第115話 ラグナロク

 ヘルムヴィーケ隊とオリオン隊を中心に護衛戦闘機隊は善戦してくれているが、それでもかなりの敵機がその後方の第二防衛ラインへと侵攻し、更にそこからこの艦隊の上空にも敵機が飛来してきている。アレクトのCDCもオペレーターの発する様々な情報で混乱を極めていた。


「ヘルムヴィーケ隊、後退して艦隊の直掩につくとのことです!」


「ブリュンヒルデ隊、S4エリアにて接敵。戦闘を開始しました! グリムゲルテ隊、対地兵装残弾無し。補給を求めています」


「ヴァルトラオテ隊、シュヴェルトライテ隊はE2エリアで大隊規模の敵機と交戦中! 軍港エリアからの対空砲火が激しく、支援砲撃要請きてます!」


「第一波攻撃隊の損耗15%、作戦続行に支障無し!」


「中隊規模の敵機が第二防衛ラインを突破! レーダー照射確認、ミサイル来ます!」


「CIWS起動、迎撃しろ! 弾幕が薄い、護衛艦隊は何をやっている! 敵機を近づけさせるな!」


 対空レーダー搭載型自律制御式対空バルカン砲が無数の弾丸を放ち、艦に迫るミサイルを撃ち落としていく。護衛の巡洋艦も必死に応戦しているが、元々大量の敵機に襲われることを想定していない近代設計の艦だ。その防御能力もこの数を前に発揮し切れていないのが実情だろう。


「艦長!」


 このクソ忙しい時に何の用だ、とつい声が荒っぽくなってしまうがオペレーターも余裕が無いのか気にしない。


「オルトリンデ1が発艦を要請しています!」


「こんな状況下で打ち出せるか! しばらく待てと伝えろ!」


 敵機が上空を飛んでいるような状況で飛行甲板に出し、作業をするというのは自殺行為にしか思えなかった。だが直後、戦闘ブリッジに直接無線の声が響く。


「こんな状況だからこそ、少しでも戦力が欲しいはずです! 出してください!」


「シルヴィ・レイヤーファル中尉、君も外の状況は理解しているだろう!? こんな空の下で兵に作業をしろというのかね!?」


「そのくらいの覚悟も無いのですか、この艦の乗組員は!? 危険な場所で戦うのは私たちパイロットも艦の作業員も同じはずです!」


 反論してやろうと思ったのだが、咄嗟に彼女の言葉を否定出来るだけの明確な論理が組み立てられなかった。


「ヘルムヴィーケ3、被弾! パイロットの脱出確認! 第二防衛ライン上に敵機多数、これ以上は!」


「ええい! 第三波攻撃隊、発艦させろ! 全艦載機発艦! 護衛艦隊は上空から敵機を追い払え!」


 まだ戦闘機にジェットエンジンが搭載される前の空母に比べると対空火器が大幅に減った現用空母では戦闘は護衛する巡洋艦と戦闘機頼みである。今はそれが実に口惜しかった。




『オルトリンデ1の発艦シークェンスを開始する! 各員、ただちに配置につけ!』


 格納庫の中が慌ただしくなる。誰も上空を敵機が飛んでいる状況での作業なんて経験が無いに違いない。その動揺は想像するに容易かった。でも、私はこんなところでくすぶっているわけにはいかない。


「オルトリンデ1よりヘルムヴィーケ1、これより発艦します。援護よろしく」


「了解致しました。上空の敵機排除に全力を注ぎます! ヘルムヴィーケ隊各機、我に続け!」


 機体が格納庫からエレベーターに移され、それまでレーダーで見ていた外を肉眼で目の当たりにする。


「ヘルムヴィーケ1よりフーパー2! 後方に敵機、ブレイク・ポート!」


 ソフィ少尉の声が聞こえてふと後方、艦の右舷側に視線を向けると左旋回を開始したミカエルⅡがミサイルを避け切れず主翼が吹き飛び、バランスを失ってそのまま海面を車輪の如く転がりながらバラバラに砕け散った。空軍機も艦隊の防御に来てくれているのか。


「フーパー2墜落! 畜生、どれだけ墜ちる!? これじゃまるで、俺たちの方が誘い込まれたみたいじゃないか!?」


「イージス艦は何をやっているんだ!? 『イージス』の名が聞いて呆れるぞ!」


 アレクトも艦載の対空ミサイルを発射して自衛している。本当にイージス艦は何をやっているんだろう?


