第41話 死を告げる妖精

 敵基地から300km手前で迎撃部隊と遭遇戦になった。レーダーを見ると前方から接近する赤い輝点は十二。


「スラムピン1より全機、敵は一個中隊だ。前方より接近中。攻撃機部隊は降下、低空にて敵基地侵入を目指せ。戦闘機部隊は数ではこちらが上だ、押し潰せ!」


 仲間たちから一斉に了解の声が返ってくる。やがて近接レーダーでも敵部隊が捕捉出来るようになり、数秒と経たないうちに目視で敵機を確認した。ろくに照準もつけないままバルカン砲のトリガーを引き、牽制弾を撃ち込む。案の定、弾丸は敵を捕らえることなく空を切るだけだ。そのまま敵機とすれ違う。


「あれは…!?」


 すれ違った敵部隊を構成する戦闘機のほとんどは見覚えのあるヴァーチャーだったが、その中に四機ほど見慣れない機体が混じっていた。


「敵の新型? 各機、注意しろ!」


 旋回しつつ味方に注意を促す。だがその直後、その新型によっていきなり味方の一機が空に散る。


「スラムピン6がやられた! なんだあれは…機動性が段違いだぞ!?」


「だが新型はたかが四機だ、相手も戦闘機ならばやってやれないはずはない!」


 部下の一個小隊が敵の新型一個分隊に挑むべく揃って旋回する。


「バンシー1より3、夜間戦闘だ。幸いこいつのセンサーは感度がいい、計器に気を配れ。左舷よりボギー四、カバーを頼む」


「バンシー3、了解。援護します」


 互いに専用回線を使っているはずだが、今は技術が進歩し過ぎて通信会話は敵味方共に筒抜けだ。バンシー、それが新型を駆る部隊の名前か。合計六機の戦闘機が夕闇の空に複雑なループを描く。だが眼に見えて互いの描く弧の半径には差があった。


「くそ、喰いつかれる! スラムピン11、援護を!」


「ダメだ…追いつけない。逃げろ、スラムピン8!」


 新型の圧倒的な機動性に手も足も出ないままバルカン砲に撃ち抜かれ、炎が噴き出す。


「畜生、被弾した! こちらスラムピン8、機体中破。舵が利かない、機体を放棄する!」


「ヴーガ1より全機、新型に気を取られ過ぎるな。このヴァーチャー共…速いぞ!」


 聞こえてきた味方の声に辺りを見回せば、友軍機があちこちでヴァーチャーに追い回されている。


「くっ、スラムピン1より2、5! 我々はとにかく新型の足を止めるぞ、続け!」


 三機で楔形陣形を組み、敵の新型に喰いつこうとアフターバーナーを点火する。狙うのは先程から凄まじいペースで友軍機を撃墜していく奴だ。おそらくはあれが隊長機なのだろう。


「俺が仕掛ける。お前らはカバーに回れ!」


「「了解!」」


 楔形陣形を解き、俺は単機で敵の隊長機に接近する。最大加速から急減速と急旋回…強烈なGに歯を食いしばりながら、視線の先に敵機を捕らえる。


「スラムピン1、シーカーオープン…」


「スラムピン1! 後方に敵機、そいつも新型だ。ブレイクしろ!」


 眼前の敵をロックオンしようとFCSに指示を出した直後に味方からの警告。キャノピーのフレームに取り付けられたミラーで後方を確認すると、敵機は既にほぼ真後ろからこちらを狙っている。


「くそ!」


 攻撃を中断し、操縦桿を目一杯右手前に引く。機体は右へ傾き、急旋回を始める。だが旋回性能で不利なのはさっきから判り切っている。案の定、すぐに喰いつかれてロックオン警報がヘルメットの中に響き渡る。だが…俺は酸素マスクの中で自分の口端が釣り上がるのを感じた。


 スロットル最大で右へ左へ舵を切る。敵機はずっと喰らい付いて離れないが、それでいい。


「!? バンシー1よりバンシー3! そいつは囮だ、五時方向よりボギー二機!」


 隊長機の方が気付いたようだが、もう遅い。部下たちが後ろの敵機の更に後方から接近、射程内に捕らえようとしていた。敵は攻撃ポジションを放棄し、右旋回で逃げ始める。


「逃がすなよ、叩き落せ!」


「言われずとも!」


 旋回能力で敵わないのなら、それを補う状況を作ればいい。二機がほぼ同一コースを前後に間隔を空けて飛行することで、たとえ敵の機動に一機目が追いつけなくとも二機目がそれを追う。振り切られた側はもう一方が追っている間に配置に戻る。


 旋回性能を最大限に活かすために減速しなくてはならない回避機動時であれば、敵のエンジンがいくら優れていようが、その差は縮められるはずだった。だが敵機はエンジン全開で逃げ回る。


「くそ、なんて足の速い…フォーリアンロザリオめ!」


「だが捕らえた! スラムピン2、シーカーオープン…ロックオン! フォックス2、フォックス2!」


「ブレイク・ポート、ナウ!」


 スラムピン2が放ったミサイルは敵機が放出したチャフとフレアの群れに誘導され、左急旋回で逃げた敵機を見失う。


「くそ、外した!」


「スラムピン2、逃げろ! 真下から敵機だ!」


「なっ!? うわぁあああ!」


 真下から垂直上昇してきた敵機が発射した弾丸に貫かれ、スラムピン2が爆散する。


「バンシー3、ブレイク・スターボード!」


 スラムピン2の爆発で出来た煙を突き抜けて、敵の新型がクルッと機首を水平に戻す。そのスピードは…我がルシフェランザ空軍の切り札、ハッツティオールシューネのそれを連想させた。


 その旋回性能を見せ付けるように、新型は急激な右旋回でスラムピン5を振り切る。そこへ放たれるミサイル…完璧なタイミングで発射されたそれは迷いの無い爆発的な加速度でスラムピン5に突き刺さった。


「スラムピン5! …くそ、こいつら!」


 敵討ちなんて綺麗事を言うつもりは無いが、部下を目の前で殺されて平静でいられる人間でもない。エンジン全開で新型へ接近する。だが、その直後に鳴り響いたロックオン警報。レーダーに目をやれば、すぐ後ろに赤い輝点。反射的にシートの後ろに視線を投げると、夜の闇の中にあっても敵パイロットの顔さえ見えそうな距離に敵機がいた。機首に備え付けられた夜闇よりも更に暗い砲口が、俺を見据えていた。


「バンシー1、フォックス3!」


 そしてそこが火を噴き、無数の弾丸を断続的に吐き出す。


「ぐぁあああああああぁああぁああ!!」


 激しい衝撃が機体と体を揺さぶる。その刹那、一瞬激しい痛みを感じた。敵の放った無数の弾丸のうち数発がコクピットに飛んできたのか…。操縦間を握っていた右腕が二の腕から先が千切れて目の前の計器にぶつかり、コクピットを真紅に染めた。その光景に、意識が遠のいていく。


「隊長、有難う御座います。助けられちゃいました」


「油断するなと言ったはずだぞ? こっちはミサイルを使い果たした、そっちが前衛につけ。援護する」


「スラムピン1、脱出しろ! スラムピン1、スラムピン1!?」


「くそ、レーダーに新たな機影! 山の陰からいきなり…うわっ!?」


 視界がぼやけていく中で、偶然視界に入った敵の新型…爆炎に照らされたのか、その尾翼に描かれたエンブレムが見えた。バンシー…涙を浮かべる妖精がこちらを指差している。なるほど、お前が俺の死…というわけか。そこで完全に意識は途切れ、何も感じなくなった。

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