第5話 戦争なんて

 戦争なんて関係ない。


 ティニはこの国の社会制度やその歴史を熱弁する先生を後目に、窓の外に広がる青空を見上げていた。日差しが暖かくて、快晴…とまではいかないまでも真っ白な綿雲が空の青さを引き立てている。窓側の席はこの景色を堪能出来るから好きだ。


「…で、あるからして。我が連邦は現在フォーリアンロザリオ王国との戦争状態にあるが…」


 海の向こうの国との戦争…。テレビをつければこの話題、町を歩いててもこの話題…だけど無理もない。ここ港町のレヴィアータには空軍と海軍の基地がある。


 戦争が始まってすぐの頃は完全に押せ押せムードだったのに、最近は勝ったり負けたりが半々ぐらい。しかもそうなってから好きだったアニメが放映中止になるとか、新聞のテレビ欄を見ても勇ましい系の番組とニュースばかりでつまらないことこの上ない。


「はぁ…」


 思わず溜息が零れる。せっかくのいい天気もこの憂鬱を消し去ってはくれないらしい。二度目の溜息を吐きかけた時、終業ベルが鳴った。今日はこの近くで戦闘が行われているらしく、授業は午前だけなのでもう帰りだ。


 教科書や筆箱をランドセルに詰め込んで、家路につく。でもこのまま真っ直ぐ帰る気にはなれなかった。帰ったってちっとも面白くないニュースを眺めて午後のひとときを過ごす気にはなれないし、それに…家族仲もここのところ冷え切ってる。


「こんな時は…よし、あそこに行こうっと!」


 ちょっとお気に入りの場所が近くにある。緩い坂道に並ぶ住宅街を抜けて、ややキツめの傾斜を登り始めると周りは青々とした木々に囲まれ始める。木漏れ日の中を走り抜けると、急に視界が開ける場所がある。緑の草が生い茂る原っぱだ。

 ここにはまだ開発の手が伸びてないのか、あえて残してあるのか…とにかくこの場所はあまり人が来ることも無く、一人で落ち着きたい時にはよく来る。


 原っぱの中心まで歩くとランドセルを放り投げ、草のベッドに大の字に寝転がる。そよ風が頬を撫で、草と髪を揺らしていくのを感じながら空に浮かぶ綿雲を見つめる。普段なら鳥のさえずりや木々のざわめきだけが聞こえてくるはずだったけど、今日は邪魔者がいた。


 甲高いジェット戦闘機のエンジン音が聞こえてくる。この原っぱは住宅街からは小高い丘になっているので、ここからほど近い場所に基地も見える。そこから引っ切り無しに戦闘機が離陸し、時々ロケット花火のようなミサイルが空へ飛んでいく。


「そう言えば戦争、やってるんだっけ」


 綿雲の向こうに目を凝らすと、飛行機雲が複雑なループを描いている。だけど実感が湧かない。雲の上で行われているせいか、やはり自分とは関係ないって思ってしまう。だってティニは軍人でもなければ、今年ようやく年齢のケタがひとつ増えるという子供だもの。


「命のやり取りをするなんて早過ぎるし、空の上で戦ってる敵の国の戦闘機だって雲の下には来れてない。何も心配することなん、て…?」


 ぞく…と、背中を冷たい何かが這うような嫌な感じがして飛び起きる。寒くはない。日差しはぽかぽかだし、海から吹いてくる風だって今日は心地いい。それなのに鳥肌が立ち、肩が、膝が震える。バクバクと心臓の音が高鳴り、頭の中か耳元にあるみたいに大きく鳴るもんだから気持ち悪い。


「な、なに? これ…?」


 嫌な感じ…なんだか解らないけどとにかく嫌な感じがする。震える体を落ち着けようとその場にうずくまり、視線を海の方に向けた時だ。海面…いや、その水平線より少し上に黒い帯が見えた。


「あれって…」


 普通の旅客機かそれ以上の大きさなのが遠目でも判る気がした。兄弟がよく読んでる軍事モノの雑誌でたまに載ってる、爆撃機? 嫌な感じがする。まさか、まさか…。

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