第59話 第二艦隊

「あ~っははははは!」


 四方八方へ飛び交う弾丸、上から下から迫るミサイル、引っ切り無しに鳴り響く警報…数多の死線が織り成す戦場の空を駆け抜けるあたしと愛機ラケシス。いいねぇいいねぇこの感じ、たまらないね。だけどまだまだ欲求不満。相変わらず機械任せの弾幕に学習しないへっぽこパイロットの群れ、こんなんじゃいくら喰い散らかしたってなんの満足感もありゃしない。


「前菜の雑魚共なんざ、ちゃちゃ~っとカタすとしようかねぇ」


 新型だけで編成された敵のエース部隊…期待してたのにまだ出てきてないらしい。でも姉さんはこの戦いに絶対出てくるって読んでたから遅かれ早かれ出てくるとは思う。姉さんの勘はよく当たるしね。右手で握る操縦桿にある兵装切替スイッチを操作してFCSに対艦ミサイルの発射準備を指示する。

 そしたらエンジン全開、アフターバーナー吹かしてあっという間に音速突破。空気の壁をぶち破り、大気摩擦で赤く輝く弾丸をすり抜け海面へダイブする。操縦桿を目一杯引いて機首を上げ、機体の腹から下へ伸びる垂直カナード翼が海面掠りそうなギリギリの高度を駆け抜ける。低空では護衛艦の速射砲から砲弾が飛んでくるけどレーダーの効きは悪くなるし、気になるほどの脅威じゃない。多少気を配っていれば回避などあたしには容易いしね。

 目の前に砲弾が着弾して派手な水柱が立っても気にも留めない。機体に積めるだけのミサイルを満載したフル装備状態でも軽快な加速と機動性を発揮してくれる愛機の頼もしさを改めて感じる瞬間だ。


「よっ、ほいっと…!」


 護衛艦から飛んでくる弾丸をひらりとバレルロールでかわし、天地が反転した状態で前方の敵艦二隻をマルチロックオン。発射ボタンを押し込んで対艦ミサイル二発を同時発射。主翼付け根のパイロンから解き放たれた二本の長槍はそれぞれの獲物へとその矛先を向けると、さながら飢えた肉食獣のように爆発的な加速を見せる。


「熱源、急速接近中! 対艦ミサイルです!」


「CIWS起動、迎撃!」


 無駄無駄、うちの部隊に試験配備されている対艦ミサイルはジャミングシステムを内蔵してる。その分射程距離は既存のものより短くなってしまっているため、懐に入り込む必要があるものの、対空バルカン砲の頭に乗ってるレーダーぐらいは攪乱してくれる。機動性と速度はさほど変わらないが、近づいてから発射するために敵からすれば迎撃に使える時間は恐ろしく短くなる。そんな条件で迎撃出来ると思ってるのだろうか、哀れ過ぎて笑えてくる。

 案の定、キャノピーのフレームに取り付けられた鏡で後方を見れば赤々とした炎に包まれる鉄屑が二つ。残る対艦ミサイルは二発…さて、どいつにお見舞いしてくれようか。周囲を見回すと一隻の空母が眼に留まる。


「あいつは確かこの前の…」


 艦首にペイントされたナンバーに見覚えがある。確かあたしが甲板にミサイルぶっ刺してあげた空母の近くに浮かんでたような…ああ、こいつらあの時の艦隊か。空母の名前は「フォルトゥナ」だったっけ。


「運命の女神の名前を冠するなんて生意気だね、沈めてやるか!」


 獲物を決めたあたしはすぐさま急旋回、目標の空母を真正面に捕らえる。フルスロットルで数秒飛べばすぐさまロックオン、トリガー引いてサヨウナラ…っと指に力を入れようとしたその刹那、突如警報が鳴る。


