第8話
夜明けの街。やがて、彼らは街の中心に辿り着いた。それは、以前『マナコ』と呼ばれる怪物と戦った場所だった。瓦礫や建物の残骸、道路のヒビがまだ残っている。
まだ人はいない。
「ここか……」
ソラほど直感が鋭くないカイも、この場所に敵が現れることが分かった。
彼の呟きに、ソラが頷く。
「うん、ここで間違いないよ」
その言葉を裏付けるように、二人の目の前で、世界が割れる。
割れ目の闇はどこまでも黒。その塗り潰したような黒の中から、前に一度見た青年が姿を現す。
赤銅色の髪と、灰色の服装。
全てを語った者、『クチ』だった。
クチはまだ青年の姿だが、それが仮の姿であることはソラとカイにも分かっていた。
青年は薄く笑んで言葉を紡いだ。
「やあ、約束通り、と言ったところかな」
ソラとカイはクチに鋭い視線を返す。強い戦意を込めて。
その視線を受けても気圧される素振りも見せず、クチは笑う。
「始めようか。ボクがキミ達を喰らうか、キミ達がボク達を滅ぼすか」
ソラとカイは一瞬だけ、隣の相棒と視線を交わした。
「……じゃあ、話した通りに」
努めて淡々と、ソラは言った。
「……分かっているよ」
カイは答える。
分かっている。もう決めたことだ。
二人は叫ぶ。
「変異!」
光が全身を包み込み、そして姿が変化する。
ソラは白、カイは黒の戦士に。二人、幾度も行った『ツインズ』への変身を行う。
きっと、この戦いが最後になる。
ホワイトは白い刀を呼び出し、ブラックは黒の盾を装備した。
一方、彼らの目の前で、クチもまた変化を始めた。
青年の姿は一瞬で見る影もなく変化し、すぐに錆びた色の人間大の怪物へと変わる。
怪物の胸には、大きく開いた獣の口のような裂け目と牙が付随している。その口のような部位は、灰色一色。かつて戦ってきた怪物達と同様、特徴とする部位は灰色になっているようだ。
ホワイトとブラックは、それぞれ深紅と藍の瞳でクチの変貌を見届けた。
「あれは……ヤバいな……」
「うん……」
目の前の怪物は、これまでに戦ってきたどれよりも強いことが、彼らには分かった。
クチは、ざらつくようなノイズ混じりの声で笑う。
「始めようか、『魂』と『精神』、『肉体』の喰らい合いを!」
そう言った直後、クチの背面から何かが浮遊した。大きくはない、ちょうどクチの胸についている口を模した器官とほとんど同様の形状だ。色も同じく灰色。
「あれは……?」
それを見たブラックは一瞬それが何であるか戸惑う。だがすぐに思い出す以前戦った『マナコ』という怪物のこと。
「ホワイト!」
ブラックが声をかけ、すぐに手を繋ぐ。
「シンクロ!」
その声と共に混ざり合うエネルギーが、乗算的に二人の力を飛躍的に高める。
そして、次の瞬間、クチが浮遊させた物体が高速で、二人のもとへと迫る。
二人は分かれて跳んだ。
その後すぐに、彼らが今いた地面に灰色の物体が衝突。
だが、土埃は上がらない。
硬いアスファルトの地面の一部が、ぱっくりと抉れて消滅していた。まるでそこに、最初から何もなかったかのように。
「へえ、よく読んだね」
「似たようなのを、見たことあるからな」
口の呟きにブラックが返す。
この攻撃を予測できたのは、かつて戦った『マナコ』と同じく、これが怪物の司る器官の分身を飛ばすことによる攻撃だったからだ。
クチは口のような器官を別行動で動かし、その口はまさしく『食べる』という行為を攻撃手段としていた。地面が無くなったのは、その器官に『食べられた』からだ。咀嚼され、消失した。
加えて、クチ本体の胸にも同じものが見えるということは、同じようなことができるはずだ。むしろ本体の口の方が、捕食能力が高い可能性は高い。
「ホワイト、気を付け……」
そう声をかけようとしたブラックは、そこで言葉を途切れさせる。
ホワイトは既に、一直線にクチの懐へと飛びこもうとしていた。
「おい、待てって!」
ブラックが叫ぶが、ホワイトは既にクチのすぐ近くまで肉迫していた。白い刀をもう振りかぶっている。
「ラアァ!」
刃が弧を描く。
その軌跡を、クチは半歩下がって逃れる。それと同時にクチが両腕を大きく広げた。
ホワイトが追撃し、半歩踏み込んで刀を振り下ろそうとする。
クチは、今度は下がろうとせず、代わりに広げた両腕を勢いよく閉じようとした。
閉じる寸前、そこへブラックが飛び込む。ホワイトの肩を掴んで強引に引き戻し、それと同時に自身の左手の黒い盾を前面に構える。
力を集中させ、黒い光が盾を中心に半球状に広がる。
黒の半球の表面に、今閉じるように振られたクチの両腕がぶつかる。半球のバリアが破られそうになるが、何とか持ちこたえる。
そして、そのままブラックとホワイトは後ろに跳んだ。
クチはそれを追わないが、それは追うまでもないからだ。先程飛ばした口のような独立器官が、二人の背後を捉えていた。
だが、ホワイトは言う。
