第130話 迷い無き切っ先

 ミサイルアラートが鳴り響き、意識を後方のアトロポスに向ける。ミサイルの追尾性能は他と変わらないけど、さすが運命の三女神の長女…使い方が上手い。ミサイルを回避させた先にバルカン砲で弾幕を張るということも普通にやってくる。慎重かつ瞬間的に相手の予測する回避方向を推測し、自分がどこへ逃げればいいか決める。


「なるほど。なかなか腕のいい、それに頭も勘もいいパイロットね。ミレットが苦戦するわけだわ」


 アトロポスの冷静な声が聞こえる。だが私は向こうの焦りも感じ取っていた。交戦してから一度として敵機の背後に転位してはいないが、最初から撃墜なんて狙っていない。要は例のアトラクナクアと双璧を成すこのエースパイロットをここに引き留めておくだけでいいのだ。それを最優先事項と定めた私は今、目的の達成を確信していた。


「…あと五分弱ですか」


 それがアトロポスの作戦行動限界、つまり今相手は残りの燃料が底を突き始めている。私は交戦してすぐ敵の攻撃を回避しながら愛機のセンサーにアトロポスが最後に補給を受け、飛び立った時間とアフターバーナーを点火した合計時間とを調べさせ、データにあるハッツティオールシューネの最長航続時間から残りの活動限界時間を算出させておいた。あと五分もすれば相手は基地に戻る燃料すらなくなり、誰かさんと違って頭のいいこのパイロットなら帰投を選択するだろう。私もその頃には帰艦せざるを得ない状況になるだろうが…チャンスがあるとすればその瞬間しかない。ふと時間を確認すると、既に戦端が開かれてから二十二時間が経過していた。


「…っ、そろそろ限界みたいね。この私が墜とせないなんて悔しいけど」


 攻撃ポジションを維持し続けてきたアトロポスも帰投のため反転して降下していく。頭の中で思考回路が回避から攻撃に切り替わり、私はすぐさま降下中の敵機を追った。バルカン砲・ミサイルの残弾には余裕があるし、三分弱であれば戦闘機動が出来るくらい燃料にも余裕はある。なんとしても、撃墜して友軍を支援したかった。


「シーカーオープン、フォックス2…!」


 操縦桿の発射ボタンを押し込むと、二発のミサイルがウェポンベイから放出されてアトロポスを追尾し始める。


「なっ!? まだ動けるの!?」


 無駄な燃料の消費を避けたいアトロポスは機体をほぼ垂直に降下させて機速を稼ぎ、私がそうしていたように最小限の動きだけでミサイルを回避する。やはりただ追尾するだけのミサイルじゃ駄目ですか…。私はFCSを通じてミサイルにある指令を与えてから再び二発放出した。


「くぅ! しつこいわね!」


 アトロポスは再度回避行動をとる。先程と同様、最小限の動きで…。そうすると必然的にミサイルは目標のすぐ近くを通過する。私の計算通りに…。二発のミサイルがアトロポスのすぐ脇をすり抜けた直後、突然爆発した。


「!?」


 私はアトロポスとの相対速度からミサイルの到達時間を算出し、その時間が経過したと同時に自爆するようインプットしておいたのだ。直撃ほどの致命傷は与えられないが、炸裂して飛び散った破片だけでも多少損害を与えられる。元々希少価値の高い機体だ。補給パーツも少ないはず、これでいい。


「なんてこと!? く、エンジン1が死んだか…」


 機体のあちらこちらから白煙をあげるアトロポスにとどめを刺そうとしたが、突然のCAUTIONランプ点灯に驚いて機首を上げる。ロックオンされた? レーダーに視線を向けると自分の真下に輝点が二つ…ひとつはアトロポス、もうひとつにはアトラクナクアと表示されていた。


「こんな時に…!」


 もう帰艦にギリギリの燃料しか残っていない。逃げ切れるだろうか…。私は反転して東の海を目指す。


「ディーシェ!?」


「まさか貴様まで手傷を負うとはな。敵も存外にやるじゃないか」


 敵はやはり追ってくる。交戦するか? いや、そんなことをすれば帰れなくなる。万一に備えてアフターバーナーを点火して帰った場合を想定しておいてよかった。私はスロットル全開で帰投ルートに乗る。


「逃がすか!」


 ミサイルアラート、すぐさまチャフとフレアを放出して回避機動に移る。これだけでも多少の燃料ロスになってしまうが、動かなければ撃墜されてしまうのだから仕方ない。レーダーをちらりと見ると後方から徐々に距離を詰める敵機が確認出来た。

 …あれ? 左舷から友軍機が飛んでくる。視線をそちらに向けるとキャノピー越しに二機のゼルエルが見えた。


「オルトリンデ1、援護するわ。下がりなさい!」


「アトロポスが煙吐いてるぜ! さっすが、やるじゃねぇか!」


 ヴァルトラオテとシュヴェルトライテのペアだ。二機は降下していくアトロポスより、私の後方に迫るアトラクナクアに向かい突撃していく。


「あれが黒いハッツティオールシューネ…シュヴェルトライテ1、油断しないで!」


「あんなおっかねぇオーラ出しまくってるヤツを相手に油断なんか出来るかってんだよ!」


「何よあんた、びびってんの!?」


「ばっ!? ち、ちげぇよ! びびってなんかねぇし!」


 戦場に似つかわしくないそんな軽口を交わしながらでも、二機は連携してアトラクナクアに肉薄しドッグファイトに入る。あの二人は本当に喧嘩するほど仲がいいってタイプだなぁ。


「ほう、空戦に特化した仕様というのはこいつらか。どれほどのものか、見せてもらうとしよう!」


 空中戦を得意としていた二人だ。あのハッツティオールシューネも只者では無さそうだけど、数的優位もあって単機相手なら時間を稼げるだろう。アトロポスも損傷させたことだし、急いで帰艦しよう。

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