第61話 激突
「ロックオンされたよ!?」
シートの後ろから相棒の声が飛んでくるが、言われんでも解ってる。HUDにも三機の反応が表示されるが、対地攻撃モードでは攻撃対象として認識されないためロックオンしない。ほぼ真正面…通常空戦でのミサイルは相手の後ろから撃つのがセオリーだが、ターゲットが真正面から真っ直ぐ突っ込んでくるならば撃っても当たることがある。だからここで撃ってくることも考えられなくは無い。
「全機、オレたちの仕事が何かを忘れるな? 生き残ることだけに集中しろ。ブレイク!」
合図と共に後続の四機が散り散りに回避機動を取る。オレはと言えば、スロットルレバーを押し込んで加速、距離を更に詰める。
「ちょ、ちょちょちょ!? ふぃ、フィー君! ロックオンされてるってば!」
「五月蠅い、黙ってろ!」
三機のうち先頭を飛ぶ機体との距離がどんどん近づいていく。ロックオンはされているが、ミサイルを撃ってくる気配が無い…というか撃つつもりならばとっくに撃ってきているはずだ。それに下手に回避機動などすればわざわざ背中を差し出す結果になりかねない。四機を散らせてみて反応を見たかったが、三機とも直進してきたということはドッグファイトがお望み…といったところか。
全神経を研ぎ澄ませ、HUDの向こうを睨んでいると…ぞわっと背筋が凍りつくような感覚に襲われた。
「舌噛むなよ!?」
相棒に注意を促すと同時に横方向へローリング。直後に大気摩擦に煌く弾丸の暴風がキャノピーのすぐ向こうを吹き抜け、そのまたすぐ後を真紅の戦闘機が三機通過していく。
「あら、避けられた」
「姉さんの攻撃を読んだ? さすがエース…いや、このくらいはやってもらわないとこっちが困るけどね」
「ヴァーチャーⅡとは異なる機体に涙した妖精のエンブレム。間違いありませんわ、バンシー隊です!」
三機のパイロットたちの声が聞こえてくる。彼女たちの声はこっちの気持ちとは正反対に余裕が感じられる。まるでゲームを楽しむ子供のように明るい声が通信回線にこだまする。エアブレーキで減速しながら主翼を最前位置まで広げ、ミカエルの持つ旋回性能を最大限発揮出来る状態で旋回を機体に命じる。だが再び警報が耳を劈く。
「ロックオン警報! アトロポス、上方より接近中!」
「バカな、こっちはまだ半分も旋回し終えてないってのに…!」
思わず視線を跳ね上げると、キャノピーの向こうでさっきすれ違った真紅の機体がこちらを睨んでいた。
「フォーリアンロザリオのエース、お手並み拝見させてもらうわ」
胴体下からミサイルが切り離されるのが見えた。同時に断続的な警報から連続した音に切り替わる、ミサイルアラートだ。短射程空対空ミサイルが二発、か。
「ブレイクする、フレア射出!」
防御装備の操作はWSOでも行える。スロットルを奥から手前へ引き戻して最大加速しつつ、機体後部に左右一基ずつ設けられたチャフ・フレアディスチャージャーから激しい光を放つ熱球が吐き出される。スロットルを奥へ押し込んで減速し、エンジン出力を落として急旋回。ミサイルの進行方向上から逃れるべく舵を切る。
「ミサイル回避成功。でも包囲されてる、注意して!」
HUDの隅に表示されたレーダーに視線を落とせば後方にアトロポス、左舷にクロートー、そして右舷からはラケシスが接近中。注意も何も、どこへ逃げればいいのか判らない状況じゃないか。
「とにかくマタイを吐き出したい。このまま降下するぞ!」
再度エンジンの出力を上げて地表を目指して急降下。だがそう簡単に行かせてくれるほど彼女たちも寛容じゃないのは判っている。
「あたしらを前にしてシカトとは、しらける真似してくれんじゃないのさ。あたしと遊ぼうぜぇ!?」
