


 レーダーを見る。ジークルーネ1…ふん、ヴァルキューレか。だが今のあたしは誰にも止められない。目標、前方でほとんど停船してる空母。艦名…アレクト? 他にもメガエラとティスホーン…けっ、あたしらが運命の三女神だからってそっちは復讐の三女神かい。笑えないね。


「敵機、第二防衛ライン突破!」


「対空ミサイル、CIWS、迎撃開始! 対艦ミサイルの射程に入られたら終わりだぞ!」


 相対速度がマッハ2を越える世界にもなれば、ミサイルの追尾性にも限界が出る。ちょっと進路を変えてやるだけで簡単に避けられる上、CIWSは搭載されているFCSにバルカン砲の性能が追いついていないのが現実。射程が足らず弾がばらけてしまうのだ。周りのイージス艦の対空砲火もこのあたしを捕まえるには百年早い。


「いっけぇぇえええええっ!」


 目標ロックオンと同時に対艦ミサイル発射。エンジン出力はそのままに今放ったミサイルも追い越して目標の上をフライパス。直後、後方を映すミラーに爆炎が咲いた。


「右舷後部甲板、第三格納庫付近に被弾! ダメコン急げ!」


「航空燃料に引火したらヤバイ! 消火しろ!」


「右舷後部に一部断線が発生、対空兵装がオフラインです!」


 敵が慌てふためく声が聞こえる。そうよ、あたしは捕食者なのよ。あたしは次の獲物を物色する。


「…あれだ!」


 よくよく見れば既に手負いの空母がいる。フォルトゥナ…くく、丁度いい。運命の女神は何人も要らないんだ。


「あ! 畜生、止まれ!」


 ふと上空を見るとさっきのヴァルキューレが旋回するあたしの上空を通り過ぎていく。あいつと同じ部隊にいるくせに随分腕の悪いパイロットだね、見てて腹が立つよ。とりあえず今のあたしの獲物はアイツだ。直掩のヴァルキューレがあんななら邪魔されることも無いだろう。あたしは被弾して使い物にならなくなっているらしい空母の左舷後部甲板から仕掛けた。


「畜生、死角に入り込まれたぞ! こちらフォルトゥナ、迎撃不能! 誰か援護を!」


「くぅう! 駄目だ、速い!」


 生きてりゃ勝者なのよ。どんなに撃墜されたって、あたしは今この戦場に飛んでいる。そして現に、誰も寄せ付けない飛び方が出来てるじゃない! あたしは運命の三女神、ラケシスなんだ!


「あんたらの運命…ここで終わりよ!」


 ラケシスの腹から二発目の対艦ミサイルが飛んでいく。空母の対空火器は死んでるし、護衛艦の迎撃はあって無いような、まさにへっぽこそのもの。結果は見ずとも判るし、さっきミサイルぶち当てた空母へとどめを刺しに向かう。


「左舷中部甲板、第四エレベーター付近に被弾! 格納庫内の燃料・弾薬の誘爆は全力で回避せよ!」


「被弾により船体外殻に亀裂発生! 浸水箇所が拡大、排水が追い付きません。艦が傾斜していきます!」


「格納庫で整備を終えた機体は全部上げろ。カタパルトが壊れるまで連続射出、意地でも飛ばせ! カタパルト要員以外はただちに離艦。周囲の巡洋艦に、救助は状況の鎮静後で構わんと伝えろ!」


「了解! 補給の完了した機体はただちに発艦を開始せよ。カタパルト要員以外はただちに離艦! 繰り返す、カタパルト要員以外はただちに離艦せよ!」


 後ろの空母が左舷側へ徐々に傾いていき、一時間と経たず海中へと没するだろう。あたしは残り一本の対艦ミサイルに獲物を指示する。敵の要、空母アレクト…あれさえ沈めれば!


