第66話 抗命

 上空ではヴァーチャーⅡでハッツティオールシューネと一騎打ちを繰り広げるデイジー1。相変わらず無理を通せば道理が引っ込むを体現してくれる人だ、マジで尊敬する。だがそんな感慨に浸る暇さえ与えられないままコクピットにロックオンアラートが鳴り響く。


「くそったれ、またかよ!」


 さっきからロックオンするだけでほとんど決定打は無く、簡単に回避出来る攻撃ばかりだ。


「なんなんだよ、戦う気が無いなら失せろ! 邪魔すんな!」


「戦う気が無いわけでは御座いませんわ、気分を害されたのであればお詫び申し上げます。ただやはり貴方様を傷付けるのはどうしても気が引けてしまうのです」


 敵同士なのに何を訳の解らんこと言ってんだこいつは? だが何はともあれ、攻撃の意思が無いのならそれでもいい。ハッツティオールシューネを一機だけでもオレたちだけで引き付けておけるのは好都合だ。


「バンシー3、こいつはもういい。お前はバンシー5の後退を援護しろ!」


「え、大丈夫ですか?」


「なんとかする、早く行け!」


 了解、と左側のノズルからだけアフターバーナーの炎を煌かせながらバンシー3が上昇する。それを追おうとすらせず、こちらの動きを完全にトレースしてくるクロートー。


「バンシー1よりバンシー5、撤退命令はとっくに出てるんだよ!? 今すぐ離脱して!」


 後席のティクスが叫ぶ。ふとレーダーを見れば、まだラケシスと交戦するデイジー隊の二機と共に飛んでいた。まだそんなところにいやがったのか!?


「ですが…っ!」


「ファル、お願いだから早く離脱して! 本気でこっちにも余裕無いんだから!」


 チサトも珍しく怒鳴るように強い口調で主張する。しかしそれでもバンシー5の機首は南を向かない。やがてラケシスの照準がバンシー3に向く。


「姉さんの撃ち漏らしか…。あんたもさっさとおっ死ねってんだよ!」


 片肺で本来の性能が出せないバンシー3ではラケシスを振り切れない。デイジー隊の二機もカバーに入るが、間に合うか微妙な位置に見えた。


「命令違反の謗りを受けても構いません。味方を…親友を見捨てて逃げるなんて、私には出来ない!」


 無傷のバンシー5は模擬戦の時に見た鋭いループを描いてラケシスに迫り、ミサイルを放つ。


「な、うわっ!?」


 バンシー5の放ったヨハネはラケシスの左主翼を捕らえたように見えたが、機体をローリングさせて回避してみせる。バンシー3のカバーに入ってくれたのは有難いが、撤退命令は無視かい。帰ったら一発殴ってやる。


「親友…そう、あの二機のパイロットはそういう絆で結ばれてらっしゃるのですね。美談ですわ」


 恍惚とした声色でクロートーが呟く。この口調といい雰囲気といい、およそ軍人らしくない。こちらへの注意が散漫になってるかと思い、上昇しようとすればすかさずバルカン砲で頭を押さえつけられる。


「ふふ、逃がしませんわ。しばしわたくしとお話しましょうではありませんか」


「ふざけんな、こちとらそんな暇じゃねぇんだよ!」


「あら、つれませんわ。わたくしはこんなにもフィリル様のことをお慕い申し上げているというのに…」


 ……は? 今、なんつった? なんだか理解に苦しむ単語が含まれていたような気がして一瞬思考が停止する。


「いっそこのままルシフェランザにいらしたらよいのですわ。実際にお手合わせして確信致しました、フィリル様にはこのハッツティオールシューネこそ相応しい翼。さぁ、わたくしの手を取ってくださいまし。御身の安全はこのミコト・タチバナが保障致します。そしてハッツティオールシューネと共に、わたくしの身も心も…すべて貴方様のモノに…」


