第109話 決戦の地へ

 ルシフェランザ連邦首都、ケリオシア。広大な連邦の統治機関が集まる中心街の更に中心に位置する議事堂の代表執務室。


「…やはり往くのですね、ディーシェ」


 眼前に立つ女性に第一種礼装に身を包んだ私は頭を垂らす。この連邦の統治者にして我が主君、ファリエル・セレスティア様。


「はっ、それが私の務めで御座います故」


「この戦争の結果は既に視えています。なのにあなたは往くのですね、未来は変わらないというのに…」


 悠久の時より名高い巫女を多く輩出してきた家系であるセレスティア家に生まれ、自身も類稀なる予知能力を持つこの方を護ることこそが、代々セレスティア家の影として仕えてきたメルグ家に生まれし我が使命と、幼少期から教えられてきた。そして初めて謁見したその時から、私はすべてを賭して護り抜くと誓ったのだ。


「そのような未来ならば、この私が変えてみせます。変えられぬ未来など無い、そしてそれを叶えるのは揺らぐこと無き強い意思であると…私は信じております」


「ディーシェ…」


 表情はまだ晴れない。いや、国がこんな窮地にあるのだ。今ここで晴らそうというのが不可能か。


「ご安心ください、その御心の憂いも民の不安もすべて私が薙ぎ払って御覧に入れます。そして私は必ずや再び御前に帰って参ります」


「…解りました、では頼みます。どうせ『ここに居て』と言っても、聞き入れてはもらえないのでしょうし」


 拗ねた少女のような表情をする主君に苦笑を堪えながら再び頭を垂らし、執務室を出る。


「兄上!」


 扉から数m離れたところで弟のグレンに呼び止められた。


「本気なのですか、兄上が自ら前線に出るなど…。兄上に万一のことがあったら、メルグ家は…!」


「その時はお前が継ぐのだ、留守中はファリエル様を頼むぞ」


 足を止めず格納庫へ向かう私の後ろを弟が追って歩く。ファリエル様の騎士は兄上だとか、メルグ家の当主は兄上にしか勤まらないだのとしきりに言ってくるが私は足を止めない。


「兄上がどうしても行くと仰るのであれば、せめて私も同行させて…」


「お前が残らんで、誰がファリエル様の御傍に残るのだ?」


「それこそ兄上の役目ではありませんか!」


「その私が出ねば、誰がプラウディアの烏合を束ねる? 領土の蹂躙を許してまで温存させた戦力を無能な職業軍人共に任せては徒に消耗させるだけだ。連邦の存亡を賭けたこの戦、誰の手にも委ねられるものではない」


「しかし…!」


「私の死に場所はファリエル様の御傍と決まっている。お前の言う『万一のこと』など起こりはせん。それともお前はフォーリアンロザリオのクソ虫共に私が遅れを取るとでも思うのか? 留守を預けるのは、お前以外に考えられん。任されてくれるな?」


 これ以上付き纏われてはそれこそ敵に先手を打たれる。弟の肩を平手で軽く叩き、次いで出ようとする言葉を遮る。格納庫の入り口に辿り着くと、深紅の軍服に身を包んだ士官が控えていた。


「さぁ地獄を創るぞ、レイ」


 未来を変える、我が覚悟とこれまで払ってきたすべての犠牲を対価とし…ファリエル様の願う未来を必ずや手にしてみせる。私に恐れるものなど何も無い。これまでの人生において、すべてを捧げて唯ひたすらにあの方のためを想い続けてきた我が願いが神に届かぬのならこの世に神などいない。仮にいたとしてもこの私の願いが聞けぬ神ならば…私は神さえも殺してみせよう。




