第18話 三大妖精セカンド『ノルン』

(セキュリティが破られた形跡はない……? どうして?)


 迷宮図書館にいとも簡単にノルンが侵入していたという事実を受け入れることができない言乃花。学園の中で管理者権限を持つ者は彼女しかいない、学園長を除いては……

 冬夜が来る一時間前、言乃花は迷宮図書館の鍵を開けた。普段から厳重に施錠されており、最重要書物も保管されているため。学園関係者以外の侵入が検知されると、セキュリティ魔法が発動すると同時に管理者である言乃花に一報が入る仕組みになっている。これまで一度たりとも異常を検知されたことはない。しかし、ノルンはその厳重なセキュリティと結界をまんまとすり抜け、目の前にいるのだ。


「どんな手を使えば侵入できるのよ……」


 心の声が思わず口からこぼれ出た。内心の動揺を悟られまいと必死な言乃花をあざ笑うようにノルンの煽りは続く。


「何か信じられないものでも見ているような様子ですね? 随分と不用心ですよね。まあこれくらいの結界を破ることなど、使ですが」

「そんなはずは……ま、まさか……」


 頭の上から冷や水をかけられたように血の気が引いていく言乃花。


「どうしたんだよ? しっかりしろ!」

「ふふふ、気づかれましたか。そうです、私の能力はのですよ。あら? 冬夜くんでしたよね? はどうしたのですか?」


 冬夜は自身に向けられた質問の意味をすぐには理解できなかったが、その言葉に目を見開き、驚愕の表情でノルンを見る。


「なぜそれを? まさかさっきの呼び出しのは……!」

「気付くのが遅かったですね。あのような子どもだましにあっさり引っかかるなんて、単純ですね」


 リーゼが呼び出されたこと、図書館内で奇妙な音を聞いたことは偶然ではない、目の前にいるノルンにより用意周到に仕組まれた罠だと嫌でも理解させられた。


「三人に揃われると穏便に物事が進められないでしょうから。それでは冬夜くん、私と一緒に来ていただきましょうか?」


 言い終わると同時に目の前からノルンの姿が消え、一瞬で冬夜の左側に現れる。


「な、いつの間に!」

「言いましたよね? 私の力は空間を掌握することができると。手荒な真似はしたくないので、このままおとなしく来ていただけると嬉しいのですが……」


 甘美な声が脳内に響き、耳元にそっと息を吹き掛けられると、急に意識が朦朧とし始める。まるで夢を見ているような心地よいふわふわした感覚が少しずつ全身に浸透していく。


「冬夜くんから離れなさい!」


 ノルンに向けて言乃花の手刀が襲いかかる。正確に首筋を狙った一撃が、虚しく空を切る。


「あらあら、そんな物騒なことしないで下さいよ。私たちが怪我をしたらどうするのです?」

「そんなヘマはしない! あなただけを正確に仕留めれば問題ないわ」

(え? 俺は何を……一体何が起こっているんだ?)


 自分の身に起こったことが全く理解できていない冬夜。はっきりとしているのは間一髪のところで言乃花に助けられたことだ。


「冬夜くん、気をつけて。ノルンは音を操る力を使うわ。声に妖力をのせてあなたを操ろうとしたのよ。私が足止めをするから脱出方法がないか探してみて!」


 冬夜に告げ言乃花が魔力を解放しようとした時だった。


「え? 魔法が発動しない? なんで?」

「どうしたのですか? 使のでしょうか?」


 笑みを浮かべ微動だにしないノルン。言乃花は、何度も魔法を使おうと試みるが全く発動する気配すらない。


「おい、言乃花に何をした?」

。あなた方はまだ自分たちが置かれた状況が理解できていないようですね?」


 まるで子供を諭すかのような口調で二人に告げる。


「ここは私の作り上げた空間内。魔法が使えるかどうかも私次第なんですよ」

「いつそんな空間に……? 俺たち普通にここまで歩いてきただけなのに……」


 どう考えても思い当たる節がない。そのとき、ふと少し前に起こった奇妙な事を思い出す。


「まさか……さっきの音はお前の仕業か?」

「いい加減学習されたらどうです? 全てはあなた方が迷宮図書館に足を踏み入れた時点で始まっていたのです。……さあ、どうしますか? 天ヶ瀬冬夜くん?」


 仕掛けられたワナにより魔法が封じられてしまった言乃花。

 空間と音を操る恐るべき三大妖精セカンド『ノルン』

 追い詰められた状況を打破できるのは自分しかいない現実に、必死に考えをめぐらせる冬夜。


(こんなの絶体絶命だろ……どうしたらいいんだ……)


 はたしてノルンの罠から脱出するカギを見つけることはできるのだろうか?

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