第110話 不意遭遇戦

「ソナーに感あり! 敵潜水艦、音源座標特定! 護衛艦隊各艦、対潜ミサイル発射用意!」


「敵潜水艦より魚雷発射管注水音! 迎撃急げ!」


「レーダーに機影、二十…三十、まだ増える!? 陸からは遠い…付近に敵機動部隊がいるものと思われます!」


 予期せぬ襲撃にアレクトのCDCは一気に騒がしくなった。既に敵潜水艦からの魚雷攻撃で補給作業中だった巡洋艦と補給艦が炎に包まれた。周囲を囲む巡洋艦のVLSから対潜ミサイルが発射され、海面へと飛び込んでいく。着水からしばらくして、大きな水柱が立ち上がった。


「敵潜水艦、撃沈を確認!」


「敵機、尚も接近中! 反応を見るに数は四十機を下りません! 接触まであと1200!」


 レーダー画面には夥しい数の敵航空機が迫ってきている。こんなところで装備や人員を失うわけにはいかないというのに…!


「スクランブル待機中の艦載機はただちに発艦。他は準備が出来次第…」


『待て、ホルンスト。ここは我々に任せ、第三艦隊は作戦海域に向け迂回突破しろ!』


 無線から旧友の声がする。海軍兵学校時代からの仲である第一艦隊のアルベルト・プロミネンス准将。


「ルー・ネレイス以下第一艦隊各艦増速、艦隊前方へ突出していきます!」


「アルベルト!?」


 第一艦隊の艦が加速、敵の航空機が迫る方角へ突撃していく。


『空母のお守りは戦艦の役目だ。昔からそう決まっている』


「いつの時代の話だ? 航空機を相手に、戦艦に何が出来る!」


『あまりこの艦をナメてくれるな。第七次近代化改修を受けて対空防御能力だって向上してるし、VTOL空母も連れてきている。それに基地攻撃に必要なのは…悔しいが我々ではなく、貴様らの抱えてる航空機だ。第二艦隊が待ってるぞ、いいから行け!』


 広域レーダーでは見る見るうちに迫ってくる敵機の様子が見て取れた。迷っている時間は無い。


「すまん…! 両舷全速前進、進路065! 敵航空機を回避し、作戦海域への到達を目指す!」


 艦隊は緩やかに右へとカーブし、北を目指す。大型ディスプレイに映し出された画面には、第一艦隊の前面に押し寄せてくる敵航空機の群れが赤い濁流となって表示されていた。




 離れていく第三艦隊の姿をCDCのディスプレイで確認してから改めて眼前に迫る敵機の群れを見やる。大見得切ったはいいが、決して楽観出来ない状況を自ら作ったのは事実だ。第一艦隊は元々戦艦同士で撃ち合う艦隊決戦思想の下で編成され、空母と航空機が主力となってからは領海内で空軍の航空支援を前提とした警戒任務くらいしか出来ない「お飾り艦隊」だった。第二艦隊のノルニル撃沈を受け、急遽フォーリアンロザリオ王国の傘下にあるイクスリオテ公国より徴用したVTOL空母二隻を麾下に加えてはいるが、対空戦闘をしながらの艦隊戦…どれだけ耐えられるか。


「全艦対空戦闘用意。ロリヤック、ペリノア各艦載機は全機発進させろ!」


「衛星からの情報を照会。敵艦隊の位置、三番モニターに回します!」


 アレクト級空母のようなカタパルトを持たない、二隻の小型空母の飛行甲板からVTOL戦闘機「ラジエル」が飛び立っていく。音速突破なんて出来ないが、VTOL機特有の変則的な機動はうまく使えば武器になるはずだ。


「敵機、二手に分かれます! 一方は第三艦隊を追撃する模様!」


「主砲発射用意、ルシフェランザの蠅共を驚かせてやれ。弾種、三式炸裂対空弾頭! 対空・対艦ミサイル、撃ち方始め!」


 号令と同時に周囲の艦から次々とミサイルが撃ち上がる。わざわざ潜水艦を先行させてから仕掛けてきたんだ、敵機は必ず対艦装備を主としているはず。昨今の技術革新で軍艦の迎撃能力が高まり過ぎて、長距離からの攻撃はほとんど撃ち落とされてしまうのは敵も承知のはずだ。近づけさせなければいいって話だが…難しいだろうな。


「主砲、三式弾装填完了。目標、第三艦隊接近中の敵航空機群。全砲門、仰角修正完了。発射準備よし!」


「撃てぇぇええぇえっ!!!」


 艦首に二基と後部甲板に一基ある主砲塔はそれぞれ三連装で、直径18インチの砲弾計九発が一斉に飛び出していく。アレクト級と並んでもそう変わらない巨体が反動で大きく揺れ、その轟音は空間そのものを揺さぶるかのようだ。艦内にいても空気の振動がびりびりと伝わってくる。


