第19話 砕かれた希望と忍び寄る絶望

「何を迷う必要があるのでしょうか? 早く決断されたほうが良いですよ。全ては。選択した答えにによってはここ私の空間から出ることができますから」


 冬夜と言乃花が窮地に陥る様子を妖艶な笑みを浮かべ、心から楽しんでいるノルン。閉じ込められた空間から出ることができるという甘い響きと、自分が何とかしなければという焦りで冬夜の心が激しく揺さぶられる。


「ダメ! ノルンの言うことに騙されちゃダメ! 絶対に罠よ! あっさり手を引くわけがないわ!」

「さんざんな言われようですね? 全く根拠のない推論は感心しませんよ。そうですね……あなたは少し黙っていてもらえますか?」


 ノルンがパチンと指を鳴らす。冬夜と言乃花は次なる攻撃に備え身構えたが、変わった様子は見受けられない。


(え? 魔力が戻った? 何か企みがあるのは間違いない。だけど今のチャンスを逃すわけには……)


 言乃花は魔力の流れが復活したことを感じたが、ノルンが何か企んでいることは明白。しかし、現状を打破するには魔法を使うしか残された手段はない。もう一度魔力を高めようとした言乃花は突如悲鳴をあげた。


「キャー!」


 いきなりその場で倒れこんでしまった。慌てて駆け寄った冬夜は顔を見るなり愕然とした。顔色はどんどん青くなり、全身に冷水を掛けられているかのように身体がどんどん冷たくなっていく。


「お前、言乃花に何をした!」

「何もしていませんよ。私の支配する空間内で魔法を使えるようにしてあげただけですが? ああ、そのかわりに魔法を使用するとようにしてあげました。大丈夫ですよ。余程のことがなければ死にはしませんから」


 言乃花が苦しむ様子に満足げな笑みを浮かべ、右手を口元にあてて小馬鹿にした様子で見下ろすノルン。


(マズイな、なんとかしなければ言乃花が……)


 顔からは血の気が引き、呼吸も荒くなっていく言乃花。明らかに魔力が抜け落ち一刻を争う事態だ。


「わ、私は、大丈夫だから……」

「大丈夫なわけないだろ! もう魔法を使うな!」


 相手に主導権を握られた二人が助かる選択肢は限られている。強引に言乃花が魔法を使えば以前の冬夜のように゙魔力枯渇で意識を失ってしまう可能性が高い。残された最善の選択肢は一つしかなかった。


「どうするか決まりましたか?」


 笑みを絶やさずに語りかけるノルン。


「お前の言う通りにすれば、この空間から解放してもらえるんだろうな?」

「ダメ! その誘いに乗ったら! 絶対に裏があるから……」

「言乃花が助かるなら……何かあるとしても提案を受け入れるしかないだろ。大丈夫だ、後は俺が何とかしてみるからさ。無事に出られたらリーゼによろしく伝えてくれよ」


 必死に訴える言乃花を安心させるように笑顔で語りかける。


「お前の提案を呑もう。さあ、ここから俺達を出してくれ」

「ふふふ、こちらに来ていただけますか?」


 冬夜はノルンの方へゆっくりと歩み寄る。


「約束は間違いないだろうな?」

「あなたの態度次第ですよ。妙な真似をしなければ大丈夫です」


 ノルンが右手を上げると結界に一つの扉が浮かびあがる。


「こちらが出口ですよ」

「わかった。言乃花を連れてくるから待っていてくれ」


 冬夜が言乃花の方に駆け寄ろうとするが、身体が動かない。まるで金縛りにでもあったかの様に指ひとつ動かすことができない。


「おい! いったいこれはどういう事だ?」

「何を怒っているのでしょうか? 私は一緒に来ていただけたらとは言いましたが、一言も言っていませんよ?」


 不敵な笑みで淡々と告げるノルン。


「彼女は我々の計画にとって邪魔な存在ですからね」


 そう告げた途端、言乃花に異変が起きる。びくりと大きく身体を震わせ、明らかに様子がおかしくなる。


「このまま魔力を吸い上げてしまいましょうか? ご安心ください、死ぬことはないと思いますよ、彼女が耐えられるのなら。それから、もう一人のお友達はリーゼさん、でしたっけ? 彼女も邪魔ですね、そろそろここにたどり着くはずですから二人まとめて処分させて頂きましょうか」


 冬夜を絶望の淵に叩き落とすのが楽しくて仕方ないという様子で話し続けるノルン。


「どうされたのですか? 早くしないとまた後悔しますよ? まあ、あなたごときに何かできるとも思えませんが」

「ノルン……お前は最初からそのつもりだったのか……」


 冬夜の消え入りそうな呟きは、静かな怒りに満ちていた。


「ノルン、これ以上煽らないで! 彼を怒らせちゃダメ!」

「あなたに指図される筋合いはありませんよ。一体何ができると……え? なんですか、この力は?」


 今まで感じたことのない大きな力が、絶対領域であるはずの空間内を浸食し始める。

 ノルンは気付いていなかった。自身が犯した最大の過ちに……

 言乃花が叫ぶほどの必死の訴えは届くのだろうか……

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