第3話 ???空間と謎の少女
(あれ? ……何をしていたのだっけ? そういえば……誰かに『メイ』って呼ばれた気がする。私は何をしていたの? 大切なことを忘れているような……ダメ、何もわからない、思い出せない……)
膝まで伸びた紫色の髪をツインテールにして、真っ黒なワンピースを身に纏っている少女。深い闇に包まれた空間の中、力なく膝を抱えて座り込んでいた。
彼女の身に起きてしまった出来事がきっかけで過去の記憶を失い、幽閉されてしまった。
九年前に起きた事件の日から、時が止まっているようなこの空間で……
「大丈夫? またうなされていたけど……」
駆け寄ってきたのは、元はうさぎの人形だった『ソフィー』
メイの腰くらいの大きさで、ピンクの水玉模様の服を着ている。茶色の耳が心配そうに左耳に付けたピンクのリボンとともに揺れる。
「うん、いつものことだから……大丈夫だよ」
ソフィーの頭をなでながら少女が立ち上がると真っ暗な空間を仰ぐように見る。
うさぎの人形であるソフィーがなぜ命ある者のように動き、話せるのか?
その秘密はメイの持つ特殊な能力が関係していた。
その一族のうわさは瞬く間に広がり、権力者達が利用しようと血眼になって探し求めていた。
「長老、また集落が襲われ連れていかれたようです……」
山間のひっそりとした集落。その中心にあるひときわ大きな建物に、若い男性が駆け込んできた。長老と呼ばれた白髪の老いた男性は、悲痛な表情で報告を受ける。
「またか……そのような報告を何度も聞かねばならぬとは……」
幾度となく繰り返される悲劇の連続。一族の中には、甘い言葉と誘惑に負け利用される者、家族と引き離される形で誘拐・連行される者もでていた。いずれもさんざん利用されたのち、悲惨な最期を迎え……
「ご決断を! もはや安全とは言えません」
「一族を絶やしてはならぬ。ましてあの力の事は決して知られてはならぬのだ。皆に伝えよ。安息の地へ向かうと……」
自分たちの力を悪しきことに利用されること、呪われた能力を世に出すことを危惧した一族は、ひっそりと世界から姿を消した。
いつしか時は流れ、存在すら伝説と囁かれるようになった『夢幻の力』を有する一族。その中でもほんの一部の者にしか継承されない特別な能力を持つ存在──『夢幻の巫女』─その末裔がメイである。
──九年前、数々の偶然が引き起こしたあの事件が起こらなければ話して動くソフィーは存在しなかった。
ソフィーはメイが物心ついたころからそばにいたお気に入りの人形だ。共に過ごすうち、人形であるはずのソフィーにいつしか心が生まれ、片時も離れたくないと願うようになっていた。
メイの『夢幻の巫女』による力と、ソフィー自身の『メイをそばで守り抜く』という強い願いが奇跡を生んだのではないだろうか。ソフィーの心には、事件が起きた日のことが今も強く刻まれている──
(偶然とはいえあの事件がなければ、私は人形のままだった……でも、メイは……)
「大丈夫だよ。ありがとう」
思い詰めたように考え事をするソフィーの心を読んだようにほほ笑むと優しく声をかけるメイ。
(大丈夫。いつか記憶を取り戻して、笑顔で一緒に笑って過ごせる日が来るはず……きっと)
ソフィーはずっと強く願っている。
遠くない未来、メイをここから連れ出してくれる人が、必ず来ると信じて……
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