第6話 エスコート

 敵機を追い回し続けてやっと撃墜したと思った直後、逆にロックオンされて右に左にと回避機動を取る。


「くっ…ケルベロス7、何をやってる!? 早く追い払え!」


「わわ、ちょ、ちょっと待って…もうちょっとで」


 後方約800mのところをぴったりくっついてくる敵機の動きを把握し、攻撃された場合に即応出来るように操縦桿を操作しながらも、垂直尾翼の向こうに見える敵機から目を離さない。そして敵機が真後ろに陣取ってその動きを止めた直後、真上からバルカン砲の弾丸が降り注ぎ、機体のほぼ全身に弾丸を受けてバラバラになった。


「ケルベロス7、敵機撃墜!」


 綿雲を突き抜け現れた相棒は鋭く雲を引きながら旋回し、オレの左に翼を並べる。


「遅ぇよ、バカ!」


「うぅ、少し遅くなったのは悪かったけどお礼の一言があってもいい気がするよ…」


「悪いが手際の悪い部下を褒める趣味なんぞオレには…」


 そこまで言いかけたところで、戦闘指揮を執るAWACSから通信が飛んで来た。


「アヴァロンよりケルベロス中隊各機、敵が『本命』に気付いたようだ。一個小隊が高度を落とし接近中。至急対処せよ」


 敵のレーダーにジャミングをかけて「本命」の爆撃機部隊の隠れ蓑になる電子戦装備を搭載した攻撃機部隊は空中戦を得意としていない。


「ケルベロス1よりケルベロス6、7。こっちは間に合いそうもない。お前らで『本命』に向かう敵機を叩け。一機でもエスコートに失敗してみろ。てめぇらのケツにミサイルぶっ込んでやるからな!」


 隊長殿のとても上品な指示にオレもティクスも「了解!」と返答して、急降下・急旋回で敵部隊を追う。どの方角にいるかは解ってるし、二次元的に表示するレーダーで探すよりも肉眼で探した方が早い。


「ケルベロス7、残弾は?」


 オレの問いに「ヨハネが二発、ルカが一発だね」という返事が返ってくる。オレの方は既にヨハネを使い切り、ルカが三発残っているだけだ。あとはバルカン砲が200発ぐらい…まぁなんとかいけるだろう。


「射程距離に入り次第ルカを全弾発射する。当たらなくていい、敵に回避機動をさせるだけで充分だ。後は近接戦闘ドッグ・ファイトでとどめを刺すぞ。ターゲッティングはそっち、タイミングはこっちに同調させろ」


「了解!」


 ルカは中射程空対空ミサイルと分類されるが、肉眼で目を凝らせばやっと見えるかな~程度の相手に向かって飛んでいくのだから感覚的には充分長射程だ。FCSに多標的同時攻撃モード起動を指示してから程無くしてケルベロス7からのリンクデータが受信され、HUD上に四つ表示されている敵性反応のうち三つをロックオンする。


「ケルベロス6、フォックス1!」


「ケルベロス7、フォックス1!」


 ホーミング性重視のヨハネよりも長くて槍のような印象を受けるルカが二機並んだヴァーチャーⅡの胴体下部から四発切り離され、火を噴いて豆粒のような獲物目掛けて飛んでいく。それを追いかけるようにアフターバーナー全開で敵機との距離を詰める。ほとんど射程距離ギリギリだったためか、四発中命中は一発のみ。だが回避機動をさせて足止めをすることには成功した。

 敵の速度が落ちたところですかさず攻撃ポジションを奪い、後ろから追いかけ回す。もうミサイルは残っていないが、その分身軽になった機体は本来の機動性を遺憾無く発揮してくれる。


「ケルベロス6より7、時間はかけていられない。お前は別の敵を追え!」


「了解、気を付けてね!」


 後ろで援護位置を維持していた相棒が爆撃機の群れへ接近を試みる敵機に向かって飛んでいく。オレは目の前の敵機の動きに集中し、時折数発相手を掠めるように牽制弾を撃ち込む。そうして精神的に揺さぶりをかけ、動きが鈍ったところに本命を叩き込む。エンジンの排気ノズルに十数発の弾丸を喰らわせると、内部で爆発が起きて速度がガクンと落ちたのを見て機体を反転させる。


 このだだっ広い大空の中にいるとたまに忘れるが、自分は今音よりも速い速度で飛びまわっている。そんな速度だから、敵機に近づき過ぎると撃破した直後に相手の破片でこっちが損傷してしまうことがある。致命傷を与えたらすかさず離れる、これは空戦の鉄則だ。


「ケルベロス6、敵機げきつ…」


「ケルベロス7、フォックス2!」


 相棒の声に反応して周囲を見回すと、ヴァーチャーⅡの放ったミサイルが敵機を爆散させる瞬間を目の当たりにした。レーダーを見ても爆撃機部隊付近に敵性反応は無い。二機とも持ってかれたか。


「グッキル、ケルベロス7」


「えへへ、さっき私の手際が悪いって言ったの誰だったっけぇ?」


「ば~か、そっちはヨハネを二発も温存してたろ。こっちはガンだけ。この条件でこの結果ならオレのウィングマンとしてちょうど及第点ってとこだ」


 お互いにミサイルが無くなって身軽になった。相棒が左側に翼を並べて並行しながら「う~、素直に褒めてくれたっていいじゃない」と拗ねたような声を出す。まったく、やれやれだぜ…。

 レーダーディスプレイに視線を落とすと、上空の戦闘空域でも敵性反応がまばらになっていた。どうやら戻らなくてもよさそうだな。


「シュレディンガー1より各機、目標視認。Aチームは航空基地、Bチームは軍港へ向かえ。爆撃機隊の露払いをするぞ。地上の対空車両を片っ端から潰せ!」


 主翼の下にジャミング装置と爆弾を吊るしたフォーリアンロザリオ空軍のA‐102E・サラマンダー攻撃機が編隊を離れ、基地と軍港に分かれて飛んでいく。

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