「第三艦隊の当海域離脱を援護する。第一艦隊の誇りにかけ、全弾撃ち尽くしてでも必ず止めるぞ!」


「艦載邀撃機隊、こちらへ接近中の敵航空機群と接敵! 交戦を開始しました!」




 フォーリアンロザリオの艦隊をこの海域で待ち伏せろ、とプラウディアから命令が来て数日。ずっと待ち続けてようやく見つけた敵艦隊。第一報を伝えてきた潜水艦はすぐに撃沈されてしまったが、決して無駄な犠牲ではない。扇状に散開していた他の潜水艦もここに向かって集結しつつある。


「海上に発砲炎多数! 見えた!」


「アブラクサスリーダーより全機、環境破壊など気にするな。すべて海に沈めろ!」


 既に対艦ミサイルらしき大型ミサイルが撃ち出されているのも見える。こっちの艦隊も見つかったか。だが俺たちのやることが変わるわけじゃない。全機高度を落としながら敵艦隊へ向け加速していく。


「おいおい見てみろ、敵は戦艦を連れてるぞ。あんな時代遅れな兵器、教科書以外でお目にかかるとはな」


「正規空母がいない…。こっちはハズレみたいだな」


「バフォメット隊はVTOL機から片付ける、各機続け!」


 ルシフェランザの戦闘機と言えばベルゼバブシリーズが名機とされているが、海軍のアスタロトシリーズだって性能で劣ってるわけじゃないし、一機種で対空・対艦・対地すべてをこなせるマルチロール戦闘機だ。そしてF型に改修されたこいつであればVTOL如きに遅れはとらない。事実、接敵から間もなく三機葬ってやった。


「バフォメット2、敵機撃墜バンデットスプラッシュ!」


「アブラクサス隊各機は対艦戦闘用意、対空砲火にびびるなよ!」


 そう言って最大加速でリング状に配置された敵艦隊に飛び込もうとしたその時、輪の中心にいた戦艦の主砲が火を噴いた。爆音とその振動で機体が揺れたような気がする。どんだけ大口径な砲なんだ? 対艦巨砲主義とかいう思想が流行った時代に造られたんだろうが、弾道はおおよそ俺たちや艦隊を狙ったものじゃない。見当違いな方角に撃ったが、一体何をとち狂って…。


「! あの方角は…いや、まさかな」


 ちらりと嫌な予感が頭をよぎったが、現実的じゃない…そう頭を左右に振った直後だった。


「なんだありゃ? なんか飛んで…」


 発砲時以上の轟音を響かせて、空にもう一個の太陽が出来たのかと思うほど巨大な火球が現れた。もう一方の艦隊を追撃していたバルバトス隊とレラジェ隊の反応が八割方かき消された。いや、あれだけの爆発が起きたんだ。電波障害などで捕捉出来ていないだけかも知れない。


「バルバトスリーダー、何があった!? バルバトスリーダー、応答せよ! レラジェリーダー、応答せよ!」


 コールしてみるが反応は無い。くそ、だがこれであの戦艦がただの骨董品以上の脅威であることは解った。


「あんな化け物みたいな火力…腐っても戦艦ってわけかよ、上等だ。あのデカブツから先にやる。アブラクサス各機、ついてこい!」


 VTOL機だけで構成されている迎撃機を振り切るのは容易い。周囲を固める巡洋艦の対空砲火だって三次元機動を心がければ避けられないことは無い。だが…そいつの弾幕は他の艦のそれとは別物だった。


「な、なんなんだよ…あのハリネズミは!?」


「なんて分厚い弾幕だ。近づけな…うわっ!?」


 艦の側面を中心におぞましいほどのレーダー搭載型自律制御の対空機銃やVLSが設けられ、おまけに主砲塔の後ろに二回りほど小さな砲塔があると思ったら三連装の速射砲だ。近接信管で近くに物体を感知した瞬間爆発する砲弾を次々と吐き出してくる。至近炸裂さえ避ければダメージ自体は大したものじゃないが、視覚的な恐怖を煽ってくる。それらに怯んだところを、周りの巡洋艦からのミサイルがすかさず狙ってくる。


「た、隊長! こんな分厚い弾幕を突破するなんて無茶です、一度離脱しましょう!」


「どうせ一度離れたって状況は変わらない。逃げるのはミサイルをぶち込んでからだ、行くぞ!」


 部下の手前強がってみせても、本音を言えば俺だって怖い。戦艦を真正面に捕らえ、やや高い位置からロックオンする。データリンクで後続の僚機もロックオンさせ、同時攻撃を行う。


「アブラクサスリーダー、フォックス1!」

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