第20話 ノルンの誤算と冬夜の暴走

 魔法が使えない中、一番危惧していた冬夜の異変が起こってしまった。


(まずいわ……何か手を打たないと……)


 必死に考えを巡らせていると、ふと数週間前の出来事が言乃花の脳裏に浮かんだ。数日前、学園長から呼び出された時のことを……


「新入生にの子がいてね。迷宮図書館ラビリンスライブラリで調べて欲しいことがあるんだ」

「はあ……何について調べれば良いでしょうか?」

「伝説の能力について調査をお願いしたい」


 言乃花には学園長が何を考えているのか全くわからなかった。しかし、以前から伝説の能力については興味があったため、二つ返事で承諾すると言乃花はすぐに迷宮図書館で調査を開始した。様々な資料を読み漁っていくがなかなか核心にたどり着けない日々。一向に答えが見つからず焦る気持ちを押さえながら手に取った一冊の古い本に書かれていた内容に愕然とした。


『現在、四大属性を主とする魔法の他に、三大妖精が使う魔法があると考えられている。だが、伝説として光と闇の属性を持ちすべての魔法を凌駕する力を使う種族が存在したと語り継がれている』

(すべての魔法を凌駕する? どういうことなの?)


 あまりにもありえない内容に慌ててページをめくる。すると、言乃花が忘れられなくなったが記載されていた。



 本に書かれていることが何を意味しているのかこの時はさっぱり分からなかった。


(光? 闇? どういうこと? 過去には光と闇の魔法を操る人たちが存在したということ?)


 それからは時間を見つけては図書館に籠り、該当する本棚を隅から隅まで読みつくした。だが、核心につながるような情報を得ることはできなかった。

忙しい日々の中ですっかり忘れかけていた記憶が言乃花の頭を駆け巡る。


(まさか均衡を破るときって……まだ決まったわけじゃないわ。早くノルンを止めないと!)


 冬夜からあふれ出す膨大な魔力が否応なしに恐怖を心に刻みつけていく。焦る気持ちを押さえながらノルンへ向かい、決死の覚悟で叫ぶ言乃花。


「ノルン! 彼を煽るようなことはやめて! このままじゃあなたも……」

「あなたに指図される筋合いはありません。お忘れですか? ここが私の支配する空間だということを。しばらく黙っていてもらいましょうか」


 言乃花の言葉に耳を傾けることなく次なる手を繰り出そうとしたノルンに異変が襲う。


「音が……音が鳴らない? そんなはずは……」


 能力を使うために何度指を鳴らしても音がすることはなかった。


(なぜ? 私の作戦は完璧だった。魔法をろくに使えない人間冬夜ごときに何かが出来るわけ……)


 ノルンが慌てて視線を冬夜へ向けると信じられない光景を目の当たりにした。拘束されて絶望の沼に落ち、力なく項垂れていた人間の姿はどこにもなかった。吹き出し続ける闇の源流を身に纏い、まっすぐにこちらを睨みつける冬夜が立っていた。


「ずいぶんと好き勝手にやってくれたな。代償は払ってくれるんだろう?」


 自身へ向けられた殺気に一瞬怯んでしまったことが命取りになった。黒い魔力が目の前に迫るとまるで暴風に吹き飛ばされるように結界の障壁へ叩きつけられる。


「グッ……」


 一瞬で刈り取られそうになった意識を必死に保ち、自身の身に起こった事態を分析する。


(私が吹き飛ばされた? なるほど、あの力ですか……フェイがボロボロにされたのも納得できますね。ですが、私はあの子フェイのような失態はしませんよ)


 先ほどの一撃は不意打ちのようなもの。こんな失態など二度は無い。その選択が致命的に間違ったものだと気付くこともなく……


「どんな手を使ったのかは知りませんが、私に勝てるなどと思わない事ですね」

「ふん、所詮その程度か。恨むなら自身の未熟さを恨むんだな」


 ハッとした時には既に手遅れだった。殺気を纏う冬夜の顔が目前に迫っていた。


(早すぎる!)


 冬夜の一撃がノルンのみぞおちに綺麗に決まり、まるでボールのように吹き飛ばされる。何度もバウンドするかのごとく結界内の壁に打ち付けられながら、ようやく本棚にぶつかって止まった。


「うっ……げほげほっ……。こ、こんなことあるわけが……」

「…………もう二度と同じ後悔をしたくない……同じ過ちを繰り返すぐらいなら!」


 吐き捨てるように言い放つと、右手をノルンに向ける。手のひらには明らかに今までとは桁の違う力が集約されていく。


「だ、だめ! そんな魔力を放ったら本当に!」


 必死に訴える言乃花だが、暴走した魔力に呑まれかけている冬夜には全く響かない。


「止めるな! 何が箱庭だ……九年前と同じ過ちを繰り返すくらいなら全て消え去ってしまえばいい!」

「冬夜くん、落ち着いて! お願い……話を聞いて!」


 言乃花の訴えは冬夜の耳に届かない。しかしその力を解き放てば、この空間どころか図書館全体にまで被害が拡大してもおかしくはない。

 冬夜を止める方法がないか考えを巡らせたとき、学園長から受け取った木箱の存在を思い出した。


(どう役に立つかは分からない。だけど……何もしないわけにはいかないわ!)


 すべてに絶望し、自我を失って暴走している冬夜。自らが招いた致命的なミスを認めることができず、歯を軋ませながら全妖力を集結させようとしているノルン。

 朦朧とする意識を必死につなぎ止め、木箱を右手に握り締めて二人に割って入ろうと駆けだした。

 暴走した闇の魔力とノルンの妖力がぶつかるってしまうのか……

 はたして、言乃花が二人を止めることはできるのだろうか?

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