第116話 ピエロ

 今回空軍のサラマンダーⅡ攻撃機や海軍のセイレーンⅡなどには空対空ミサイルは搭載されておらず、空対地ミサイルと爆弾を満載して飛んでいる。このロスヴァイセにも吸気口脇の空対空ミサイル用ウェポンベイに一発ずつ搭載されているだけであとは爆弾だ。


「しっかし今日の弾幕は一段と分厚いね…」


 あちらこちらから高射砲、対空機銃、地対空ミサイルが飛んでくる。爆撃進路なんて確保出来たもんじゃない。


「フィアクリス3が喰われた! パイロットの脱出、確認出来ず!」


「ちぃ! ロスヴァイセ1より各機、覚悟を決めろ! 一番奥でぶちまけてやる!」


 まず攻撃目標を決めなくては…ボクはキャノピーから地上を見回してそれを決めた。


「あれだ、陸軍の戦車部隊が立ち往生してる。ゲートを破壊するよ!」


「了解! な、ミサイ…ぐあぁあああ!」


 旋回して南側のゲートへ向かおうとした直後、地上の移動式地対空ミサイル車からのミサイルで僚機が爆発する。さっきからロックオンされていることを知らせる警報が鳴りっ放しだ。もはやどこからロックオンされているのか…地上からか上空からかさえ判らない。


「無茶苦茶だ! こんなの作戦と呼べるのか!? 増援はまだか!?」


 僚機の悲痛な声が響く。う~ん、なんだかいいねぇ…こういうの。絶望の淵に立たされた者の叫び…魂からの叫びってのはボクの胸を躍らせる。これだから戦争はやめられない。こういう時人間の発する無駄な装飾の無い純粋な顔や声が自分に快楽を与えてくれることを知っていた。

 イーグレットはそんなボクを下衆だと言うけど、仕方ないだろう? 「欲しい」んだからさぁ…。混り気の無い生の感情が、純粋なる魂からの咆哮が、特に…耐え難い苦痛と絶望から絞り出される絶叫が! 女も知らずに戦場に来て死んだり犯されたりする少年兵の叫びや歪んだ表情なんかは大好物だ。


「怯むな、すぐに来るさ!」


 ボクの機体に自分で貼り付けたパーソナルエンブレム。ピエロの姿で所々糸の切れたマリオネット…。最初は単にボクがこう在りたいと憧れたピエロの絵だったけど、苦痛の快楽と蹂躙の悦びを知った時…それはボクが「食べ終えた」新米兵士の姿を連想させる姿に描き直した。マリオネットの如くボクの手の中で踊り狂って心が壊れた操り人形…糸が切れたように力なくその場にへたり込む姿なんて、我ながら本当によく描けているって思う。


「ターゲット確認、全弾あそこに落として一旦帰ろう! ロスヴァイセ隊、攻撃開始!」


 ボクがこんなことを考えているなんて悟られないように、外側の自分は上手く繕う。さながら仮面を付けているみたいに、完璧に演じ切る術をボクは知らず知らずの内に身につけていた。だから仕事はちゃんとやるよ?


「ターゲット撃破を確認! やりました!」


「ロスヴァイセ隊、一時帰投する! フィアクリス隊へ、援護感謝する」


「こちらフィアクリス1、ヴァルキューレをやらせるわけにはいかないからな! 早く戻ってきてくれよ!?」


 ボクは一度南下して友軍の勢力圏に行ってから第三艦隊のいる東の海域へ機首を向けた。




 ブリュンヒルデ隊がクロートーとの交戦を告げてから五分後、E1エリアで突然友軍機のシグナルがレーダー上からひとつまたひとつと消滅していく事態が起こった。


「こ、こちらレプラコーン6! だ、駄目だ。喰い付かれ…!!」


「畜生、これが裁ち鋏の力かよ!?」


「諦めるな! 一機を一個小隊で援護するんだ!」


「束でかかってきても駄目ね。あんたたちじゃ相手にならないわ」


「隊長? 応答してください、隊長!」


「そんな…まるで歯が立たないぞ!? ミカエルⅡがここまで弄ばれ…ぐあぁああ!」


「くっ…ぼくがやる。他は下がっていろ! 相手はあのアトロポスだ、みすみす死に急ぐことは無い!」


 近くにいるヴァルキューレはぼくだけだった。さっきまではメルルのグリムゲルテがいたが、彼女のゼルエルには対空ミサイルが二発しか積まれていないことを考えると、やはり今この場に女神に抵抗出来るのはぼくしかいない。


