閑話 学園長にまつわる噂

 迷宮図書館の事件から数日、リーゼは保護された少女たちのメディカルチェックの立会い、入学手続きに特別寮への入寮準備、冬夜と言乃花は事件の状況説明と現場での立ち会いなど、それぞれがあわただしい日々を送っていた。

 入学式が差し迫ったある日の午後、三人が食堂に集まった時の話である。


っていったい何者なんだ?」


 以前から疑問に思っていたことをリーゼたちにぶつけてみる。


「私が知りたいわよ。前に本人に聞いたことがあるけど、うまくはぐらかされたというか……」

「それはリーゼの聞き方が悪いのよ。いつもストレートに聞いているけど、あの人学園長が真面目に答えるわけがないでしょう?」

「う……それは……」


 言乃花の鋭い指摘に何も言えなくなるリーゼ。まじめな性格が災いして駆け引きが苦手なため、どうしても素直に聞いてしまうのは彼女だから仕方がない。


「言乃花は何か知っているのか?」

「まあ、学園内で流れている噂話くらいなら……ね」

「どんな噂なんだ?」

「私が聞いた噂は学園の創設期からずっといて不老不死とか、年中遊びまわっているとか……」

「どれも学園長ならあり得る……」


 三人そろって大きく頷く。本人は忙しいと言っているが、いつも暇そうにしている学園長しか見たことがないからだ。


「あ、どこかの街で女の子に声かけていたとかという話も聞いたわ」

「「あーあの人学園長ならやりかねない」」


 学園長の見た目は三十代前半くらいであり、リーゼや言乃花とのやり取りを見ていると学園内の噂も現実味を帯びてくる。


「おや? 三人がそろってなんの話をしているの? 僕の話かな?」


 突如話に割り込んできたのは、今話していた学園長張本人。全く気配を感じさせず、いつの間にかそこにいたのだ。


(相変わらずこの人は神出鬼没なんだよな……)


「ふふふ~人気者は困っちゃうね。そんなに僕のことを知りたいだなんて」

「はぁ? 誰もそんなこと言っていませんが?」

「リーゼちゃん。眉間にしわ寄せたらかわいいお顔が台無しだよ~」

「誰のせいで毎日苦労していると思っているのですか! ところで学園長? こないだの件のお話合いがまだ済んでいませんよね?」


 リーゼの一言により、急に眼が泳ぎだす学園長。額には冷や汗が流れている。


「あーうん、あれね。どうだったかな~」

「まさか忘れていたとは言いませんよね? 落ち着いたらきちんと説明するとおっしゃっていましたが?」


 どんどんリーゼの顔がになっていくが、目が全く笑っていない。そして、妙な威圧感が周りを支配し始める。その様子にガタガタと震え始める冬夜と言乃花。


「あー急な用事を思い出した! じゃあ、皆またお会いしよう」


 そう言い残すと同時に一瞬でその場から走り去る学園長。


「チッ。今日という今日は絶対に逃がさない」


 学園長が走り去った方向へ駈け出していくリーゼ。

 この時、取り残された二人はお互いに顔を見合せてこう思った。


(リーゼを怒らせることは絶対にしない……)


 学園内にいつものあの声がこだまする。


「学園長!! どこ行ったのよ!! 今日という今日こそは逃がしません!!」


 謎に包まれた学園、ワールドエンドミスティアカデミー。

 四大属性以外の力を持つ新入生、突如現れた謎の少女。二つの世界の命運を握る歯車が静かに動き出していることに気がついた者はいない、一人を除いては……

 このあと降りかかる災難について、まだ冬夜は気がついていなかった。


 ――入学式まであとニ日――

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