第2話 シェルターを目前にして

「きゃああ!」


 突然、母さんの悲鳴が聞こえて視線が跳ね上がる。拉げた路面の上、やや離れたところに赤いペンキをぶちまけたかのような光景が広がっていた。きっと足元にあるこのクレーターを作った爆弾の爆風に吹き飛ばされたのだろう。体のあちらこちらが本来ならありえない方向へ折れ曲がったり千切れたりして横たわっている。


「ぱ、パロナールさん…」


 うわ言のように呟く母さんの声を聞いて、ハッと我に帰る。今日盛大にからかってやった幼馴染の家は隣だ。隣の家の玄関に目を向けると、こちらはドアこそ外れていたがいくらか原型を留めていた。その奥に、へたり込んだまま呆然と虚空を見つめる人影がいた。


「ティクス!」


 駆け寄って呼び慣れた名前を呼んでやると一切の表情が抜け落ちた顔のまま、まるでゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動きでこちらに視線を向ける。壊れたドアの破片でも当たったのか、額から血が流れ、二つの瞳は暗く淀み、井戸の底でも覗き込んでるかのようだった。


「逃げるぞ、ほら立てよ!」


 その手を掴んで引き起こすが、力なく再びへたり込む。見れば靴紐が片方結びかけで、脱げかけていた。


「フィリル、早く!」


 背後から母さんの呼ぶ声。空には訓練でも見慣れたF‐129C『ヴァーチャー』戦闘機と敵国の主力戦闘機であるLu‐34『ベルゼバブ』が飛び交っていて、確かに急いだ方がよさそうだ。

 オレは放心状態で埒が明かない幼馴染を抱きかかえて走る…が、もはや道路は逃げ惑う人々でごった返している。その中を脱力状態の人ひとり抱えて走るのは正直訓練学校での体力トレーニングが無かったら相当辛かっただろう。




 空気を読まず車で移動しようとしやがる阿呆共や半狂乱の人混みを掻き分けて進んでいくと、前方に親父の頭が見えた。追いついてしまえたということは、どうやらこのパニックは結構前から起こってたらしい。まぁここまで来ればシェルターは目と鼻の先だ。


 倉庫のような外観の入り口に詰め掛ける雑踏の中、ふと振り返った親父がこちらに気付いて手を振るのが見える。それで弟や妹も気付いたらしく、足を止めた。


「あの、バカ! 早くシェルターに…」


 オレが悪態をついた直後、近づいてくるエンジン音に気付いて空を見る。無線機もこれまでよりハッキリと音声を拾った。


『くそ、こちらクルラカン2。敵の新型に喰いつかれた! 誰か追い払ってくれ、誰か!』


 そこにいたのは逃げ惑うヴァーチャーとそれを追う矢のようなシルエットをした漆黒の戦闘機。二機は通常なら考えられないほどの低空飛行で頭上を駆け抜ける。


「な、なんだあの機体…」


 養成所の座学で敵戦闘機のシルエットや判明している範囲で性能は習う。だがどれだけ記憶を遡っても、あんなシルエットを持つ機体は見た憶えが無い。


 ヴァーチャーは低空からの急上昇で振り切ろうと試みるが、敵機はヴァーチャーを上回る機動性を見せつけるかの如く機首を上げ、ミサイルを発射する。放たれたミサイルは爆発的に加速し、前を行く獲物の翼に喰らい付いた。


『うぁああ! こちらクルラカン2、主翼をやられた。操縦不能、脱出する!』


 キャノピーが吹き飛び、脱出シートが機外へ飛び出るのが見える。だが…悪寒が治まらない。真上で炎を上げながら力なく落下してくる鉄の塊。その下には…。


「やばい、逃げなきゃ!」


 オレは即座に辺りを見回して隠れられそうな場所を探す。だが周りもさっきのミサイルの爆発音にパニックを起こし、蜘蛛の子を散らす勢いで右往左往していて身動きが取れない。


 どうしたものか頭をフル回転していると、信じ難い光景を視界の隅に捕らえた。妹がこっちに駆けて来ている。その後方にはこっちが動くに動けないでいるのを心配しつつ、妹を呼びとめようとシェルターの入り口で何かを叫んでいる親父と弟。


「お兄ちゃん! 早くこっちに…!」


 かろうじて聞こえた妹の声に、どんな感情よりも怒りが先行して怒鳴りつけようとした時だ。頭上で激しい物音がする。


 ビルの屋上に翼をぶつけ、若干コースを変えながら落下を続けるヴァーチャー。燃え盛る機体がシェルターの入り口付近目掛け落下するのが見える。


「伏せろ、ウェルトゥ!!!」


 渾身の力で妹に向かって叫ぶ。だがその直後に激しい爆音と真っ赤な炎が妹の背後に湧き起こり、そして…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る