「こちらアレクトCDC! 女神が再攻撃を仕掛けようとしている! こっちはさっきの攻撃で防衛体制が整っていない。護衛艦隊、援護を!」


「こちらイージス艦ジュノー、前進してアレクトのカバーに入る。今こそ『イージス』の役目を果たすぞ!」


 一隻の護衛巡洋艦があたしと空母との間に割って入るべく増速しながらVLSや速射砲などで迎撃してくる。確かに射線軸に近ければこちらのミサイルも点でなく線に近い形で捕らえることが出来る。その分迎撃される可能性も高まるが、その程度で攻撃を断念するあたしじゃない。


「喰らいな!」


 ウェポンベイから最後の対艦ミサイルが放たれる。噴進剤に火がついて、爆発的に加速するミサイル目掛けてCIWSが何百という弾丸を発射しても、迎撃ミサイルをVLSから発射しても…それらがあたしの対艦ミサイルを捕らえることは出来なかった。これで空母二隻撃沈、ちょろいもんだね。


「駄目だ…。迎撃間に合いません!」


「舵そのまま!」


 え? こいつら何を…って、そうか! やられた! 先程のイージス艦が全速であたしのミサイルと空母の間に割り込む。フェイズドアレイレーダーと呼ばれる多角形の板を張り付けたのっぽの艦橋があたしの発射したミサイルの進路上に湧いて出た。直後、そのイージス艦の艦橋を吹き飛ばしてあたしのミサイルは消滅した。


「ちぃ! 自殺願望者の集まりか、こいつらは!」


 以前にもこんな妨害をされたことがあった。どいつもこいつもうざったい!


「これ以上やらせねぇだぁ!」


 さっきあたしを追い越してった半人前どころか、なんであたしを墜とした奴とこいつが同じヴァルキューレを名乗ってるのか不思議過ぎてイラつくぐらいド下手くそなヴァルキューレがあたしの後方に迫る。


「あんたが一番うざったいんだよ!」


 海面から500mほどの高度から一気に上昇して高度をとる。イージス艦からの対空砲火も来るかも知れないが、その時は避けりゃいい。とにかく、それなりに燃料も心許無くなってきた。こんな半人前、ちゃっちゃと始末して帰るに限る。


「墜ちろ、墜ちろ! 墜ちろぉ!」


 ロックオンされても全然怖くない。半端なタイミングでミサイルを発射するもんだから、全部あたしの尾翼を掠めて飛び去ってしまう。こんな奴でもヴァルキューレを名乗れるの? よほど上の連中は頭が悪いんだね。ホント、その辺は敵だけど同情するよ。


「大した腕も無いくせに…あたしを墜とそうなんざ百年早いんだよ!」


 アフターバーナーを点火して加速、相手もワンテンポ遅れて加速。この加速は次の行動までの布石…あたしは後ろの馬鹿がバルカンの連射を止めるまで待ち、止んだと同時にエンジン出力をアイドルへ、クルビット開始。ラケシスは進行方向も高度も変えずに機首を跳ね上げてくるっと一回転する。いつもならここでバルカン砲での射撃も併用してあたしたちの得意技『運命の輪』をやるのだが、今回は違う。ちょうど天と地が逆さまになって機首が真後ろを向いた状態で回転を止め、進行方向とは逆方向に機首を向けた状態で背面飛行する。その状態のままウェポンベイ開放、ミサイルシーカーオープン…機体の進行方向とは真逆を飛ぶ敵機をロックオン。


「死んで出直して来な」


 発射されたミサイルは一直線に敵機へ向かって飛んでいく。バランスが危うくなって失速しかけている機体を操って、降下しながらエンジンの調子を戻す直前、視界の隅であたしのミサイルがヴァルキューレの機首付近にめり込んだのが見えた。相手は悲鳴を上げる間も無く、空中で塵と化す。


「イージス艦一隻と空母一隻、新米ヴァルキューレ一機撃墜を確認。…ま、上々か」


 あたしは補給のため基地への帰投進路をとった。

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