一五九四年・七月:戦いの後
第四十八話:宴の後に
相馬野馬追・神旗争奪戦が紅軍の勝利で幕を閉じた後、参加者は再び中村神社にて集合し、閉会の儀式を終え、その後は近くの温泉に集まって無礼講の宴となったが、盛り上がっているのは紅軍の最上家や他の家の者、もしくは紅軍の勝利に賭けていた者ばかりで、白軍の芦澤家は欠席し、芦澤家に恭順している家は敗北した芦澤家の手前、とても盛り上がれるものではなかった。
「青葉、レラ、よくぞ紅軍を勝利に導いてくれた。これでお駒を奪われることなく済みそうだ」
「ありがたきお言葉……」
青葉ことさやは、痛む左腕と右太ももを庇いながら、最上義明に一礼する。義明は機嫌が良いのかかなり酒を召していて、赤ら顔で杯を傾ける。
「父上、青葉とアシリ・レラの活躍も凄かったですが、作戦を立案した紫月殿の活躍も見事なものでした」
「うむ、何本も矢を浴びせられても倒れなかったあの姿、まるで武蔵坊弁慶のようだな」
頭脳明晰で知られる
「彼の活躍がなかったら、あの芦澤家に一矢報いることができたかどうか。大将のために自ら身体を張る忠義、我が家臣に欲しいくらいですな」
さやは、自分のみならず、紫月とレラまで褒められて、戦いで興奮冷めやまぬ身体が嬉しさでまた熱くなってくる。
紫月はここにはいない。身体の汗を流すため温泉に入っているはずだ。
行く前に彼の身体と
ソハヤも怪我はしていなかったが、とても疲れているようなので、蔵王と共に
(ありがとう、ソハヤ)
さやが心の中で感謝を告げると、急に左腕がピキッと痛み出す。至近距離で芦澤正道に討たれた左肩に脈拍と共に痛みが襲ってくる。
左腕を動かすことはできるので骨に異常はないだろうが、筋肉を痛めているかもしれない。
最上義明に許可をもらい、さやとレラはそっと宴の席から抜け出し、温泉の方へ向かう。
人混みから抜け出し、さやは袖をまくって左肩をレラに診てもらう。
「うわ! すげえ色!」
レラのみならず、さやも己の左肩を見て驚いた。内出血のせいでそこは青黒く染まっており、どう見ても痛そうだ。レラが触るとさやは痛そうに顔を歪める。
「触ると痛いんだな? 物は持てるか?」
「刀一振りくらいなら、なんとか……」
さやは宝刀を取り出して、上に掲げたり下げたりしたが、これは問題なくできた。だが上段から下段に振り下ろそうとすると痛みが走った。
「ううん……。恐らく打ち身だな。あとで湿布貼ってやるから、とりあえずここの温泉に入って汗を流そう」
林を抜けると、ぽっかりと小さな露天風呂が展開していた。運良く、ここには誰も入っていない。
ここの温泉は打ち身や疲労に効くらしい。月明かりの中、レラはいそいそと装束を脱ぎ、入れ墨の入った裸体を露わにしたが、さやはなかなか脱ごうとしない。
「なにやってるんだよ?」
「だ、だって……
木の陰からもじもじと照れているさやに対し、レラは軽くため息をつくと、「ほら、後ろ向いててやるから、早く脱げ」とさやに言う。
さやは照れながら、そっと柿色の着物を脱ぎ始めた。
(全く、これじゃどちらが年上か分かったもんじゃねえな)
普段姉貴ぶるくせに、変なところで照れやがる。やはり高貴な身分のお姫様は肌を他者に晒すのを躊躇うのか。
全裸になったさやは、手ぬぐいで前を隠し、大急ぎで湯に肩まで浸かる。やはり湯帷子がないと落ち着かない。
髪をまとめたレラは、そんなさやを見ておかしそうに笑い、自らも湯に身体をしずめた。
熱い湯が、全身の疲れを取ってくれる。天を仰ぐと満月が明るく二人を照らしていた。
「はあ~、生き返る……」
「本当に、私達勝ったんだね」
さやは、まだ実感が湧かないようにそう呟いた。芦澤正道を射ぬいた時の感触がまだ手に残っている。さやはそれを再確認するように、手のひらを握っては拡げて、握っては拡げてを繰り返した。
「ああ、紫月
「ん? なに?」
さやがレラの顔を覗く。湯気でよく見えないが、レラの顔が上気して紅くなっている。
「その……ま、まあ、お前もまあまあだったぞ。だから、まあ……ゆ、友人になってやってもいい……ぞ」
顔を真っ赤にしたレラの言葉に、さやまで嬉しさで頬を紅くする。今、友人て言ったよね?
「……ああ、もう!」
照れを隠すように、レラはバシャバシャと顔を洗う。さやも嬉しさを誤魔化すため、レラに湯をかける。
「あ! 何すんだよ!」
「ははっ!」
その時、さやは初めて声をあげて笑った。
笑うのが苦手だったさやは、初任務の成功と、アシリ・レラという友人が出来た喜びで、自分が笑っていることに気づかずレラとじゃれ合う。
だから、温泉の周りの林に、何名かが息を潜めて隠れていることに、さやは気づくことが出来なかった。
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