第60話 予感
エンヴィオーネ市街の南側では、夜明け前だというのに昼間よりも明るく周囲を照らす炎に包まれていた。
「ああ、嘆かわしいですわ…。自国の町並みを、この手で焼き払わねばならないなんて…」
眼下に広がる火災は、今しがた自分で落としたナパーム弾によるものが大半を占める。友軍の戦車や歩兵部隊も善戦しているが、如何せん戦力差に開きが出始めている。もう少し、数を減らしておきましょうか…。
「それもすべてはこの連邦のため…ご勘弁くださいましね」
兵装選択、ロケットランチャー。HUD上に円形のレティクルと残弾が表示され、おおよその着弾地点を教えてくれる。その円の中に敵戦車部隊を収めてトリガーを引く。主翼の付け根のパイロンから吊るされた円筒状のランチャーからロケット弾が連続して射出され、撒き散らされたナパームジェリーで延焼を続ける炎の脇を抜けようとした戦車へと降り注ぐ。続いて断続的な爆発音…低空で飛んでいるため、コクピットにも振動が伝わってくる。
「ふぅ、こんなところかしら?」
左手をスロットルレバーからタッチパネル式コンソールに伸ばし、空になったロケットランチャーを切り離す。
「さてさて、そろそろラケシスお姉さまも一仕事終えた頃合いかと思うのですが…あら?」
レーダーに新たな機影を見つける。今、周辺にはベルゼバブとヴァーチャーⅡがひしめいているが、それとは異質な五つ輝点。なにしろ他と比較にならないほど速い上に奇妙な高度を飛行している。
「なんでしょう? 偵察機であればこれほどの数が密集するはずもありませんし、そもそも攻撃手段を持たないタイプならばもっと高高度を飛行していても不思議は無いのに」
自衛装備を持たない偵察機は成層圏ギリギリの高高度を飛ぶのが常だ。でもその五機は戦闘高度の少し上を飛んでいる…いや、もはや戦闘高度を飛んでいると言ってもいいぐらいだ。偵察機であればそんなリスクの高いコースは飛ばない。ハッツティオールシューネを超える巡航速度を持つ戦闘機はまだ実在しない、となれば…。
「増速ブースターを装備した戦闘機…とでも考えるのが妥当でしょうか。でもこれまでにそんな装備をした敵機と遭遇したという報告はありませんし」
やはり…。確信めいた想像が脳内を駆け巡ると同時に口元が緩み、気分が高揚してくる。
「うふ、うふふふ…。ようやくいらっしゃったのですね、お待ち申し上げておりましたわ。お姉さま方、主賓のご到着ですわ。ターゲット、高度3万フィートをおよそマッハ3で基地中心へ向かっている模様」
「こちらアトロポス、了解したわ。ラケシス、クロートー、二人とも基地上空に集結。大切なお客様よ、丁重にもてなしてあげないとね!」
「オッケー、あたしもすぐ戻る!」
さっきは広域レーダーの端にあった反応が随分近づいてきている。急いでお姉さまと合流しなくては、三女神そろってのお出迎え…フィリル様は喜んでくださるかしら。
空はうっすらと白み始め、一日の中でもっとも澄んだ空気の漂う時間。日中はそれなりに人通りのある道も、この時間だけは静寂に包まれる。最初のうちは辛かった早起きも、今ではそれほど苦にならない。ある意味星の輝く夜よりもミステリアスな気がする早朝は、ティニのお気に入りの時間になった。
「…ふぅ、こんなとこかな?」
店の前を箒で掃き、転がっていたゴミなどを片付ける。集まったゴミを見ると、空き缶とかタバコとか…あからさまに自然物じゃないものまで含まれているから困る。
「まったくもう、ちゃんと道端にもゴミ箱あるんだからそっちに捨てて欲しいよね」
誰もいないことをいいことに、独り言を繰り返す自分が可笑しくて口元が緩む。ホント、普段話してる声より大きいんじゃないかな?
箒やちりとりを片付け、店の中へと戻る。時計を見るとまだ時間があるみたい、部屋に戻ってもう少し寝ようかな。そう思って階段へと足を向けたその時だった。
―――ガシャン!
