第39話 出撃用意

 口の端を片方だけ釣り上げた笑顔。なんだか雰囲気が誰かに似てると思っていたら、こんな笑い方をフィー君もよくしていることを思い出す。きっとこの人も若かりし頃はいじめっ子タイプだったに違いない。


「フィリルだ。この部隊の隊長をやってるんでな、四機の状態を教えてくれないか?」


「四機ともとりあえず空に上がれる状態には仕上がってる。スロットルとかラダーの効き、乗る奴自身の好みが関わってくる部分に関しては全部スタンダードに設定してある。ちゃちゃっと着座調整させてくれりゃいつでも飛べ…」


 ―――ビーッ! ビーッ! ビーッ!


 そこから先は突然鳴り響いた警報にかき消された。その場の全員がピタッと動作を止めて、警報の後に続いて放送されるだろうアナウンスに耳を澄ませる。


「緊急事態発生、緊急事態発生。当基地はこれより警戒レベルを防衛基準態勢デフコン2へ移行。デイジー、メルシュ、フレイリー各隊は即応態勢でブリーフィングルームに集合せよ。各中隊長は発令所に出頭、状況報告を受けろ。繰り返す…」


 いきなりデフコン2!? 防衛基準態勢には五つの段階に分かれており、数字が少なくなるほどより切迫した状態であることを表す。もう一度同じ内容がアナウンスされている中、フィー君が格納庫を飛び出す。


「え、フィー君!?」


「発令所に行ってくる。オレたちだけ留守番なんてつまらんだろうが!」


 私たちの隊長はそんなことを、まるでウキウキしたような子供みたいに明るい声で告げると発令所のある棟へその姿を消した。その後姿を見送って、私はカイラス中尉のところへ駆け寄る。


「私たちも即応態勢でブリーフィングルームに行こう。もしかしたらいきなり初陣になるかも知れない」


 彼女は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに頷くと壁際でぐったりしていたアトゥレイ中尉を蹴り起こし、イーグレット少尉とメルル少尉にも声をかけてくれた。三番機ペアにも声をかけなきゃ。そう思って振り返ると二人は既に格納庫の外へ出ていた。指示を受けずともフィー君の考えを読み取ったらしい。急かすような視線をこちらに向けている。…可愛くないの。




「敵はベルゼバブとリヴァイアサンの混成部隊だ。レーダーが敵部隊を捕捉したのが十分前、その後敵は二手に分かれ、一方は洋上を北上する第二艦隊へ向かった。これをE1と呼称する。このE1に対し、第二艦隊は艦載部隊を展開、迎撃態勢は整いつつある。E1と別にこのケルツァーク基地へ向かっている部隊も確認している、これをE2と呼称する。E2はE1と八分前に分離し、そのまま南下。五分後にはこちらの400km北に到達する」


 発令所の巨大なディスプレイに次々と表示される情報に視線を走らせる。


「E1に関しては第二艦隊の艦載部隊に任せればいい、我々は全力でこのE2を叩く。E2の構成はベルゼバブF型が三十六機、リヴァイアサンB型が十二機で構成されている。計四十八機という一個大隊以上の規模だが、E2の目的は当基地への威力偵察であると予想される。これに対し我々は…」


「失礼します!」


 中隊長クラスのみへのブリーフィングに割り込んできた若い声。見れば肩で息をしながらこちらに敬礼をするフィリルの姿があった。


「どうした大尉、今回君の部隊に出撃命令は出ていないぞ」


「把握しております、司令。ですがこの迎撃任務、我がバンシー隊にも出撃命令を…!」


「却下する。ただでさえ貴重な新型を、最終調整すら終わっていない状態で送り出せというのかね?」


 そりゃそうだ。司令が即答で却下したのも頷ける。午後、彼の部隊が半日休暇で外出して間もなく本国からの輸送機が到着し、整備班が急ピッチで組み立てていた様子は見ていたので機体そのものは仕上がっていることは知っている。


 だが、戦闘機はただ組みあがっていればそれでよしという代物ではない。それに乗る人間とのマッチングを何度も重ねてパイロットと機体とが一体になれるレベルで完成されていなくてはならない。