 第三艦隊との合流ポイントへ帰ってきて驚いた。本国領海内で警戒任務ばかりしていたはずの第一艦隊がいる。そういや作戦のフェイズ1は既に発動されているって説明されたっけ。海軍の誇り…とかなんとかいう理由から何度も近代化改修が施されてはいるが、前大戦時に建造された海軍の骨董品、超弩級戦艦「ルー・ネレイス」の姿に若干圧倒されながら着艦。帰るとすぐにカイラスを呼び出し、全員ブリーフィングルームに集合するよう伝える。


 オペレーション・ラグナロクのフェイズ1は本国から第一次補給艦隊が出航・合流し、物資と人員の補充。第一艦隊の第三艦隊合流、そして全作戦艦隊の所定海域到達。プラウディア基地は巨大な円形の要塞で東端に軍港、北西と南西に滑走路などの航空施設、北と南に陸軍施設が密集していて、陸・海・空全軍がひとつの基地に集約された複合基地になっている。そこを攻め落とすために軍令部が考えた作戦を集まってくれた部下に説明するのだが…やれやれ、気が進まねぇなぁおい。


「あ~、では作戦名『オペレーション・ラグナロク』の概要を説明する。諸君も知っての通り、ルシフェランザ最大の要塞、プラウディア基地への侵攻作戦が実行される。フェイズ1は既に進行中であり、海軍も第一から第三艦隊全艦が本国からの補給を受けつつ作戦海域に向け移動中だ。所定海域到着後、全部隊の戦闘準備が完了次第空軍と海軍双方の第一波攻撃隊所属機は順次出撃。第一波攻撃隊展開完了の十五分後にはフェイズ2へ移行、第二波攻撃隊各隊はこのタイミングで出撃。そこからが本番だ。第三波攻撃隊も存在するがその出撃タイミングについては戦況次第で前後する、まぁ要するにこいつらは増援部隊だ」


 ケルツァークへ集められた各方面の部隊長クラスに配られたメモリーカードに記憶されたフェイズ2の資料を呼び出し、ブリーフィングルームの大型スクリーンに投影する。


「プラウディア基地はこれまでの基地と比較して、その防御力も面積も桁違いだ。よって今回、基地中央を起点として東西南北に交戦エリアを分けて指示が飛ぶ。それぞれの呼称は北部のNエリア、東部のEエリア、南部のSエリア、西部のWエリア…とまぁそれほど面倒な呼び方じゃないから、各員混乱しないように。さてと、そろそろみんな気になって仕方が無いと思うからオレたちの出撃タイミングを教えておこう」


 部屋の中の緊張が、一段と強まる。あ~あ、指揮官なんてやるんじゃなかったぜホント…。


「この作戦においてオレたちは他の部隊から各自三機ずつ随伴機を伴い、第32臨時大隊として参加する。つまりここにいるメンバーは小隊長として、それぞれ個別のタイミング、戦域、目的をもって作戦に臨むことになる。カイラス、アトゥレイ、イーグレット、メルル」


「「「イエス・サーっ!」」」


 名前を呼んだ部下が勇ましい返事と共に席を立つ。


「お前らは第一波攻撃隊所属だ。作戦海域到着時にはいつでも出撃出来る態勢を整えておけ、いいな!?」


「「「了解!」」」


「それぞれの担当戦域と攻撃優先順位については後で説明する。次にソフィ、ディソール」


「「イエス・サーっ!」」


「二人はオレやティクスと同じ第二波だ。フェイズ2移行と同時に出撃、こっちもゆっくりはしてられないぞ」


「「了解!」」


「最後にファル、フェイ」


「「イエス・サーっ!」」


「第三波攻撃隊所属、さっきも言ったようにこのグループは戦局次第で損耗の激しい戦域への増援として送り出される。作戦全体の指揮はこのアレクトから出されることになってるから、その指示に…」


 その時、突然爆発音が鳴り響く。なんだ!?


『敵襲、敵襲! 全艦、デフコン1発令。繰り返す、全艦デフコン1発令。総員ただちに戦闘配置につけ!』


 こんなところで遭遇戦だと!? ブリーフィングを中断し、全員格納庫フロアへと急ぐ。

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