「ひゃっ!?」
ガラスが割れる音が響き、驚いて悲鳴が口から飛び出る。恐る恐る辺りを見回すと、床に額が転がっていた。これが落ちたのか。
「なぁんだ、びっくりさせないでよ…」
割れたガラスに触れないように気を付けながらそっと拾い上げる。数日前にバンシー隊の面々と一緒に撮った写真、木製の額に大した傷は無さそうだけど写真表面にかぶせてあったガラスが粉々だ。
「まったく…嫌だな、縁起でもない」
お兄ちゃんたちは大事な戦いを控えてるみたいな話だったし、風が吹いたわけでもないのにこの写真だけ落ちるなんて…。その時、体がぶるっと震えた。早朝の空気は冷えるけど、さっきまで外で掃除してたんだから体が急に冷えたわけじゃない。なのに…なんだか嫌な胸騒ぎが収まらない。ふと窓の遮光カーテンの隙間から差し込んでくる微かな光に眼を向ける。
「…大丈夫、大丈夫だよ。お兄ちゃんと約束したんだから、お兄ちゃんは約束…守ってくれる。絶対に守るって言ってくれたんだから」
自分で自分の肩を抱き、必死に言い聞かせる。なんだろう、ホント…嫌な感じがする。
友軍が必死に戦っているのを後目に、オレたちはエンヴィオーネ基地上空へと辿り着こうとしている。申し訳ない気持ちは禁じえないが、意識してそれを拭い去る。スロットルレバーから手を離してコクピットの側面…レバーのすぐ隣にあるスイッチを押すと機体背面のブースターが切り離される。
「バンシー1より各機、間もなくエンヴィオーネだ。心の準備はいいか?」
他の連中も次々にブースターを切り離し、少しずつ速度を落としながら楔形の陣形を組んでいく。
「こちらバンシー3、今すぐ逃げ出したい気持ちに満ち満ちています」
おいこら、さっきみんなまとめて守ってやるとか豪語してたのはどこのどいつだ?
「バンシー3、お前な…」
「あはは、冗談ですって。ここまで来ちゃったんだから、もう逃げたいなんて気持ちはどっかにすっ飛んじゃいました。相手は運命の三女神様ですものね~、こっちの覚悟が決まるまでなんて待ってやくれませんって。やるっきゃない! 今はそう考えてますよ」
口調はいつもと同じようにおちゃらけているが、声のテンポが普段よりも早い。緊張しているのだろう。
「なんか、みんなの胸中を代表して言ってくれた感じだな」
「こちらバンシー2、まったくです。言いたいこと全部言われました」
カイラスの溜息混じりの声が聞こえてくる。
「こちらバンシー4。まったく、その通りだね。やるしかない、そのためのぼくたちなのだから」
続いてイーグレット。こいつの声にはあまり緊張は感じられないな、いつも通り落ち着いてる印象を受ける。
「噂のスーパーエースとお手合わせなんてな、怖ぇを通り越して笑えてくるぜ!」
「あまり突っ走らないでよ? 援護する側のことも考えてね」
アトゥレイの笑い声と呆れた様子のメルル。
「こちらバンシー5、システムはすべて正常に作動中。今回は情報収集に専念とのことですから、隊長とチサトの援護以外は大人しくしてますね」
ファルの声も落ち着いているが、意識して気持ちを押さえつけているようにも感じる。とりあえず、この一大局面を前にしてる割には隊員たちのメンタルはさほど悪くなさそうで安心した。
「フィー君、基地の東と南から一機ずつ単独行動してた機影が基地中央に向かってる。高度を下げないところを見ると補給でもないみたい。もしかするとこの反応が…」
「今時エレメントも組まずに戦場を飛べるのはあいつらくらいなもんだろうよ。全機、パワーダイブ! 地獄のど真ん中に飛び込むぞ、続け!」
操縦桿を真横に倒して天地が逆転した状態で今度は手前に引く。ほぼ垂直に地面へ向かって真っ逆さまに降下していっても地表は遥か先だ。全然近づいてる感覚は無いが、高度計の数値はめまぐるしくその数値を減らしていく。
「全機、対地攻撃モード。マタイは早いうちに切り離しておいた方がよさそうだ。高射砲でも戦車でも構わない。とにかく射程に入ったものにぶち込んでやれ、いいな!?」
「「「了解!」」」
レーダーに眼を向ければ、ティクスがさっき言った反応が基地上空で合流したのが確認出来た。元々基地上空にあった反応と合わせて三つ…もうこりゃ確定だな。
「敵機上昇、急速接近中。数は三、ライブラリ照合…機種特定、ハッツティオールシューネ!」
ミカエルのセンサーが思わぬ裏づけをくれた。おかげで恐怖心は諦めに変わったよ、まったく…。チサトじゃないが、ここまで来たらやるしかない。そう苦笑した直後、HUD上に警告が表示される。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます