第40話 初陣

 新型機の後席に体を納め、マニュアルを見ながら所狭しと並べられた無数のスイッチのどれがどの操作に使用するのかやシートの微調整などを整備兵と確認する。


「コントロールチェック。ラダー、フラップ、エレベータ、エアブレーキ…正常動作を確認」


 前席ではチサトが操縦桿やフットペダルを操作しながら翼やブレーキが作動しているかを確認している。WSOも緊急時には操縦を行うため、後席も操縦桿やペダルは設置されている。私も後で確認しておいた方がいいだろうな。私は再び視線を手元のコンソール類に落としてひとつひとつ操作を確認していく。


「バンシー1より各機、交信テスト。聞こえてるな?」


 ヘルメットの耳元に取り付けられたスピーカーから隊長の声が聞こえてきた。一番機に視線を向けると、いつの間にか隊長とパロナール中尉がコクピットにその身を埋めていた。


「こちらバンシー2、感度良好。問題ありません」


「バンシー3、こちらも問題なし」


「バンシー4、聞こえてる。通信機器の正常動作を確認」


 各機パイロットが応答すると、「オーケー、では状況の説明に入る」と言葉が返ってきて、私自身、自然と緊張感が湧いてくるのを感じる。


「時間が惜しい、作業を継続しつつ聞け。敵はベルゼバブとリヴァイアサン、合わせて四十八機だ。敵の目的はこのケルツァーク基地への威力偵察であると考えられる。だが攻撃機も含まれているところを見るに、あわよくば基地機能にダメージを与える腹積もりだろう。これを迎撃するにあたり、オレたちに与えられた命令を伝える。バンシー隊はデイジー隊の援護を受けつつ、敵にその存在を示すべく派手に暴れろとのことだ」


 座席の左側に設置された多目的ディスプレイに映し出される状況。敵部隊は第二艦隊へも攻撃を仕掛けるのか。ただ戦力配分としてはこちらに来ている部隊よりも少ない。そこに若干疑問を感じながらも、つまりやることはいつもと同じか…と緊張を少し解いた直後、「ただし…」という隊長の発した接続詞に再び意識が研ぎ澄まされる。


「ミカエルを与えられたオレたちは一発の被弾も許されない。無傷で帰還せよとのお達しだ。デイジーの援護があるからって油断するなよ? ただでさえ調整も不十分、実機での飛行訓練も無いままのぶっつけだ。戦闘空域では分隊ごとに分かれて行動、相互援護を忘れるな。訓練通りにやれば上手くいく…なんて生温いことは言わねぇ。訓練以上に動いてみせろ!」


「「「了解!」」」


 私も他の隊員も、もはや条件反射的に口がその単語を発する。自分の年齢を振り返れば、戦時下でなければ学校に通っているはずの人間も多いのに…すっかり軍人として躾けられたものだ。思わず苦笑が零れ出る。


「ケルツァークコントロールよりデイジー、バンシー各機へ。発進シークェンスを開始せよ。デイジー隊各機は第一滑走路、バンシー隊各機は第二滑走路へそれぞれ移動。離陸許可を待て」


 管制塔からの指示が聞こえ、格納庫の慌ただしさが増す。


「それじゃ、頑張ってこいよ!」


 整備兵が親指を立てながらボーディングラダーと呼ばれるステップを下りて機体から離れる。機体を牽引するための車両がやってきてはノーズギアにアームを引っ掛け、隊長の一番機から順に格納庫の外へと運び出す。


「バンシー1、JFS起動。燃料流動確認、エンジン1始動」


 外からターボファン・エンジンの甲高い唸り声が聞こえてくる。隊長機を運び出した車両が戻ってきて、二番機のノーズギアを掴むとゆっくり外へと運び出していく。


「出力安定、続いてエンジン2始動。バンシー1、タキシングウェイに進入する」


「バンシー2、エンジンの始動を確認。出力正常、バンシー1に続く」


 そしてついに私たちの三番機の番になった。格納庫の外に運び出されると、空には早くも夜の気配が濃くなってきていた。垂直尾翼と主翼の端に取り付けられた赤と緑の翼端航行灯が輝き、滑走路へ移動中の二機もノーズギアに取り付けられたライトを点灯させている。


「バンシー3、エンジン始動。タキシングを開始します」


 ふとキャノピーの外で手を振る整備兵たちの姿を視界の端に捕らえ、敬礼で応える。操縦はチサトに任せ、その間にフライトシステムのチェックを行う。


「デイジー1よりケルツァークコントロール、デイジー隊第一小隊各機、発進準備完了。指示を待つ」


「オーケー、デイジー1。風速、風向き、気圧すべてよし。デイジー1、離陸を開始せよ。Good Luck!!」


 聞こえてきた通信に視線を第一滑走路に向けると、四機のヴァーチャーⅡがひし形に翼を並べていた。管制塔からの指示を受けてそのすべての排気ノズルからアフターバーナーの炎が赤々と煌き、鋼鉄の翼を押し出す。


 やがて細いタキシングウェイを抜けて広々とした滑走路に出る。中央を走るラインの右側に隊長機が滑り込み、左側に二番機がポジショニングする。


「よっ…と」


 チサトはフットペダルでラダーと連動しているノーズギアを操作し、隊長機の真後ろ300mでピタリと停めてエンジン出力をアイドルへ。程無くして四番機が二番機の後方にて停止する。


「バンシー1よりケルツァークコントロール、発進準備完了。離陸許可を請う」


「オーケー、バンシー1。風速、風向き、気圧チェック。進路クリア、行ってこい。Good Luck!!」


 隊長機の排気ノズルがアフターバーナーで輝き、徐々に…しかしヴァーチャーⅡと比較すれば驚くほど素晴らしいスタートダッシュで滑走路を駆け抜けていく。二番機も隊長機に続いてアフターバーナーを点火し、加速していく。


「んじゃ、私たちも行きますかね!」


 チサトがスロットルを最大にする。その時、ヴァーチャーⅡでは感じなかったGを感じた。体がシートに押し付けられ、ミカエルのパワーを実感させられた。キャノピーの外の景色が後ろへと流れていき、やがて地平線が斜めに傾き、離陸したことを知る。


「は、はは…こりゃすごいわね」


 チサトがそんな乾いた笑いを零す。


「地上にあってあの加速性…新型エンジンの恩恵は大きいってところですか」


「シミュレーターと実機の違い、さっそく身をもって思い知らされたな」


 無線を通じて隊長の声が聞こえてくる。


「ヴァーチャーとはまるで別物だぜ!」


「国民の血税を湯水の如く注ぎ込んだ代物なんだ、このくらい動いてもらわなくては申し訳ないよ」


 他のみんなも感動は抑えられないらしい。四機のミカエルは隊長機を中心に右に私たち、左側に二番機と四番機が楔形陣形で並ぶ。後発のデイジー隊の第二小隊も合流し、メファリア中佐率いる第一小隊を追いかける。

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