「何さ、いいとこだってのに!」


 ミサイルアラート。ロックオンはしているのだし、とりあえずミサイルを切り離して回避機動に移る。


「オリオン1より護衛艦各艦に告ぐ! CIWSに頼るな、散弾による面砲撃で応戦しろ!」


 あたしの仕事を邪魔してくれやがったパイロットのものだろう声が通信回線に響く。後方を確認すれば必死に追いかけてくる敵戦闘機…あのフォルムは海軍仕様のセイレーンか。ヴァーチャーⅡを1ランク劣化させたような印象だったが、なかなかどうしていい動きをしている。

 あたしの撃った対艦ミサイルは目標の空母に真っ直ぐ飛んでいったが、あと少しというところで撃ち落された。対空バルカン砲によるものではない。近くに浮いてた護衛艦の速射砲から撃ち出された砲弾が空中で炸裂し、無数の散弾となって高密度の弾幕を張られたのだ。


「ち、敵にもそれなりに頭の切れる奴がいるってか。面倒くさいなぁ」


 さっきミサイルを撃ってきたセイレーンはスピードよりも旋回性能を優先してぴったりと後ろをくっついてくる。性能の低いポンコツの分際でちょこまかと…うざったいったらありゃしない!


「レウコテアよりオリオン1、味方の弾幕にやられるぞ。離れろ!」


「艦載兵装だけで女神とやりあうのは無茶だ。母艦をやらせはしない、ノルニルの二の舞には…! 回避はこちらで行う、構わず撃ちまくれ!」


 ふぅん、気概のある奴もいるんじゃないか。ま、多少腕があっても乗せられてるのがセイレーンじゃこのラケシスに追いつくことなど出来ない。最後の対艦ミサイルを空母に突き刺してやろうと再び機首を空母に向けようとするが、さっきので学んだのか周囲の護衛艦から散弾タイプの砲弾が飛んでくる。


「くそ、塞がれたか」


 侵攻ルートに弾幕を張られて行く手を阻まれる。仕方なく旋回し、別ルートを探す。


「しまっ…ぐぁ!」


 旋回しながら一瞬視線を後方へ走らせると、二基あるエンジンのうち片方から煙を吐き出している奴がいた。どうやら後ろをついてきていたセイレーンが味方の弾幕に捕まったらしい。間抜けな話だ。このあたしが突破を諦めるような弾幕の流れ弾なら、まぁしょうがないっちゃしょうがないのかも知れないけどね。

 邪魔者もいなくなったことだし、これ以上ここに長居するのも燃料の無駄か。ちょい上昇の後すぐさま旋回、今度は空母の真正面へと回り込んでから飛び込む。空母手前にいた護衛艦の脇をすり抜けて、ターゲットロックオン。


「これでオシマイっと!」


 胴体下のハードポイントから最後の一発が放たれる。白煙を残して獲物へまっしぐら。もはや相手に防ぐ手段など無いのだ。あたしはこの空域を離れてレイ姉さんのいる基地上空を目指そうと操縦桿を倒す。


「敵対艦ミサイル、直撃コース! 弾着まであと八秒!」


「弾幕!」


「ダメです、迎撃間に合いません!」


 だから無駄だっての…と、呆れながら後方確認用の鏡に眼をやった時だ。そいつはミサイルみたいに煙を吐き出しながら、空母の直上を通過する。


「うぉおぉおおぉぉおおおおぉぉおぉおおおっ!!」


 通信回線に響く耳障りな雄叫び…さっきあたしを追いかけてきてた間抜けか。手負いのセイレーンがあたしの放った対艦ミサイルと空母の間に割って入るのが見えた。セイレーンのキャノピーが切り離されて、コクピットから射出シートが飛び出した直後にミサイルが機首にめり込み、派手な爆発と共に両者とも消え失せた。


「あいつ、機体を盾に…!?」


 味方の弾幕で被弾した後、母艦に戻ろうとしていたのか? 確かにあたしの後ろからは消えていたけど…でもそれにしたって傷付いた機体をミサイルにぶち当てるなんて…。


「感心はするけど…ち、面白くないね」


 まぁいい、今日のメインディッシュはあんなドンガメ共じゃないんだ。もっと楽しませてくれる奴らが来る。あたしは意識をそっちに切り替え、基地上空へと急ぐ。

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