「オルトリンデ1! すまないがこれが現状だ。打ち出してはやれるが撃墜されないように気を付けてくれ!」


「了解です」


 ただ気を付けろ…と言われても、気を付けてどうにかなるものでもないかと。とりあえずこちらの上空を一機のゼルエルが通過していった。ソフィ少尉のヘルムヴィーケ…あれに頼らざるを得ない。


「一番カタパルト、圧力70…80…90…グリーン。オルトリンデ1、こっちだ!」


 カタパルト要員の一人がこちらに手を振っている。左右のフットペダルで方向・ブレーキを、左手のスロットルでエンジン出力を調整して一番右舷側のカタパルトを目指す。誘導要員が「停止せよ」のハンドサインを出すまで前進させ、止まったところで射出バーを下ろす。


「カタパルト接続確認! バリアー上げろ!」


「こちらヘルムヴィーケ1! 出てください、私たちが援護します!」


「くそ、上がらせるか! 各機続け!」


「駄目だ、戻れドラケイ2! 後方から二機、その更に後方にもう一機! 仕掛けてくるぞ!」


「なっ!?」


「遅い!」


 敵機を撃墜した三機のミカエルⅡが上空を通過。一時的にではあるが、アレクト周辺から敵性反応が消えた。


「進路クリア! オルトリンデ1、発艦どうぞ! Good Luck!」


「オルトリンデ1、出ます!」


 後ろの排気ノズルからアフターバーナーの炎が煌めき、カタパルト要員が前方を指差した直後に機体が前方へ勢いよく押し出される。メインギアが甲板を離れてガクンと弱い浮遊感を覚えてからギアを格納しつつ操縦桿を引く。スロットルはそのままで高度を上げると、後方から先程のミカエルⅡが近づいてきた。


「こちらウンディーネ隊より派遣された、オルトリンデ2だ。これよりそちらの指揮下に入る。あの女神殺しと共に飛べるなんて光栄だ。よろしく頼む」


「こちらオルトリンデ1、先程は有難う。これよりオルトリンデ隊はジークルーネ1の発艦を支援します。ついてきてください」


 ジークルーネ1を発艦させられればゼルエルは全機空に上がったことになる。しばらくここの防衛ラインに残り、頃合を見て前線へ向かおう。艦隊がこんな状況では、不安で前になんて出れない。それに隊長なら…あの人なら、きっと大丈夫だから。




「畜生! 次から次へと…この有象無象共がぁ!」


 前線へ到着した途端に手厚い歓迎を受けたブリュンヒルデ隊はその周辺にいた友軍機の援護も受けつつ、レーダーを覆い尽くすかのような敵機を相手に奮戦していた。


「フィー君、二時方向から更に敵! 数四!」


「火事場の馬鹿力にも程があるぞ、こいつら!」


 ミサイルはもう二発しか残っていない。最初八本積んでおいて、それらは一本で一機ずつ撃墜したしバルカンでも四機は墜とした。それでも敵がいなくなることがない。


「ロックオンされたよ! 地上から…SAM地対空ミサイルが撃ってくる!」


 機体を右方向へロールさせ、地平線が70度ほど傾く。キャノピー越しに地上を見ると白く細い線がこっちに飛んできていた。チャフを散布しながら急旋回、回避には成功したが…それでも警報が止むことは無い。


