第二十四話:里長の下した沙汰

 紫月とさやが地下牢に入れられて、三日以上が経った。


 牢にただ居るのも退屈なので、二人はいつでも動けるように牢内で鍛錬していたが、見張りの男に怒られたので、以後二人は見張りの目を盗んでこっそりと身体を動かし、座禅を組み精神を落ち着かせた。

 さやは石壁の向こうの紫月は天恵眼でなんとか認識出来たが、地上を覗こうとしたら、分厚い土の層が邪魔して見透かすことは出来なかった。天恵眼の能力の限界をまた一つ知ることが出来た。


 日の射さない地下牢で、食事の回数から数えて五日目にやっと二人は解放され、大広間へ行くように命じられた。

 広間には焔党の党首の他に、上役三人と、そして里長が上座にて待っていた。下座でさやは紫月と共に蹲踞そんこする。父と母以外に頭を下げるのは初めてだった。


 上役三人と里長の視線がさやを射す。三人の上役は里長の血縁者で、皆五十は過ぎている。里長は白髪交じりの長いひげを蓄えた矍鑠かくしゃくとした老人だ。

 さやは、四人の人間の存在感に圧倒され、手が僅かに震える。特に里長はそこに居るだけで場の空気を変えてしまう。

 これが、月の里の頂点に立つお方……


「二人とも、顔をあげい」


 上役の一人からの下知で、紫月とさやは顔を上げた。四人の視線をもろに喰らってしまい、さやは目線を下に落とす。


「これより沙汰を申しつける。まず、丙忍ひのえにん・ひのえ」

「は」

「調査の結果、おまえが坂ノ上清宗に施した術式が外部に漏れた形跡はなかった。よって不問に付す」

「は」

「ただし、坂ノ上さや姫が禁術の解明のためにあらゆる検体を差し出すことが条件だ」


 紫月のみならず、さやも驚いて目を見開く。里長と視線が合ってしまい、あまりの眼力に身体が固まる。


「坂ノ上さや姫」

「は、はい!」


 いきなり指名されたので、さやはうわずった声を出してしまう。


「そなたは焔党の党首に、ひのえを雇うため、そして禁術解明のために自らの身体を差し出す、と言ったようだな」

「はい……」

「その言葉に偽りはないか?」


 圧力の増した視線に、さやは一瞬顔を強ばらせる。が、顔を里長に真っ直ぐに向け答える。


「はい。紫月が罰せられなくて済むのなら、私はこの瞳を里に捧げます」


 上役達と、里長がさやをじっくりと見てくる。その圧に負けそうになりながら、さやは震える膝を手で押さえつける。紫月は横目でさやを見ていた。

 冷や汗が背中を流れる。鼓動が速さを増してくる。さやの胃がキリキリと痛んできたところで、やっと里長が口を開く。


「良かろう。坂ノ上さや姫。そなたを我が月の里に正式に招き入れる。ひのえは引き続きさや姫の護衛に就くが良い」


 紫月とさやは再び深く頭を下げる。さやはそっと息を吐いた。自分の言い分が受け入れられなかったらどうしようと、牢でそればかり考えていた。だから里長の許可の言葉を聞いた時、身体から力が抜け崩れ落ちそうになったが、なんとかさやは蹲踞の姿勢を保つ。


「あ、あの!」


 さやは顔を上げ、再び叫ぶ。勝手に顔を上げ一体なんだという視線が、焔党の党首、上役達、そして里長から発せられた。紫月も怪訝そうな視線を寄越す。


「も、もう一つ、頼みたいことがございます」


 声を震わせながら、さやが言う。党首と上役達が眉を寄せる中、里長が「言ってみろ」と静かに言い放つ。


「私は、坂ノ上家を再興したいのです。父と母の敵をこの手で打ちたいのですが、私は見ての通り子供で、とても弱いです。だから……」


 言葉を切り、さやは生唾を飲み込む。震えが増した手を片方の手で押さえ、き、と前を見据え、言う。


「私に、強くなれるよう修行をつけてください」


 一瞬、場の空気が固まる。が、次の瞬間、敵意が上座からあふれ出してきた。さやの鼓動が跳ね、思わず上体を後ろに下がらせてしまう。

 何を言っているんだ、という視線がさやの身体を容赦なく刺してくる。隣の紫月ですら困惑したようにこちらを見ているのが分かる。だがさやは真剣だった。強くなりたい。強くなって家族の仇を討ちたい。その思いは三鶴が滅んでからずっと抱いていた。その為に紫月の生まれ育った月の里で、できれば紫月から教えを請い修行をするのが一番だと考えていた。

