第65話 鍔迫
「クロートー、大丈夫?」
「右エンジンをやられました。まだ飛行は出来ますし、片肺飛行でも戦えますが…」
奥歯がギリッと音を立てる。なんということだ。ラケシスが垂直カナード翼を弾き飛ばされたぐらいならまだいい。だけどハッツティオールシューネの持つ圧倒的優位性の根幹たるエンジンユニットを破壊されたとあればうちのボスはなんて言うだろう。ああ、もう今から胃が痛い…。
「…姉さん、あたしはもう一回あの一機だけ違うのをやるよ。なんかあの機体は大事に守られてるみたいだし、あいつをやればヤツらの調子に乗った心を叩き折れそうな気がする」
「護衛機のヴァーチャーⅡが一機いる。割と手練れみたいだし、油断して被弾したとかはもう無しにしてね?」
解ってるよ、と多少イラついた返事と共にラケシスが編隊を離れる。心配が無いわけじゃないが、こうなれば彼女を信じる他は無い。こっちにも敵機が迫っている、私はその迎撃へと意識を切り替える。
「クロートー、無理しろとまでは言わないけど…あんたにももう一仕事してもらうわよ」
「了解しました、わたくしもこのまま引き下がる気はありませんわ」
ヴァーチャーⅡを四機連れて後退していった手負いの二機にはとどめを刺せなかった。私たちが獲物を取り逃がすなんて…いや、そんなことを今更考えてもしょうがない。残る三機を殲滅すればいい!
「フィー君、ラケシスがバンシー5に向かうよ!」
「行かせるか。止めるぞ、バンシー3!」
「いや~、なぁんかおっかないのも来てますよ? 隊長はラケシスを追ってください、アトロポスには私が!」
「こちらデイジー2、バンシー3の援護には我々がつく!」
向かってくる敵機は三機、反転してラケシスの後方へ回り込んでいくのが一機。
「ラケシス、後ろの敵機は気にしなくていい。私が追い払うわ。クロートーはゆっくりついてきなさい」
スロットルレバーを押し出して最大加速。クロートーはエンジンが片方死んでいるため同じ加速は出来ないが、とりあえずこの際それは捨て置く。
「来るぞ、デイジー5! ヨハネを射程に入り次第発射、そのまま
「り、了解! よくもみんなを、仇はとらせてもらう!」
バンシーを追い抜いて二機のヴァーチャーⅡがこちらの進行方向上に飛び出してくる。
「邪魔よ、どけぇ!」
FCSにはまず一機をターゲッティングさせ、ロックオンと同時にミサイル発射。その後すぐさまもう一機にロックを移して兵装をGUNに切り替えてトリガーを引く。
「な、くそぉ!」
「きゃあぁああぁあっ!」
一機は目の前にミサイルが迫りながらも被弾直前にミサイルを撃ってきたが、そんなものに被弾する私ではない。
「このぉおおぉおおおっ!」
残るバンシーがバルカン砲で弾幕を張ってくるが、それさえ私を捕らえるには粗過ぎる。バレルロールで回避しつつ、すれ違いざまにコブラで機首を相手に向けて弾丸を浴びせるべくトリガーを引く。
「そう来るとは思ってたわよ!」
敵は機体をロールさせると同時にヨーイングで進行方向をずらしていた。コクピットを狙って発射した弾丸もわずかに逸れ、右エンジンを撃ち抜くに留まった。
「避け切れなかった…さすがに敵わないか。バンシー3よりバンシー1、突破されました。警戒してください!」
片肺飛行になっても尚こちらを追撃しようと緩やかに旋回する後方の敵機はとりあえず無視、ラケシスに迫る隊長機に向けてミサイルの発射態勢を整える。エウロスの射程範囲まで駆け込む余裕は無い、兵装はエキドナを選択。一発しか残っていないが、それもやむを得ない。目標の真後ろに移動し、ロックオンと同時に発射ボタンを押し込む。
「ミサイルアラート! ブレイク、ブレイク!」
チャフを二回吐き出し、急旋回で逃げる敵機。あの機動性でこの距離では、ちょっと防御兵装で攪乱されればホーミング性能の面で弱点を持つエキドナでは容易に回避されてしまう。だがそれで充分だ。
「ラケシス、時間は稼いだわよ。いいとこ見せろ! クロートー、あんたには隊長機を任せる」
私はラケシスが狙う新型機の護衛についているヴァーチャーⅡへ向かう。あのエンブレムには見覚えがあった。
「バンシー3、大丈夫か!? くそ、そろそろ潮時か…。デイジー1、バンシー5を先に離脱させる。援護してくれ!」
「え、ちょっと待ってください! 私はまだ…っ!」
「デイジー4よりデイジー1、バンシーBの戦域離脱を確認。戦線に復帰します!」
被弾させた二機は離脱に成功したか、まったく友軍があてにならないって悲しいわね。手負いさえろくに撃墜出来ないなんて…。二機のヴァーチャーⅡがラケシスへと襲い掛かる。
「こいつらまだいたのかよ!? 畜生、この有象無象共が!」
「デイジー4、6! ナイスなタイミングで帰ってきてくれたわね。バンシー5を離脱させる、三女神の動きを止めるわよ。続け!」
「「了解!」」
「バンシー5よりバンシー1、今この状況で戦力の低下は得策とは思えません。残存戦力全機で三女神の撃退を目指すべきと具申します!」
「聞き分けの無いことを言うな、お前を少しでも安全に離脱させるタイミングはデイジーの二機が帰ってきてくれた今しか無ぇんだよ! つべこべ言わずにさっさと離脱しろ、これは命令だ!」
戻ってきたのは手負いの二機を離脱させるためにろくに戦わなかったヴァーチャーⅡ、弾も燃料も余裕がある。バンシーの隊長機はクロートーが足止めしてくれているが、確かにこのタイミングで離脱を図られたら若干困るところではあった。
「逃がすもんか、雑魚が何匹増えようと…あんたはあたしが墜とす! だから黙って殺されろ!」
「デイジー4よりバンシー5! 早くしてくれ、こっちもそう長くはもたないぞ!」
一機が挑発し、もう一機がラケシスの後方へと回り込もうとするのが見える。そのカバーに入ろうとするが、デイジーの隊長機が立ち塞がる。
「あんたの相手は私よ、アトロポス!」
この隊長機はさっきから本当にヴァーチャーⅡなのかと疑いたくなるくらい動きが鋭い。射撃も適確にこちらの行きたい方向を塞いでくる。ローリングして弾幕を掻い潜り、なんとか被弾することなく敵機とすれ違う。その時、ふと横目にあの見覚えのあるエンブレムを見て既視感を覚える。あれは…いつだったか、どこだったか。
「…あ、ああ! ああ、あ~あの時の!」
そうだ、デイジーという部隊名にも聞き覚えがある。あれは宣戦布告同時攻撃の時、確かにそんな名前の部隊がいた。あの頃は名実共に「不完全」だったハッツティオールシューネでの出撃だったし、敵にもまだエースがいたおかげでなかなか面白い戦闘だったのを覚えている。てっきりあの頃から飛んでいるエースは喰い尽くしたとばかり思っていた。
「開戦当初のエースがまだ生き残っていたとは嬉しいニュースだわ。感動の再会とでも表現すべきかしらね?」
「そうね、感動も怒りも通り越して何も感じないけど…どれだけの犠牲を払おうとも、今回だけは好き勝手やらせないわ!」
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