第2章

第1話 入学式と冬夜の災難

 暖かな心地よい風が吹く、晴れた春の日。学園内の花壇に植えられた花は見事に咲き誇り、小鳥のさえずりと共にワールドエンドミスティアカデミーにおいても、新たな門出を祝福する入学式が講堂で執り行われている。

 今年度は現実世界、幻想世界から合わせて五十名が入学する。粛々と進む入学式の中、学園長による挨拶の一言によって予期せぬ注目を集める生徒がいた。


(なんでわざわざ煽るようなことするんだよ、学園長は!)


 怒りを通り越し、諦めの表情を浮かべると大きく項垂れる冬夜。学園長の『を保持する新入生代表にこの後あいさつをしていただこう』の一言が原因である。


「大丈夫? すごく大きなため息ついていたけど……」

「ああ、大丈夫だ。バッチリ挨拶を決めてくるよ」


 冬夜に小声で話しかけたのは隣に座るメイ。小さく息を吐くと軽く両手を握ると気合いを入れる。


「新入生代表 天ケ瀬 冬夜くん、お願いします」


 司会から新入生代表としてあいさつを促され、メイに小さくサムズアップをすると壇上へ向かう。

 なぜ、冬夜が挨拶をすることになってしまったのか?

 前日の学園長室でおきた一幕が関係していた。



「学園長、今日という今日はきちんと説明してもらいますよ!」


 いつものように学園長室内に響き渡るリーゼの怒号。

 室内のソファーには先日保護されたソフィーとメイ、対面に当事者となった冬夜と言乃花が座る。

 学園長は涼しい顔で窓の外を眺めている


「そんな叫ばなくても聞こえているよ。やけにカリカリしてどうしたのかな?」

「はぐらかさずにちゃんと説明してください!」


 リーゼがここまで苛立っている事の発端は数日前の事件である。ノルンのワナにはまり、迷宮図書館に駆け付けた時には冬夜と言乃花のほか、謎の少女とウサギの人形としか見えない人物(?)が呆然と立ちつくしていた。事後処理はリーゼが取り仕切り、事情を知っているであろう学園長は雲隠れ。今朝、入学式の準備のため生徒会室にいくと『冬夜と言乃花と一緒に学園長室へ来るように』と張り紙がはってあった。すぐさま単独で学園長室に向かうももぬけの殻。イライラを抱えながら準備に追われたため、リーゼのストレスは最高潮に達していた。


「さて、みんな集まったことだからどこから話そうかな?」


 イライラしているリーゼを横目に涼しい顔をして話し始める学園長。


「彼女のメイさん。隣にいるうさぎさんはソフィーさん。彼女たちはある時期から記憶喪失みたいだね。診察した医師の話によると可能性があるとの事だよ」


 淡々と明らかになった事を学園長。当然、肝心なことは一切触れないため、業を煮やしたリーゼが喰いついてくる。


「彼女の事は分かりましたが、なぜのですか? そもそも、どこの空間と繋がったのですか?」

「迷宮図書館と彼女たちがいた空間がリンクしたか、まだはっきりとわからない。可能性があるとしたら、が関係しているかもしれないと言う事だね」

「俺の力が?」


 先日のノルンとの交戦を思い出す。仲間に手を下すと言われ怒りのまま、荒れ狂う闇の魔力に呑み込まれかけた。結果としてはノルンを撃退することができたのだが……


「言乃花くんに渡したアイテムと君の力と共鳴し、メイさんのいた空間がつながった……ということかな。一度にかぎり奇跡を起こすことができると言われている代物だからね」

「奇跡が起きたのは間違いないですが、言乃花に渡したアイテムと彼女の空間を繋ぐ関係が……」

「まだ良くわかっていないんだ。継続して調査しているところだけど、不確定なことが多いから話すことは難しいね」


 核心に迫りそうになるとうまくかわされる。

 言乃花の方に視線を送るとこれ以上の追及は無意味と言わんばかりに首を横に振る。

 その時、遠慮気味にメイが会話に入ってくる。


「私たちはどうしたらよろしいのでしょうか?」

「まだ話していなかったね。ようこそ、メイさん。我がワールドエンドミスティアカデミーへ。明日の入学式に新入生として参加してもらうよ。そして、正式に学園の生徒として歓迎しよう」


 さらりと重要な事を言う学園長。なにも聞かされていないリーゼが黙って納得するはずもなく、勢い良く学園長に詰め寄る。


「学園長! 何であなたはいつもそんな重要な事を土壇場で決めるのですか? もう少し物事には順序……ん?」


 学園長にさらに詰め寄ろうとした時、制服の裾を引っ張られるような感触があった。


「リーゼさん、私たち……ここにいても大丈夫ですか?」


 困惑した表情で見上げるソフィー。全身を小刻みに震えさせ怯えた様子にみえた。


(な、何このかわいい生き物!! ああ、もうすぐに抱きしめてあげたい!!)


 緩みそうになる顔を必死で引き締めるリーゼ。


「も、もちろんよ! ま、まあ学園にいるほうが安全ですし、学ぶことは大事ですから。あ、学園長そういえば入学式の挨拶はちゃんと本人に伝えてありますよね?」


 リーゼの口から不穏な発言が飛び出す。


「ああ、そのことならつもりだったよ。冬夜くん、明日のはよろしくね」


 学園長からとんでもない事実がさらりと伝えられる。


「は? ちょっと聞いてないですよ! おい、リーゼ! なんで笑ってるんだ!」


 学園長室から響き渡る冬夜の叫び声。

 メイとソフィーも通うことが決定し、一筋縄ではいかない学園生活が始まろうとしていた。

 冬夜は無事入学式を終えることができるのだろうか?

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