 しかし上役の一人が冷たく答える。


「駄目だ。忍びの技を外部の人間に教えるわけにはいかん」

「しかし、私はこの里に受け入れられたのではないのですか?」

「それは、あくまで客として、また禁術解明のための協力者としてだ。忍びではないものに機密を漏らすわけにはいかん」

「……忍び、なら良いのですか?」


 ざっと、紫月の肌が粟立つ。上役達もさやの言いたいことを察してしまい、それ以上口にするなという風に睨んでくるが、さやは構わずに続ける。


「私を、月の里の忍びに……」

「さや姫!」


 紫月のあまりの大声に、さやはびくつき、上役達も紫月の方へ視線を移す。紫月は今まで見たことのない程険しい顔でさやを睨んでくる。紫月の床につけた拳が固く握られているのを見て、さやはその拳で殴られるのではと怯えた。それくらいの険を紫月は放っている。

 紫月の怒気で満たされた広間で、さやはもちろん、党首と上役達は言葉を出せず黙っていた。

 沈黙を破ったのは里長であった。


「坂ノ上の姫よ。父母の敵を討ちたいと願うその気持ちは立派な事だ。その為に強くなりたいというのも分かる。だが、軽々しく忍びになろうだなんて言うものではないぞ。ひのえもそれを望んではいない」

「…………」


 さやは、何も答えられないでいた。

 あまりに自分の発言が軽率だったこと、そして幼稚な言い分であったことを思い知り、さやの顔から血の気が下がる。紫月はまだ怒っているようだ。忍びとしての苦労や厳しさを知っている彼だからこそ、さやを同じ道に歩ませたくないという気持ちから来る怒りであった。


「しかしながら……そうだな。例えば姫よ、そなたの家には、代々伝わる神楽舞があると聞いたが」


 何故そんなことを知っているのか、さやは疑問に思った。紫月が既に報告していたのか、それとももう三鶴のことは調査済みなのか、そのどちらかなのか。


「その神楽舞は、聞くところによると非常に厳しく、とても常人では踊りきれないと聞く。だが、坂ノ上家当主になるにはそれをこなさなければいけないらしいが、相違ないか?」

「……はい」


 さやは頷くしかなかった。里長は坂ノ上の神楽舞の詳細を知っているのだろうか? 紫月はもちろん、実子である自分でさえ具体的な内容を知らないというのに。


「もしその神楽舞をこの里で見事に全て踊りきったのなら、その時はそなたに、里の基礎的な修行を授けることを許可する」

おさ!」


 里長の言い分に、上役達と党首が同時に咎めるように悲鳴を上げた。しかし里長は目線だけで彼らを諫める。


「姫よ、そなたの瞳の禁術を里に取り入れるために、そなたの存在がどうしても必要なのだ。病で死なれたり、他里の忍びに攫われるような弱い存在ではいかん。心身共に強くなってもらわなければ里にとって大きな損失だ。しかし無条件で修行を付けるわけには行かない。里の者全員に、そなたの存在を認めさせなくてはいかん」

「そのための、神楽舞ですか……?」

「左様。できるか? 坂ノ上の姫よ」


 里長の厳しくも温かい瞳を見て、さやは悟る。この方は私の思いを汲み取ってくれている。その上で忍びの掟とすりあわせて、最大限の妥協案を提示してくれているのだ。

 どのみち私には、道は一つしか残されていない。仇を討つために、坂ノ上の当主になるためには、この里で強くならなくてはいけない。


「やります。私は坂ノ上家の神楽を舞って見せます」


 真剣な顔のさやに、焔党の党首も、上役達も、もう敵意は向けてなかった。紫月はまだ納得がいかないような顔をしているが、里長はこほん、と咳払いを一つしてみる。


「決まりだな。ではひのえ、いや紫月よ。新しい任務を下す。坂ノ上の神楽舞について調べて参れ」

「!……は」


 突然名を呼ばれた紫月は一瞬動揺してしまったが、里長直々の命と聞き、深く頭を下げる。そしてさやの方をちらりと見る。

 紫月一人だけに任務を下したのは、さやを連れて行けば敵に見つかってしまうからだろう。坂ノ上家の神楽の情報があるとすれば、今は芦澤あしざわ家のものとなった三鶴みづる城か、三鶴の領地にある坂ノ上神社のどちらかだ。敵地の真ん中にさやを連れてはいけない。


 しかし、自分がいない間さやはどうなるのだろうと、それだけが気がかりだった。

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