第114話 フェイズ2発令

「ブリュンヒルデ1、甲板まで上げるぞ。その間に動作確認、しといてくれよな」


 牽引車がせわしなく走ってきたかと思うとアームがノーズギアを掴んでエレベーターまで運んでくれる。ゼルエルの主翼に折りたたみ機構は無いため、海軍機としてはかなり大型の部類になるのだが…その機体サイズからしてみれば決して広いとは言えない格納庫の中を無駄の無い動きで軽やかにエレベーターへ乗せるその動きにはいつも感心させられる。…ああ、そっか。今回はブリュンヒルデ「1」だったな。

 操縦桿を動かしながら、各翼が連動してちゃんと動作するかを肉眼で確認する。後席ではティクスが計器類やプログラムが正常動作しているかを確認。飛行甲板の上まで上がると、当然だがゲルヒルデの姿は既に無かった。


「ブリュンヒルデ1、二番カタパルトに接続して指示を待て」


「こちらブリュンヒルデ1、了解」


 艦首から平行して二本設置されているカタパルトの左側にあるレールを目標にノーズギアを操作する。甲板要員も誘導してくれるし、問題なく射出機にノーズギアが乗っかる。最後に射出バー下ろせのサインを出してその場を離れる甲板要員。ノーズギアの射出バーがカタパルトと接続され、準備が整う。あとは出撃命令を待つだけだ。


「全作戦艦隊及び全作戦機、そして全クルーに告ぐ。私は第三艦隊旗艦、アレクト艦長のホルンスト・ヴィンスター准将だ。本作戦のフェイズ2移行を前に、諸君らに伝えておきたいことがある」


 既に甲板要員も機体の周りから退避しており、隙間から蒸気の立ち昇るレールを眺めていると艦長の声が聞こえてきた。


「この戦闘が終わった時、それがこの戦争の終わる時だ。ルシフェランザにもはや退路は無く、フォーリアンロザリオに継戦能力は既に無い。互いに多くの若者を死なせ過ぎたこの戦争に、一体どのような意味があったのか…その問いに答える術を私は持ち合わせていない。諸君らの中には徴兵年齢の引き下げに伴い、訓練期間を短縮されて前線へ来た者も多くいるだろう。戦いを強いられる若者たちよ、諸君を戦場へ送り出さねばならない我ら大人の愚かさを決して許すな。そのような状況を招いた我ら大人の無能を決して許すな。そしてこの忌まわしき歴史を後世に語り継ぎ、諸君らのような若者を生まぬ世を創って欲しい。その礎となるためにも…必ず生きて帰れ!」


 艦長の言葉は戦意昂揚のためというより、ホルンスト・ヴィンスター個人としての願いを訴えたものだった。このタイミングでのこの言葉が聞いた全員にプラスに受け止められたのかは解らないが…少なくともオレの胸には響いた。


「…生きて帰れ、か。今回ばかりは難しい命令だな」


「フィー君が弱気なんて…らしくないよ?」


「死にたくて死ぬ奴なんていないって意味だよ。誰だって、生きていたいはずだろう?」


 その時ふと頭をチサトの死に様がよぎった。あいつだって生きたかったはずだ。だけどファルを護ろうとして、試作型ゼルエルを護ろうとして…やるべきこととしたいことの狭間で出来る限りの最善を尽くしただけなんだ。


「HQより全部隊に告ぐ。現時刻をもって作戦はフェイズ2へ移行。繰り返す、フェイズ2に移行! 第二波攻撃隊全機発艦せよ!」


 CDCからの号令と共に背後でバリアーが上がるのが見えた。スロットルを最大へ、アフターバーナー点火。


「カタパルト圧力正常、射出準備よし。往って来い、ヴァルキューレ! Good Luck!!」


「ブリュンヒルデ1、往くぞ!」


 甲板の上から海上へと放り出され、夜明け前の暗い空へと舞い上がる。今回同行してもらう僚機は空軍からの部隊なので、その合流ポイントへと向かう。




 奇襲だと思って油断していた、なんて思いたくないけど…。今回はECMを最大出力で展開してこっちの機影は完全に消していた。そのはずなのに敵は完璧にこちらの侵入ルートを読んで対空ロケットの弾幕を張ってきた。プラウディア基地が視認出来る距離に辿り着くまでに南東からの侵入を試みた航空機の一割近くが失われた。そこから敵味方入り乱れての大混戦、レーダーが多過ぎる反応に塗り潰されてもはや何が何やら解らない状態だ。


「ゲルヒルデ1より小隊各機、しっかりついてきてくれよ。離れたらカバーし切れない」


「は、はい!」


 ぼくに与えられた僚機はヴァルキューレ隊に来る前に臨時配属されたリーパー隊で一緒に飛んでいた三人だった。見知った相手でよかったけれど、またこの子たちと飛ぶとはね。


「ハッツティオールシューネもどきは無理に追いかけなくていい。今はとにかく、敵の数を減らす。行くよ」


「了解です、中尉!」


 そう言えば彼女たちのお茶会に呼ばれた時にもらったお茶は確かに美味しかったな…なんて考えてるとレーダーに反応、敵機が接近中だ。こういう時ゼルエルだと便利だよね、嫌でも目立つから。


