バンシー編
第1話 宣戦布告同時攻撃
その日は前日から通っている空軍パイロット養成訓練学校が休みで、三十六時間の外出許可が出て実家に戻っていた。
隣に住んでいる幼馴染をからかったり、家族と日頃の訓練での苦労話をし、帰寮する前になんとなく目に付いた親父が趣味にしてる簡易無線機の周波数を座学で習った空軍の通信回線のものに合わせた。そこから聞こえてきたものは聞き慣れた演習のものではなく、哨戒任務の定時連絡でもない緊迫した声。
『くそ、何故こん……入り込まれ…で気付けなかっ…んだ!? レーダーは何…し……?』
『ステルス攻撃……、海岸線のレー……施設と通信網が………れたらしい。やってくれ…ぜ、畜生!』
乱れがちではあるが、緊迫した声色に飛び交う叫びにも似た怒号…それはまさに実戦だった。その直後、防災の日とかそういった時ぐらいにしか聞いた憶えのないサイレンが鳴り響く。
「え? なんのサイレン…?」
オレの隣に座っていた妹がきょとんとしながらオレの顔と窓の外を交互に見やる。嫌な予感が、外から聞こえてくるのとは別の…なんと表現したものか、本能的な警報となって頭の中でけたたましく鳴り響く。鼓動が加速し、悪寒が背筋を駆け上る。危険が迫っているということを、両親も感じ取ったらしい。
「あなた、子供たちを連れてシェルターに急いで。私は火元の確認と避難バッグを持ってから向かうわ」
「お前、それは…!」
危険だから自分が、と親父は言おうとしたのだろう。だが母さんはそれを制する。
「危険なのはどっちも一緒。それにシェルターもそこまで広くないんだし…場所取り、よろしくね」
そうこうしているうちにも、無線機は危険の接近を知らせていた。
『防空任務に上がっ…全フォーリア…ロザリ…軍機に告ぐ。方位085より新たな機影、ものす……速さ…突っ込んでくる。警戒せよ』
『なんだありゃ…ベルゼバブじゃない。新型か!?』
『だ、ダメだ。突破される!』
さっきまで聞こえなかったジェットエンジンの轟音が頭のすぐ上を飛び抜けたんじゃないかと思うほど爆音で耳を劈き、衝撃波だろうか…家の中がガタガタと揺れた。
「…解った、後でな。おい、シェルターへ急ぐぞ」
そう言って親父は妹の手を引き、弟と共に玄関へと向かう。
「ほら、お前もだ。フィリル」
名を呼ばれて親父と弟妹を見、台所でガスの元栓を閉めている母さんに視線を向ける。
「オレは母さんと後から行く。避難バッグも一個じゃないんだろう?」
「あ、お兄ちゃん。あたしの部屋にある緑のカバン、取ってきて!」
妹のこの頼みに親父はしかめっ面をしたが、オレは苦笑しながら「解ったよ、後で渡すからさっさと行け」と言いながら家の奥へと駆ける。廊下にある物置から避難道具一式が入ったバッグを二個取り出し、戸締りなどをしてから来た母さんにそのひとつを渡そうとしたその時だ。
「うわっ!?」
そうオレは言ったはずだ。少なくとも口は開いた。だがその声は自分にすら届かなかった。ジェットエンジンの轟音とは違う爆音によってかき消された。
家全体が激しく揺れ、渡そうとしたバッグが手から滑り落ち、しゃがんでいたのにバランスが崩れて壁に背中を打ち付ける。
「痛っ…フィリル、大丈夫?」
爆音の残響が耳に残る中、なんとか聞き取れた母さんの声に「なんとかね」とだけ答えて体を起こす。
「…ったく、一体何が…あ?」
打ち付けた背中をさすりながらさっき親父たちが出て行った玄関の方を見やると、やけに差し込む陽光が強くなったことに気付く。慌てて玄関へ行くと、扉や壁が吹き飛んだ…ただ大きな穴がそこに在るだけとなっていた。
吹き飛んだ扉は階段を破壊し、二階への移動を不可能なものとしていた。妹たちの部屋は二階にある。緑のカバンの回収、無理そうだな。そう思って見上げた先、そこは…戦場だった。
『アズレイ1より
『AWACSよりアズレイ1、増援要請は先程から行っている。だが現在ゲブラー、ケテル、ティフェレト地方の各基地が敵の同時攻撃を受けており、大規模増援は望めない。ネツァク、イェソドの基地は既にスクランブルを発令している。あと五分ほどで二個中隊が到着する予定だ』
『五分だと!? 空中戦は三分で終わるぞ! 急がせ…ぐあっ!』
空にひとつ、またひとつと爆発があちらこちらで起きる。
「急いで、フィリル!」
母さんは屋内用のスリッパを履いたまま外へ出る。オレは瓦礫に埋もれながらも奇跡的に原形を留めていた軍支給のブーツを履くと、非難バッグを背負って外へ飛び出す。そしてそこで、先程の揺れと爆音の原因を知った。コンクリートの路面がメチャメチャに砕けてクレーターと化し、家の塀も無残な姿を晒している。
いきなり民間人がいる市街地に空爆とか、何を考えてやがる!
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