「確かに着座調整は済んでいません。しかし基本設定はすべてスタンダード設定で組んである…つまり、我々がこれまで訓練に使用してきたシミュレーターと同じということです。それなら逆にやりようはある」


「仮にそうだとしても答えは変わらん。敵にわざわざ手の内をすべて見せる必要は無い」


「お言葉ですが、我がバンシー隊の任務は運命の三女神隊の駆るハッツティオールシューネを観測し、その情報を得ることです。三女神がこの南方戦線に移動して来ているのは、ここのところの遭遇情報からも明白です。ならば、フォーリアンロザリオの基地に新型が配備されたという情報を敵に流すのは、決して間違った判断ではないと具申致します」


「おびき出すというのか? あの三女神を…?」


 馬鹿なことを、とノヴァ司令は呆れと驚きの入り混じった表情をした。フォーリアンロザリオのパイロットであれば死神と同義語として誰もが知るその名前、誰もが認める空の覇者に対して釣りをしようと言っているのだ。しかも彼の眼に迷いは無く、真っ直ぐに司令の双眸を見据えて「はい!」と答えてみせる。


 そんなかつての教え子の姿に思わず口元が緩み、声を上げて笑い出してしまった。


「中佐?」


 ノヴァ司令が訝しげな眼差しを向けてくる。必死に込み上げる笑いを押さえ込む。


「いや、失礼。司令、よろしいではありませんか。彼の部隊も参加させれば」


「正気かね? 教導隊にもいた者の判断とは思えんが…」


「もちろん正気ですとも。そもそもデイジーは他のメルシュ、フレイリーと違ってバンシーの直掩部隊としてこのケルツァークに配備された部隊です。バンシーには毛ほどの傷も付けさせはしませんよ。それに…彼の言い分もあながち的外れというわけでもありません。遅かれ早かれぶつからねばならない相手なら、早く遭遇した方が友軍の損耗を最小限に抑えることにも繋がりましょう」


 私が持論を説くと、司令はう~むと唸ると同時に腕を組んだ。


「大尉、確かバンシーは分隊単位での行動を基本として訓練をしていたわね?」


 私の問いに、彼は肯定の意を示す。


「であれば、デイジーの一個小隊とバンシーの一個分隊をペアとし、二機を四機でカバーする…これを徹底することで四機のミカエルを必ずや無傷で生還させてみせます。それならば…問題はないのではありませんか?」


「…ああ、解った。だが大尉、四機のミカエルは必ず無傷で帰還せよ。これが最低条件だ。いいな?」


「はっ、了解しました!」


 司令に対し敬礼するフィリル。シミュレーター訓練の成績など実戦における働きのあてにはならないが、彼は訓練生時代に他でもないこの私が手塩にかけて育てた教え子だ。前の部隊での戦績も華々しいものだと聞いているし、お手並み拝見といこう。




 メファリア中佐の助け舟もあり、なんとか出撃許可は下りた。それからかなり端折った形でブリーフィングが再開され、一通り状況を聞いた後はダッシュで自分の装備が置いてあるロッカールームへ向かう。途中でオレが横槍を入れたのと、敵部隊の進行速度が上がったせいで出撃準備に使える時間がかなり切羽詰っている。廊下を走っていると、前方に見慣れた姿。


「あ、フィー君やっと来た。みんなは装備に着替えてさっきまでブリーフィングルームで待機してたんだけど、今は格納庫で着座調整をギリギリまでやってるよ」


 ヘルメットを片手にパイロット用の耐Gスーツに装備を取り付けた姿のティクスがバンシー隊の現状を教えてくれる。


「お前がそう指示を出したのか?」


「指示自体はカイラス中尉が出したけど、進言したのはファル少尉かな」


 デキる部下を持つと上は楽出来るぜ、嬉しい限りだ。


「解った、オレも着替えたらすぐに向かうからお前も先に格納庫へ行って着座調整をしといてくれ。搭載兵装を聞かれたら今回は全機第二種対空戦闘装備、ブリーフィングは空に上がる直前になる」


 相棒は「第二種…ヨハネが六発にルカが二発だね、解った」と言葉にして確認すると、ロッカールームの脇にある扉から格納庫へと向かって走っていった。…さて、急いで準備しねぇとな。ロッカールームで耐Gスーツに着替え、必要最小限の装備だけ持って相棒を追いかけた。

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