 そこから先は聴覚が聞き取ることを拒絶した。全身に寒気が走る。ダメだコイツ、ダメだコイツ! 意味不明過ぎる、理解不能過ぎる! こんなに取り乱したのはいつ以来だ? それくらい頭がごちゃごちゃにかき回されると同時に無意識にスロットルレバーが最前位置まで押し込まれて最大加速アンド垂直上昇。後席から「フィー君、色男ぉ…」とか気持ちテンション低めの茶化しが聞こえてきたが、もはやどうでもいい。


「ああ、お待ちくださいませ!」


 待たねーよ、バカ! ああ、もう全身の鳥肌が収まらねぇよ畜生! 耐Gスーツの中をムカデでも這ってるんじゃなかろうかと思うくらい悪寒が走る。何も考えず、とにかくラケシスと三機の友軍機が交戦している空域へ向けて上昇する。クロートーの双発エンジンが二つとも生きていれば簡単に追いつかれただろうが、片肺ならばこちらのフルスロットルについてこれるはずはない。


「バンシー1よりデイジー4、そっちのカバーに向かう。もう少し持ちこたえ…」


「あ、ダメ! フィー君、ブレイク!」


 ティクスの声を認識した時には既に遅かった。機体が激しく揺れ、多目的ディスプレイに表示されたダメージレポートに赤いエリアが広がっていく。


「何っ!?」


「行かせないわ」


 アトロポスか! すれ違いざまに相手のコクピットだけをバルカンで撃ち抜くとかいう神業をやってのける彼女の射撃は、まさしく正確無比だった。


「左舷エンジン、主翼に被弾! フュエルカット、推力バランス片肺飛行モードに移行!」


「まだまだぁ!」


 ティクスがすぐさま被弾したエンジンと燃料の流動を停止してくれていると信じてのフルスロットル。下手をすれば爆発する危険もあったが、それまでの勢いを殺さぬまま加速して一気にラケシスとの距離を詰める。


「そのダメージで…!? く、もう一発…」


「あんたの相手は私だって言ってるでしょ!」


 追撃を図るアトロポスにデイジー1が襲い掛かる。心の中で感謝を呟きながら、HUDの先の敵機を睨む。


「振り切れない!? ラケシス、機体下から敵機! ブレイク、ブレイク!」


「へ?」


 もらった。ガンレティクルの中心にラケシスの機首を捕らえ、迷うことなくトリガーを引く。空気との摩擦で輝く弾丸は一直線に敵の喉元を目掛けて飛んでいくが、アトロポスからの警告を受けたラケシスは回避を試み、そのままいけばコクピットを貫いたであろう弾丸は半分が虚空へと消え、それでも残る半分で左の肺を潰した。


「きゃああっ!?」


「ラケシス!」


 左エンジンが小さく爆発を起こし、ぐらつくラケシス。


「そのダメージで戦闘の継続は無理よ、離脱しなさい!」


「畜生、あたしを…舐めるなぁぁああああっ!!!」


 右側の排気ノズルが燃え上がったかと思うような激しい炎を吐き出し、瀕死のラケシスを再加速させる。この展開は誰も予想しなかったに違いない、対応が遅れた。ラケシスからミサイルが放たれる、その先にいたのは…。


「! ミサイルだ、ブレイクしろバンシー5!」


 機体をほぼ垂直に傾け、チャフとフレアを撒き散らしながら急旋回をするバンシー5。だがミサイルはそれら防御兵装に攪乱されること無く、一直線にバンシー5へと向かう。


「な、ロックが外れない!? そんな…」


 急旋回は速度を急速に落とす。ミサイルはもう回避が不可能な距離にまで迫っていた。機体を放棄して逃げろ、という言葉が口から出そうになって飲み込んだ。アレは絶対に失ってはならない機体だ、そう厳命されて出撃してきた…。その意識が声をせき止めた。その直後に、バンシー5が爆炎の向こうに消える。


「ファル!」

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