第8話 異動命令

 レヴィアータの航空基地と軍港の破壊は成功したが、ここで敵に時間を与えてしまってはせっかく潰した敵の拠点を修復されてしまうと考えたフォーリアンロザリオ軍上層部は、ルシフェランザ軍の南方戦力が弱まったとしてすぐさま陸軍部隊による強襲上陸を敢行。


 この死闘の結果、ルシフェランザ連邦とその隣国、今も尚中立の立場を維持しているウェルティコーヴェン共和国との国境地域を支配下に置くことに成功する。

 開戦当初、自国の領土を蹂躙された雪辱を果たした陸軍は海軍が誇る最新鋭原子力空母アレクトを旗艦とする海軍第三艦隊の守護の元、急ピッチで飛行場の整備に取り掛かる。ここを足掛かりに、これまでどちらとも自国領海・領空での迎撃や散発的な戦闘が繰り広げられる不安定な戦場を敵国領土内へ固定させるのがその主な目的である。


 しかしこの作戦の成功という吉報を聞き、歓喜に沸くのも束の間だった。


 航空基地の敷設作業をするフォーリアンロザリオ軍兵士たちを空から護るはずの海軍第三艦隊がたった一度の戦闘でその戦闘能力を大きく削がれてしまうという事態が生じてしまったのである。フォーリアンロザリオ海軍の中でも空母を三隻擁する第三艦隊はその航空戦力を活かした作戦に従事していたが、自慢の艦載航空機部隊の大半を失って本国への帰還を余儀なくされた。


 制空権の維持は空母二隻を擁する第二艦隊がその任を引き継ぐ形となったが、それでもこの一件が兵士たちに与えた不安は決して小さくなかった。


 その理由は第三艦隊艦載部隊を壊滅させた敵部隊についての噂である。開戦以来、度々姿を現しては圧倒的な力ですべてを薙ぎ払うルシフェランザ空軍の誇る最強のエース部隊。たった三機の航空機で構成されるその部隊は搭乗機を真紅に塗装されており、その姿と力はパイロットのみならず全軍兵士にとって恐怖の象徴として認識されていた。


 その部隊が姿を現したらしいという情報に対し、軍上層部は早急な対策を迫られる。そんな折、新型機開発を依頼していたメーカーのひとつから開発に目途が立ったとの一報が届く。


 そしてその新型機運用を軸とした新たな作戦が発動された。




 フォーリアンロザリオ王国ネツァク地方ヴァリアンテ基地。ケルベロス中隊を含め多くの戦闘飛行隊が駐留するこの基地で、日課となっている体力トレーニングをしていると聞き覚えのある声がした。


「こちらでしたか、フィリル中尉」


 ランニングマシンのベルトコンベア上を走りながら声がした方に目をやると、いつも落ち着いた雰囲気を醸し出している我が中隊のオアシスことソフィ・フレイヤ少尉が立っていた。


「ソフィか。どした?」


「隊長がお呼びです。至急司令室まで来るように、と言伝を頼まれました」


 おおっと? 隊長に呼び出されるのは別に珍しいことじゃないが、司令室に来いってのは珍しいな。


「やれやれ、司令にまで呼び出されるような真似をした憶えはないんだが…」


 ランニングマシンを停止させながらそう言うと、彼女は「ふふ、確かに伝えましたよ?」と柔らかな微笑みを浮かべて去っていった。彼女はどこぞの名家の出身で、国の危局に際して身内からも軍に人間を送り出すことで国への貢献をアピールする狙いがあったとかなんとか…。

 傍から聞けば酷い話だが、彼女自身もこの情勢下で軍への入隊は遅かれ早かれ自分から志願していた、と話す。


「さて、何を言われるのやら…」


 トレーニングルームに隣接するシャワールームで冷たい水を浴びてから着替えて司令室へ向かう。


「あれ? フィー君も呼び出し?」


 途中で相棒に遭遇した。「も」ということはこいつも行き先は同じらしい。二人で司令室を訪ねると、予想していたお叱りはなく上層部からの命令を伝えられた。


「異動、ですか?」


 レヴィアータでの戦闘でケルベロス中隊にも空席が出来たのは確かだが、それに伴う再編で外へ弾き出されるとは思わなかった。


「そうだ。第三艦隊が深手を負い、現在は前線を押し上げるはずだった第二艦隊が南部沿岸から動けない現状を打開すべく、新設されたケルツァーク基地に可及的速やかに航空部隊を置きたいというのが上層部の本音だ」


 敵の航空部隊に恐ろしく強いエース部隊がいるという噂は開戦当初から聞くが、空だけじゃなく海や陸の友軍にも多くの被害が出ている。万能の最強部隊という話だ。


「そこで貴様らにはケルツァーク基地で新規編成される部隊への転属、その部隊の指揮を執れという命令が下っている。元より貴様らに拒否権など存在しないが、一応聞いておいてやろう。やってくれるな?」


 椅子に踏ん反り返って座り、醜く肉の付いた腹が目立つこの司令官はあまり好きになれない。いつも見下したような喋り方をするこいつの過去を興味本位で調べたら、この肉だるまはどうやら士官学校を出て以来この戦争では一度も戦場へ出ること無く、ずっと後方から命令を出していただけだった。

 道理で好きになれないはずだ。だがオレは悲しいことにしがないパイロット、こいつにこんなことを言われればこいつの望んでいるような返事をせにゃならん。

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