第7話 灰と赤に塗り潰された町

 離れていても、地響きと爆音がこの原っぱまで届いてくる。家の近くの基地の上を見慣れない戦闘機が爆弾を落としながら飛んでいき、ティニのいる原っぱの上を通り過ぎる。


「きゃあ!」


 迫ってくる敵の飛行機に思わずその場にしゃがみ込み、両手で頭を庇うように抱える。その直後には耳がおかしくなりそうな轟音と共に、戦闘機が切り裂いた風が草木の上を駆け抜けていった。その風に吹き飛ばされるような形で草の上に倒れ込む。


「あ、ああ…」


 怖い。今になって初めて戦争中なんだって本気で思えた気がする。こんな周りに何も無くて目立つ場所にいたら殺されちゃうかも知れない。だけど立てない。足に力が入らない。そのくせ体中が強張ってて思うように動かない!


「うぅ、うぁあぅ…」


 爆発がどこかから聞こえてくる度に体がびくびくって反応して、全然その場から動けない。


 そんな時、それまで聞こえていたジェットエンジンとはちょっと違った音が聞こえてきた。恐る恐る基地がある方へ視線を向けると、そこにはさっきまで飛び回っていた戦闘機とはまったく違う大きな飛行機が迫っていた。

 そして、お腹から何か黒いものを沢山吐き出したかと思うと…連続してすべてを飲み込むような爆発と地震かと思うほどの地響きが巻き起こる。怖くて怖くて、それでも生きてることを確かめたくて声を張り上げて叫ぶのに…それさえもかき消す爆音が頭の中を暴れまわる。




 どれくらいそうしていただろう。気が付くと、空には敵の戦闘機も爆撃機もいなくなっていた。


 代わりに空を…ついさっき見上げた時は白い綿雲がキレイだった青空を埋め尽くしていたもの。それは…不気味なぐらいに真っ黒な煙だった。


「う、うう…」


 やっと起き上がって、原っぱから町を見た時の感情…それをどう表現すればいいのか解らない。けれど、無理矢理何か言葉に置き換えて表現するなら…「絶望」、それしか思い浮かばない。


「うわ…ぁあああ」


 基地なんて…いや、そもそも目の前の「それ」は町だったのかさえも判らないくらい滅茶苦茶に破壊し尽くされていて、あちらこちらで真っ赤な炎と真っ黒な煙が上がっている。

 この丘の周辺はほとんど被害が無いみたいだけど、基地があった辺りはほとんど瓦礫の…あ!


「お母さん!?」


 ティニは一目散に丘を駆け下りる。ここに来た時に放り投げたランドセルのことなんて、頭からさっぱり消えていた。通い慣れた下校ルートをひたすら走った。家に近づけば近づくほど、周りは「町」じゃなくなってく。息が切れ、舞い上がった塵を吸い込んでむせながら必死に走って家の前に着いた時…そこももう「家」じゃなくなってた。


「そ、んな…」


 肩で息をしながら、辺りを見回す。ティニの家だった「それ」は、もう原型すら留めていなかった。


「今日のは…敵も本気で攻めて来てるわけじゃないって、先生言ってたよ?」


 飛んできた敵の戦闘機は数が少ないし、他の基地からも味方が来てくれてるからすぐ終わるって…。ふと思い返せば、遠くに黒い帯みたいな飛行機の群れが見えたぐらいの時にサイレンが鳴ったような気もする。だけど、いくらなんでもあれから避難しろなんて無理にも程がある。


「なのに、なんで…こんな……っ!」


 膝に手をついて、少し呼吸を整える。額から汗が前髪を伝って地面に落ちる。吸い込む空気が、朝のとは全然違う。ホコリっぽいし、鉄臭い。そして顔を上げた瞬間、視界の隅に見ちゃいけないものを見つけてしまった。


「あ…あれって」


 大部分が赤黒く汚れてるけど、今朝お母さんが着てた服と同じヤツだ。そして今朝お母さんが着てた服と同じものを着てる「それ」には…腕が無く、頭も潰れていて……。


「あ、あああ…」


 次に目に留まったものは醜く拉げた黒いランドセル。兄弟の物だろう。見覚えのあるキーホルダーが横の金具からぶら下がっている。


「みんな…死んだの?」


 赤々と燃え盛る炎の熱も、周りで泣き叫ぶ人々の悲鳴も、鼻にこびりつく血の臭いも…五感のすべてが遠のいていくような、そんな感覚に思考が支配される。


「…そっか、死んジャッたンダ」


 自分の口から零れたはずの言葉が、自分でもビックリするぐらい機械っぽくて…でもそうやって驚いてる自分もどこか遠くにいるような感じで…あらゆることに理解が追いつかなくて、ティニはその場で座り込んでしまった。


 誰かに手を引かれて、避難訓練で避難場所にされていた近くの運動場に連れて行かれても、何も感じない。非常食とかが入ったバッグを渡され、目の前にいる人の口が動いて何かを言ってるっぽいけど…ああ、ダメだ。耳に入って来てるのか解らないけど、とりあえず今のティニには理解出来ない。


 今夜…どこで寝ようかな……。少しずつ頭が働くようになってきて、最初に頭をよぎったのは今夜の寝場所の心配だった。

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