絶望の箱庭～鳥籠の姫君～

第８話 冬夜の過去と全ての始まり

　予期せぬ創造主（ワイズマン）の襲来により、迷宮図書館を離れた冬夜たち。メイとソフィーを守るように先頭にはリーゼ、二人のすぐ隣に冬夜、後ろは言乃花。周囲を警戒しながら特別棟にある食堂まで戻ってきた。

「ヤツの気配はないな……ここまで来れば大丈夫だ」

「こんな短期間に襲撃が立て続けに起こるなんて考えられないわよ！」

　突然の出来事に思わず声に力が入るリーゼ。

「焦ってもしょうがないわ。それよりもメイさんの気持ちを落ち着かせることが先決でしょう？　ねぇ、ソフィーちゃん？」

「リーゼさん……」

　リーゼのもとに駆け寄り、ぎゅっと抱き着くソフィー。小さな身体は先ほどの恐怖からか小刻みに小さく震えているのが伝わってくる。

（本当は怖いはずなのに必死にメイちゃんを守ろうと立ち向かっていたのね。ん？　抱きつかれている？　ここは、お姉さんとしてちゃんと落ち着かせてあげないと！）

　そっとしゃがみ込むとソフィーを安心させるべく、優しく抱きしめるリーゼ。しばらくしてソフィーの体の震えがおさまりかけた時、耳元で言乃花がささやく。

「……頬が緩み始めてる。ばれる前にそろそろ離れたら？」

　ギョッと我に返り、そっとソフィーの頭をなでる。

「これで落ち着いた？　ソフィーちゃん？」

「ありがとう。リーゼさん」

　ニコニコしながら答えるソフィーに頬が緩みかける。突き刺さる言乃花の視線により紙一重で我に返る。そして、気を引き締めなおすと場を仕切り直す。

「私からの提案だけど、しっかり話を共有しておいたほうがいいと思うわ。みんな、窓際の席に座らない？」

リーゼが食堂の窓際にあるテーブルを指し、冬夜達も指示に従う。窓際の奥から言乃花、リーゼ、冬夜。向かいにメイ、ソフィーの順で座る。

「さて、みんな席に着いたし、ゆっくりでいいから話してもらえるかしら？　過去に創造主と何があったのか」

「ああ、わかった。っと、言いたいところだが、記憶があやふやな部分も多いから、話せるところだけ話させてもらう」

　そう話すと大きく息を吸い、ゆっくりと話し始める。

「あれは、九年前の春だった。家の近所の公園で遊んでいた俺の目の前を、見たこともない生き物が横切ったんだ。思い出しても例えようがないそいつを、夢中で追いかけたんだ。気がついたときには見覚えのない神殿のような場所にたどり着いていた」

　淡々と九年前の事件を語り始める冬夜。

「その後、俺はヤツ……創造主（ワイズマン）と対面し、目当ての物を見せてやるからついてこいと言われ、神殿のような場所の奥へと足を進めた。どこをどう歩いたのかはよく覚えていないのだが、案内された部屋でしばらく待つように言われた。だけど、俺はじっと待っていられなくて、部屋から飛び出して探検を始めたんだ。そして……」

　冬夜が次の言葉を話そうとした時、視界にある人物の姿が目に入る。

「ちょっと待った。学園長？　いつからそこにいたんだ？」

　少し離れた壁際に冬夜の視線が釘付けとなり、他のメンバーも気が付いた。そこにいたのは右手を顎に当てながら真剣な眼差しで立っている学園長。

「いや、何やら面白そうな話をしていたからね～。あ、僕のことは気にせず、続きを話したまえ」

　ニコニコとした笑顔で答えるとこちらにゆっくり近づいてくる学園長。

　予想外の人物の登場に隣に座るリーゼ達と小声で相談を始める。

「この話はあまり聞かれたくないんだよな、特に学園長には……」

「何か問題があるの？」

「詳しくは話せないけど、メイと関連がある気がするんだ……今回の件も学園長が絡んでる予感がする」

　じっと聞いていた言乃花が口を開く。

「うまく話をそらすのが懸命な判断よ。あの人が絡むとろくなことがない」

「「「間違いない」」」

　満場一致だった。そして、リーゼに耳打ちをする言乃花。

「そういうこと。この話は後日改めて聞きましょう。リーゼ、あとは頼んだわよ」

　リーゼは軽くうなずき静かに深呼吸をする。そして、近づいてくる学園長に対し、鋭く睨みをきかせながら話しかける。

「学園長？　いつからそこに立っていらっしゃいました？　というか、なんであなたは肝心な時にいつもいなくて、こういう時だけ現れるんですか！」

　いつもの学園長とリーゼのやり取りに張りつめた緊張感が薄れていく。

「リーゼちゃん、冬夜君が真剣なお話をしているときに話の腰を折るような真似はよくないと思うな」

「誰のせいで話がぶった切られたと思っているんですか？　そもそも、いつからそこにいたんですか？」

「うん、いい質問だ！　答えよう。あやふやな部分が多いからの辺りからこっそり聞いていたんだよ」

「最初から聞いているんじゃないですか！（ねーか！）」

　リーゼと冬夜の絶叫が重なり、学園中に響き渡る。学園長の登場により、話し合いはここでお開きとなる。

「そうそうリーゼちゃん、そろそろ生徒会のメンバーに二人を紹介しないといけないんじゃない？」

「そうですね。近いうちに私と言乃花以外のメンバーにも会っていただく予定です」

「なるほどね。副会長はかなり興味を示すだろうね」

「あの副会長だから頭が痛いですよ……心配事しか増えないですしね？ 誰かさんのせいで……」

「なんのことかな？ じゃあ、あとはよろしく」

　リーゼと話を終えた学園長が冬夜とすれ違った時だった。

「創造主と接触したみたいだね。後日、話したいことがあるから一人で学園長室に来てもらおう。日時は追って連絡するよ」

　ギョッとした表情で振り向くともう学園長の姿はない。

（どうして俺と創造主との接点がある話を知っている？　いったい何者なんだ？　あの学園長……）

　冬夜と創造主の関係を知っていたかのように全てを見透かした意味深な発言。

　学園長は何をどこまで知っているのか……