「ぼくが引き付けるから、攻撃は任せたよ」


 敵の編隊にバルカン砲で牽制するとこっちに気付いて回避しつつ急旋回してきた。さぁてついてこい。


「あのエンブレムは、例の…!」


「ヴァルキューレか! 行くぞ、タイタン4!」


 ECMの指向性を上げ、広範囲にかける時より強力なものを背後の二機にぶつけてやる。FCSを狂わせロックオンも出来ないのに、必死に追いかけてくる二機。その背後にミカエルⅡが三機近づいてきてるとも知らずに。


「タイタン3、4! 何をやってる、敵機に後ろを取られてるぞ! ブレイクしろ!」


「なに!? どこだ、レーダーには何も映って…」


 戦闘機の死角である真後ろやや下からのミサイル攻撃で二機とも爆散する。


「くそ、この死神めぇ! うわっ!?」


 先程の二機に注意を促した敵機も炎に包まれた。うん、三人とも腕を上げたようだ。


「やるようになったじゃないか、三人とも」


「有難う御座います! 生きてれば、またこうして一緒に飛べる時があるんじゃないかと思って…」


「頑張った甲斐があったね、ヴァローナ」


「あ、あの…生きて帰れたら、またお茶会しませんか?」


 生きて帰れたら、か。あんまりそういうことを言うもんじゃないけど、それが生きることへの執着になるならいいのかな。


「君のお茶か…。確かに美味しかったね。是非ごちそうになりたいから死んでくれるな? E4エリアが苦戦してるみたいだ。移動するよ」


「「「了解!」」」


 エンジンを全開にしてしまうとゼルエルの速度にミカエルⅡが追い付けないため、アフターバーナーに火が付かないギリギリの出力で東へと機首を向ける。




 第二波攻撃隊と同時に艦隊の直掩として空に上がったが、あっという間にレーダーは敵で埋め尽くされた。


「航空戦力は、拠点防衛には不向き…ということですか」


 艦隊の外縁から500kmの位置に第三防衛ライン、300kmに第二防衛ラインを直掩戦闘機隊で構築し、空母を取り囲む巡洋艦とイージス艦で第一防衛ラインを敷く作戦だった。第三防衛ラインで戦っていたが、押し寄せる敵機にまるで対処出来ていない。ベルゼバブ以外にもハッツティオールシューネの量産型みたいな高性能機がいるせいで対艦攻撃を担う攻撃機をほとんど素通りさせてしまっている。これでは防衛ラインの意味が無い。


「数が多過ぎる! こいつらを我々だけで対処しろというのか!? オベロン3、回り込まれるぞ。回避しろ!」


「ここでこれだけの数がいるなんて…前線はどうなってるんだ!?」


 隊長から聞かされた上層部の予想値を遥かに上回る敵機がこの艦隊防衛ラインに押し寄せてきている。事前情報が実際と違うことなんて珍しいことでもないけど、ここまで酷いのは初めてだ。よりにもよってこんな大事な局面で上層部が楽観方向に予想するとは…! 突然のミサイルアラート、チャフとフレアを放出しながら急旋回で回避する。どうやら胸の内で愚痴を吐く暇すら、敵は与えてくれないらしい。


「く、このままでは第三波攻撃隊の発艦が!」


 上空を敵機が覆うような状況で危険な発艦なんて出来るわけがない。だけど今のこの状況を見れば、明らかに絶対数が足りてない。一機撃墜しようが一個小隊潰そうが、状況はまったく変わらない。


「オリオン1よりヘルムヴィーケ1、後退して艦隊上空の敵機を追い払ってくれ! このままじゃ持たない!」


 ふと横を垂直尾翼に砂時計のようにくびれた六角形のエンブレムが描かれたローレライが通過していく。私と同じ考えのパイロットがいたらしい。


「しかし、それでは第三防衛ラインの戦力が…」


「ここはこっちでなんとかする…と、カッコつけたいところだがそんな余裕も無いんでな。手早く片付けて援軍を連れてきてくれ!」


 オリオン隊といえば第二艦隊の空母フォルトゥナ艦載部隊の中でも精鋭部隊、エンヴィオーネ戦では三女神の攻撃から母艦を護ったのも彼らだったとか…。今この状況を放り出して後退するのは気が引けるけど、そうも言っていられない。


「了解しました、ここはお願いします。ヘルムヴィーケ1より小隊各機、艦隊直上まで即時後退! 第三波攻撃隊の発艦を援護します」


 すぐさま了解の返事が聞こえ、私が反転して後ろへ下がると僚機もついてくる。


「頼んだぞ、ヴァルキューレ!」

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