第3話 戦域への路
「……せよ。…い、聞いているのか、ケルベロス6!」
耳元で怒鳴り声が聞こえ、ハッと両目を見開く。
目の前にあるのは大小六つのディスプレイ、所狭しと並べられた無数のスイッチ、透明なポリカーボネート製のキャノピー越しにどこまでも広がる空…しかし強度を上げるために設けられたフレームと、ほとんど身動きのとれないほどに狭い空間とが相俟って鳥籠に閉じ込められたかのような印象を受けるヴァーチャー
「もうすぐ作戦空域に入るってのに、オートパイロットでオネンネとはいい御身分だな。そんなにベッドが恋しきゃ今から帰ってもいいんだぞ?」
前方を飛ぶ隊長機からそんなお叱りを受ける。本国の基地を離陸してから空中給油を受け、何時間飛んでると思ってるんだ。懸念された敵迎撃機との遭遇も無い。暇なんだよ。
三年前の開戦から双方それまで徴用していた軍関係者の三割を失う泥沼の消耗戦を経て、一時占領されていた本国の海岸線から敵の軍隊を追い払うことに成功して三ヶ月。現在では失い過ぎた戦力の補充のため、兵の獲得に躍起になった国は男性のみでなく女性の徴兵まで始めている。
今回の作戦目標はオルクス海を越えて敵国南端の港町、レヴィアータにある航空基地及び軍港の機能を奪うこと。
「一眠りして眠気も飛びましたよ。問題ありません、ケルベロス1」
「お前はもう少し真剣に飛べ。空戦の腕は隊内でも一級品なんだからな、つまらん墜ち方したら承知せんぞ」
去年任官して実戦に参加するようになり、初陣から出撃の度に五機以上の撃墜数を重ねるオレは「エース」の称号を得ている。まぁ確かに空戦だけなら隊長にだって負けてない…と、思う。
「ケルベロス7よりケルベロス1。6の後ろには私がついてますから、心配いりませんよ」
隊長との通信に割って入ってきた、聞き慣れた相棒の声。
ふと左方向やや下に視線を向けると、一機のヴァーチャーⅡがすぐ近くにすり寄ってきていた。ぶつかりはしないが、相手のコクピットに座る人間がハッキリ見える。遮光バイザーを上げ、こちらの視線に気付いて手を振っている。
昔は人形抱えて根暗な奴だったような気もするが、今では明るく人懐っこいキャラを身に着け、軍人になっても相変わらず子供っぽいところがあるオレの幼馴染。本名はティユルィックス・パロナールだが、長いし発音が面倒くさいのでティクスと呼んでいる。
「上官の会話に口を挟む場合、一言あった方がよかったなぁ少尉?」
「失礼しました、フィリル・フォーリア・マグナード中尉」
わざわざフルネーム。悪びれた感じなど微塵も無い、楽しんでいるかのようでさえある口調…やれやれだ。
「二人とも、楽しいおしゃべりはそこまでにしておけ。ケルベロス1より展開中のAWACSへ、こちらはまもなく作戦空域に到着する。現状を報告せよ」
隊長から苦言を刺され、相棒も自分の機体をゆっくりと減速させてこちらとの安全距離を取る。
「こちら空中管制機アヴァロン、ケルベロス中隊各機に告ぐ。現在第一波攻撃隊が敵迎撃機部隊と交戦中。エンヴィオーネ基地からの援軍も到着しているが、彼我の撃墜比は五対二と優勢を維持している。こちらの損耗率も二割に満たない。作戦全体の推移は極めて良好だ。ケルベロス中隊は方位155に旋回、陽動任務を開始せよ」
「了解した。ケルベロス1より各機、聞いていたな? 俺たちは友軍が有利な状況を作ってくれているところに殴り込みをかけ、敵にはこっちの『本命』がその喉元に喰らい付くまで盛大に空を仰ぎ続けてもらう寸法だ。全機、単独戦闘は禁ずる。いつも通り三機連携を維持しつつ派手に暴れろ、いいな!?」
隊長の言葉に、部隊の全員が「了解!」と声を張り上げる。それにしても派手に暴れろ、か…心得た。口元が緩み、操縦桿を持つ右手とスロットルレバーを握る左手に力が入る。
「ケルベロス6よりケルベロス1、先行する。ケルベロス7、付いて来い!」
「何!? おい、貴様…!」
「ケルベロス7、了解! 隊長、命令に従い派手に暴れてきます!」
増槽を切り離し、若干身軽になったところでスロットルレバーを限界まで前方へ倒す。エンジン出力最大へ。機体後方に二基備え付けられた排気ノズルからアフターバーナーの煌きが鋼鉄の翼を前へ前へと押し出し、速度計が見る見るその数値を上げていく。かつて敵の宣戦布告同時攻撃の際には性能的に後れを取ったヴァーチャーだが、改良の施されたこのセカンドモデルはベルゼバブ戦闘機を上回る性能を手に入れた。
「貴様ら、三機連携だと何度言えば…! ケルベロス8、あいつらを行かせるな!」
「無理言わないでください。私はケルベロス9の小隊に合流します」
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