ラケシスがその爆発的な加速力で追いかけてくる。ホントに化け物だな、旋回性能だけじゃなく加速力もミカエルの比じゃない。ファルが乗るゼルエルの更に上を行くだろう。あっという間に追いつかれてミサイルの射程内に捕らえられる。
「くそ、こいつら…!」
「あはははは! そうら、踊れ踊れ!」
ラケシスはそのまま加速し続け、バルカン砲を発射してきた。だがわざと照準をずらして、こちらがギリギリ回避出来るポイントに撃ち込んでくる。左右や頭上を追い越していく弾丸にヒヤヒヤしながら、地上にターゲットに出来そうな標的を探す。
「ほらほら、あたしらをもっと楽しませな! ヴァーチャーとは違うとこを見せてみなって!」
「そんなに見たいなら、見せてあげる」
無線に三女神以外の声が飛び込んできたと思ったら、風防に取り付けられた鏡の向こうに映るラケシスが突然攻撃ポジションを離れ、直後にバルカン砲の弾丸と見慣れた機影が通過する。
「もっとも、そこまで期待過剰になられても困るけどね」
「バンシー3!」
声はチサトのものだった。さすが援護機動のスペシャリスト、ラケシスの攻撃を妨害するとそのまま反転してクロートーへ食って掛かる。
「こちらバンシー5、バンシー1の援護につきます」
今度はファルの声。左舷後方に視線を投げると彼女の乗るゼルエルが見えた。
「バンシー5、君は極力戦闘を避けて情報収集しろと命じたはずだ」
「避けますよ、可能な限り。ですが、パートナーを生かすことを考えろ…それも命令に含まれていたはずです」
「バンシー3よりバンシー1、私たちはチームじゃないですか。私たちには散開を指示しておいて自分だけ突撃していった時には焦りましたが、もう離れませんからね!」
クロートーと複雑な二重螺旋を描きながら、チサトが言う。オレたちはチーム、か。これほど勇気付けられる言葉は他に無いな。
「やれやれ、しょうがない連中だな。A分隊は情報収集行動に移る、B分隊は地上攻撃の後に合流せよ!」
「「「了解!」」」
それまで降下していた機体を反転上昇、強烈なGに全身の血が下半身へ押し込まれるような感覚に襲われながらも頭上の敵機を睨む。
ふぅん、確かにヴァーチャーやセイレーンと比べていい動きするわね…。五機のうち一機はクロートーと交戦中、そこに二機が反転して再接近。残る二機は地上攻撃に向かう様子、か。
「姉さん、確か事前の情報じゃ四機って話じゃなかったっけ? なんで一機増えてるのさ」
「知らないわよ。まぁ一機増えたって大した問題じゃないでしょ。それに同型機が四機に一機だけ違うようだし、大方別の新型とかそんなとこじゃない?」
フォーリアンロザリオだって兵器開発が一社独占なんていうことは無いだろう。次期主力機開発なんてことになれば少なくとも二機種ぐらいは並行で用意するはずだ。四機揃っている方が本命で、一機だけの方はそのライバル機とかだろう。もしくは本命だったが、生産が間に合わなかったとかだろうか?
「なるほど、でもあっちの方が心なしか動きがいい気がするな。姉さん、あたしはアレをいただくよ」
こっちの返事を待たずに最大加速でクロートーと交戦中の三機に向かって降下するラケシス。もう好きにしなとしか言えない。あの子は愛機をその類稀なるセンスで操るタイプのパイロットだ。カタログスペックなんてこれっぽっちも覚えてないが、限界性能を簡単に使いこなす。
イージスシステム搭載艦がひしめく海の上でも瞬時に弾幕の隙を見つけて彼女にしか見えない軌道を導き出すセンスは連邦中のパイロットと比較しても間違いなく三本の指には入る。でもだからこそ、彼女は特別な指示をしなくても戦果をあげてくれる。信頼に足る部下だ。
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