第2話 残された事実と疑問
「ほんとにひどい目にあった……」
新学期のオリエンテーションが終わり、いつものメンバーが特別棟の食堂に集まっていた。食堂の机に倒れ込んでいたのは、疲れてて口から魂が抜けかけている冬夜。学園長より告げられた新入生代表の挨拶を徹夜で考え、入学式を乗り切ったまでは良かった。オリエンテーション後にクラスメイトに囲まれ、質問責めにあいながら、なんとか振り切って食堂まで逃げてきたのだ。
「大丈夫? 目の隈がすごいけど……」
「心配しなくても大丈夫よ。新入生代表挨拶レベルのことなんて、この先たくさんあるからいい経験になったでしょう?」
「俺にとって一大事なんだよ! クラスメイトから質問責めにあうし……今まで目立つことは避けて生きてきたんだよ、俺は!」
「ご愁傷様。学園長と関わりを持ったからには無茶ぶりは日常茶飯事よ」
「まだあるのかよ……」
「当たり前でしょう? しっかりしなさいよ」
どんどん血の気が引いていき青くなる冬夜の横で腕を組み、仁王立ちしているリーゼ。どんどん張り詰めていく空気に圧倒されてオロオロしているメイの後ろからかわいい声が響く。
「お疲れ様です、冬夜くん。お茶を入れたので一息つきませんか?」
トレーにカップを載せてニコニコしながら声をかけたのはソフィーだった。小さな身体で一生懸命お茶を配る様子に食堂内の空気が柔らかくなる。リーゼが視線を動かしたときにソフィーと目が合った。不思議そうな笑顔で首をかしげる様子に心を撃ち抜かれる。
(ああ、もうどうしろと! 可愛すぎるでしょ!)
普段は真面目で隙など微塵も見せないが、実はウサギやかわいいぬいぐるみなどが大好きなリーゼ。生徒会長として模範とならないといけない気持ちと、愛でてあげたいという気持ちが心の中で激しく揺れ動く。
(ああ! 今すぐ抱きしめて頭をなでなでしたい!)
「リーゼ、顔緩みすぎ……」
いつの間にか食堂に入ってきた言乃花がリーゼの背後に立っており、耳元でボソッとつぶやいた。ハッと我に返ったリーゼが慌てて振り返ると右手を額に当て、大きくため息を吐く言乃花の姿があった。
「あれ? いつの間に言乃花は来ていたんだ?」
「今来たところよ。ソフィーちゃん、私にもお茶をいただけるかしら?」
「はい! すぐにお持ちしますね」
嬉しそうな顔をしてキッチンへお茶を取りに走っていくソフィー。
「リーゼ、顔が真っ赤だけどどうしたんだ?」
「べ、別に何でもないわよ! そ、それより早くソフィーちゃんのお茶をいただきましょうよ」
慌てふためくリーゼの様子に意味が分からないといった様子の冬夜。気が付かれないようにわざとらしく咳払いをし、必死に話題を変える。
「事件の日は迷宮図書館に駆け付けるまでにいったい何が起こっていたの?」
「昨日話した通り、言乃花と一緒に資料のある本棚に向かい、ノルンと遭遇した。そんなところだよな?」
「そう。冬夜くんが一人で散策しようと無謀なことするから。迷子になる前に止めたのが始まり」
「図書館内を一人で散策? 止めてよかったわね」
ひどい言われようだが、今となっては言葉の意味が心に深く突き刺さる。
「なんの本を探しにいったの?」
「例の『箱庭』に関する資料のところにね。そうしたら、先回りしていたノルンと遭遇したということよ」
ノルンの空間内に閉じ込められ、さんざん弄ばれた。その結果、冬夜が暴走し撃退することになったのだが、いくつもの不審な点があるとリーゼは指摘する。
「あのノルンにしてはやり方が回りくどすぎない? もっとスマートかつ狡猾な方法で接触してきそうなものだけど…… わざわざ暴走させるように仕向けているとしか考えられないわよね」
「俺も考えたのだけど、そこなんだよな…… あれだけの実力なのになんか試されていたような……」
考えていくほど謎は深まるばかりか、用意されたシナリオをなぞって行動しているような錯覚に陥ってくる。
「あの……私がいた空間と何か関係があるのでしょうか? なぜあそこにいたのか自分でも思い出せないのですが、何か関係がありそうな気がします。皆さんが良ければ、迷宮図書館に行ってみたいです」
メイの提案に全員が頷く。迷宮図書館に何らかの鍵が残されている可能性は高い。
「よし、みんなで迷宮図書館に行こう!」
再び事件の舞台である迷宮図書館に向かうことになる。
まるで用意されたシナリオのように出会いを果たした少年と少女。ノルンの不可解な行動、メイのいた空間と繋がったわけとは?
様々な思惑が渦巻く中、少しずつ時は動き始めようとしていた……
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