「バーゲストリーダーよりバーゲスト隊各機、敵にヴァルキューレがいるぞ。油断するな」


「了解。あいつを墜とせば勲章ものだ、連邦の英雄になれるぞ!」


 二機ずつに別れた敵編隊はこっちを取り囲むように散開しながら接近してくる。


「くそ。ブリュンヒルデ2、4、お前らで右の敵機を…3はオレを援護しろ、左の敵機を蹴散らす!」


「「「了解!」」」


「雑魚に時間をかけるな。こんな対空砲火とダンスしながらじゃ、時間かけるだけこっちが不利なんだからな」


 バレルロールで敵の放った弾丸を避けつつ、加速して空中格闘戦に持ち込む。RDY‐GUN、レティクルに敵機が重なる一瞬手前でトリガーを引く。眼前のベルゼバブの背中に弾丸が突き刺さるが、背面の装甲をいくらか弾き飛ばしたところで射線上から逃げられた。


「くそ、逃がすか!」


 追撃しようと再び敵機を目の前に捕らえた直後、別方向から飛んできたミサイルに当たって敵が爆散した。


「獲物を横取りしてすまなかったな、ヴァルキューレ」


 聞き覚えのある声だ。旋回し、こちらと並行して飛ぶミカエルⅡに気付いてその垂直尾翼に目をやる。三つの頭を持つ番犬のエンブレム。間違いない、かつてオレとティクスも同じエンブレムを掲げて飛んでいた。ふと周囲に視線を巡らせると三機連携で敵機を駆逐していくミカエルⅡの小隊が見えた。


「久し振りだな、『二本牙』。活躍は聞いてるぞ。ソフィも元気か?」


「ええ、まだ撃墜されたとは聞かされてないんで…艦隊の防空についてもらってるはずです」


「隊長もお変わり無いようで、安心しまし…」


「きゃぁああっ! その御声はフィリル様ですのね!? 只今参りますわぁ!!」


 来んな! 全力でお引き取り願いたい。一般回線に割り込んで純粋に歪んだ狂喜の声…最悪だ、そろそろ誰か出てくる頃だろうとは思ってたがよりにもよってこいつかよ。


「見つけた。方位010にクロートー、急速接近中!」


単機シングルか!?」


 いつも三機一組で飛ぶのが彼女たちの基本戦術だったはずだが…。


「アトロポスもラケシスも見当たらない、シングルだよ!」


「お姉さま方は自由に飛んでらっしゃいます。それより…今日こそわたくしの許へ来ていただきますわ!」


 レーダーが示すクロートーのいる方向へ機首を向けた直後に血でも浴びたかのような深紅のハッツティオールシューネが相変わらずの化け物じみた速度で飛来し、次の瞬間にはすれ違って後方へと消える。


「敵にもモテモテだな、色男。我々は周辺の敵機をやる、邪魔はさせんからあいつの相手はお前に任せるぞ」


 色男? 三女とはいえ、三女神を前にしてそんな冗談言えるなんて余裕だな。ケルベロス中隊のミカエルⅡが散開していくのを後目にクロートーを睨む。だがまぁ、単機なら上手く立ち回ればチャンスはあるかも知れん。


「ブリュンヒルデ1より各機、お前らも三機連携で周辺の敵を掃討しろ。クロートーはこちらで押さえる」


「ブリュンヒルデ2、了解! 各機、下手に手を出すなよ。少佐の足手纏いだ」


 オレから左目を奪った相手…そう思うと、左顔面にあの日の激痛が蘇るような錯覚を覚えた。


「うふふふ、あのフィリル様と一騎打ち…なんと光栄なことでしょう。このミコト・タチバナ、全力で参ります!」


「私のこと完全に忘れ去られてるけど…別にいいやって思えるのはなんでだろうね?」


「そりゃ相手がアレだからだろ? ブリュンヒルデ1よりHQ、S2エリアにてクロートーと接敵!」


 ハッツティオールシューネの量産型みたいな機体も脅威だが、運命の三女神隊の動向は友軍パイロットにとっちゃ気になるところだ。注意を促す意味を込めて発見報告をしておき、視線を一瞬計器に向ける。燃料にはまだ余裕があると思っていたが、こいつとやりあうことを考えると少し厳しいかも知れない。ミサイルもあと二発、無駄弾は撃てない。

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