「あら? 少しは腕の立つ奴が来たかしら?」


 アトロポスは余裕綽々といった感じで、独特のオーラがあった。本能的な恐怖を感じざるを得ない…さながら捕食者に睨まれた草食動物にでもなったかのような気がする。心臓を鷲掴みされているような絶望的な悪寒。


「ゲルヒルデ隊は散開して他の友軍機を援護しろ。アトロポスには絶対近づくな」


「で、ですが…」


「命令だ。各機散開」


 有無を言わせない。ゲルヒルデの能力をフルに活かせば、なんとかバルカンの一発くらい浴びせることは出来るかも知れない。後退させることが出来ればいい。局所ECM、ウィルス最大出力で展開。


「手の内を見せることになるけど…ま、それもやむなしか」


「あら? レーダーが…FCSも? ふぅん、小賢しい真似するのね。ま、これくらいのハンデは丁度いいかも知れないけどね!」


 ふっと直感的に操縦桿を倒して旋回。直後に鉛玉の暴風がすぐ横を通り抜け、それを追って真紅の機体が空を切り裂いて通り抜けていった。ハンデだって? 冗談じゃない。ECMはミサイルロックオンが出来ないというだけで彼女のメインウェポンにはなんら支障が無いことを知る。しかも相手がロックオンしないということは、こちらのセンサーも事前に警報を発することなく攻撃されるということでもある。


「これは…厳しいな」


 こんなの相手に隊長とシルヴィは戦い、ラケシスを墜としたのか。今更ながら改めてすごいと思った。




 …また改良されている。今回はエンジン出力と燃費が共に以前よりも5%向上してる。旋回性能には変化が見られないのがせめてもの救いか…。スピードが向上しても旋回性能も向上しなければあまり意味が無い。


「また会ったねぇ! 今日こそあんたを殺してやる!」


「オルトリンデ1! ラケシスが…!」


「解っています。オルトリンデ3、4はこの場に残り第二・第三防衛ラインを死守。以降はヘルムヴィーケ1の指示に従ってください。オルトリンデ2は私の後方2000を維持、ラケシスを艦隊から引き離します」


「了解!」


 二手に別れ、私はプラウディア基地へと向かう。おそらくこのパイロットのことだ。私に執着してついてきてくれるに違いない。


「逃がすか! このあたしが二度も狩り損ねた…。あんたの運命の糸はもうとっくに終わってるんだよ!」


 ほら、やっぱり…。対艦ミサイルを抱くラケシスを艦隊に近づけさせるわけにはいかない。私はスロットルを引いてアフターバーナーを点火、一気に加速してプラウディア基地を目指す。


「まだ終わらせません。私は…死ねないんです。まだ、あの人の答えを聞いてませんから」


 HMDにWARNINGと表示され、操縦桿を倒すと熱を帯びて赤く輝く弾丸が後方から追い抜いていった。相変わらず照準の正確さには驚かされる…けど、不思議と恐怖が無い。頭はいつもより冷静のような気さえする。


「…そう、まだ死ねない」


 まるで自分の背中に翼が生えたような錯覚を覚えるほど、意識せずともラケシスの攻撃を最小限の動きで回避出来た。今なら…どんな機動も出来る。どんな相手でも負けるなんて考えられない。ちらっと燃料計を見る。


「…まだ燃料はありますね」


 戦闘開始から二時間とちょっと…第三波は出撃が遅れていたのでまだ余裕がある。前線へ行ってゲルヒルデやヴァルトラオテ、シュヴェルトライテの援護もしなければ。第一波の彼らはもう弾薬が乏しくなってきてるはず。そう考えていると、警報が鼓膜を叩いた。ミサイルアラート…。チャフとフレアを放出、エンジン出力LOW、背面急降下。機体を水平に戻した時、ミサイルは遥か上空を迷走していった。


「ちぃ! ちょこまかと!」


「このまま行きます。オルトリンデ2、あなたは無理に狙わずに周りの敵を追い払ってください。いくら私でも女神にプラスアルファなんてされたら怖いので…」


「りょ、了解!」


 後方をずっとついてきているオルトリンデ2はラケシスの後ろにポジショニングしようとしていたようだが、下手に刺激すれば返り討ちにされかねない。距離をとって別の敵へと向かうミカエルⅡにラケシスが向かったらその時は守り切る自信が無かったが、幸い彼女は私しか目に入っていないようだ。とにかく艦隊から引き離せた時点で私の勝ち。この混戦の空なら如何様にも戦い方は生み出せる…。私は再び鳴り響いた警報に再び回避機動をとり、そのまま高度を下げていった。

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