「後ろは任せて」
そう言うと、空中で体をひねって半回転させ、振り向き様に刀を横薙ぎに振り切る。その切っ先が確実に背後から迫っていた灰色の塊を捉えて、斬撃の線が流れる。
灰色の口は真っ二つに割れて半分ずつ地面に落ち、そして塵に変わる。
クチから距離をとって着地したツインズ。
クチはその様子を値踏みするように見ていた。
「なるほど………やはり、素晴らしいコンビネーションってことだね」
ホワイトもブラックもその言葉には答えない。彼らは互いに、相棒の方を見ていた。
「さっき……私が単独で突っ込んで行った時、止めようとして叫んでなかった?」
「……ああ」
ブラックが渋々肯定し、ホワイトはため息をついた。
「この前話した通りにするから、私は一人で飛び込んでいって何の問題もない」
「いや、それは分かってるけど……反射的に。とにかく、今さら君の選択を止めようとはしない、それでいいか?」
「うん」
ホワイトが頷く。
目の前では、クチがまた新しく、浮遊する捕食器官を再生させようとしていた。
見たところ、今度は二つ。あれらに対処しながら本体に攻撃を加えなければならない。
もう一度するべきことを確認しながら、ブラックは言う。
「……さっきの攻撃、『食べる』のとは違ってたな」
「うん、どちらかというと、『噛む』に近いのかな………私を吸収しようという意図は感じなかった」
「つまり………」
「うん………少なくとも私…『魂』だけを吸収することは、向こうにとってはメリットがない。敵は、『魂』と『精神』、両方をまとめて吸収しようとしている」
「なら、方針はそのままか……」
ブラックの問いかけに、ホワイトが頷く。
「うん……サポートお願い」
「………分かったよ、確実に、道をこじ開けてやる」
「ありがとう……さあ、行こうか!」
もう一度、二人は軽く手を合わせる。
『シンクロ』すると同時に、今度は並んで走り出した。
その様子を見て、クチは笑う。
「今度はまとめて来るか………それは好都合だね」
そう言うや否や、再生していた浮遊する口二つを飛ばした。左右からホワイトとブラックに迫る。
「上に!」
ブラックが叫び、ホワイトがそれに反応する。
「言わなくても……」
二人同時に、地面を強く蹴る。力のベクトルは上向き。
「分かってるって!」
ホワイトの声が響く中、二人一気に宙へ飛び出す。
彼らの眼下で、左右から迫っていた捕食器官が互いを食い合うようにぶつかる。
ツインズがそのまま、クチに向かって落下する。蹴りの構え。落下の勢いを利用して、キックを放つつもりだ。
クチはそれを見上げ、低く笑った。
「そんな単調な攻撃が……効くと思っているのかい?」
怪物の胸の口が大きく開く。ただし、それは食うための準備ではなく、むしろ吐き出すための予備動作だった。
直後、その口から強い衝撃の波が飛び出す。天地が裂けるような轟音。
『吼えている』のだ。
その斥力に、ホワイトとブラックのキックは弾かれる。
体勢を崩さないように着地。その直後にはホワイトがクチに接近するために駆ける。
白い残光が線を引く。
だが、ホワイトがクチの位置へ達する直前、地面から灰色の影が現れる。
それは先程衝突し合ったはずの、浮遊する捕食器官の片方。ぶつかって食い合ったのではなく、地面の中に潜んでいたのだった。
下から現れた口は、先程本体がした動作と同じように、大きく開いて、吼える。
その衝撃に、ホワイトが怯む。
一方、ブラックの方にはもう片方の捕食器官が襲いかかっていた。
ブラックはその咆哮に対し、盾を構えて衝撃を遮る。防御が間に合い、ダメージはない。
だが、その衝撃波が巻き上げた土煙が視界を悪くする。すぐ前方を走っていったホワイトの姿が辛うじて見えるくらいだ。
その時、悪寒を感じた。周囲の温度が下がるような感覚。
直後、周囲が暗くなる。同時に、咆哮が止み、土埃が落ちて視界が晴れていく。ブラックとホワイト、彼らの周囲を円形に、ドーム状の灰色の影が覆っていた。
クチの声が聞こえた。
「この瞬間を狙ってたんだよ!」
その声は、普段の面白がるような声とはまた違う、心底喜びに満ちた声音だった。
そして、ホワイトとブラックは同時に悟った。
「これが……『食べる』ってことか」
二人を包囲している灰色の影は、クチの捕食のための口を拡大したもの。
『魂』と『精神』をまとめて喰らうための口。
その推測を裏付けるように、ドームが一気に縮み始めた。
すぐさまブラックが盾をかざした。
「ラアァァッ!」
彼の叫びと共に、盾がこれまでよりもなお激しく黒い光を放出する。
縮していく灰色の影のドームの中に、黒い光のドームが生じた。黒と灰色がぶつかり、灰色の侵攻を押しやろうとする。
「ソラ!」
ブラックの呼び声が響くのとほぼ同時に、ホワイトは彼の右手を強く掴んでいた。
「カイ、お願い!」
繋いだ手を通してホワイトの力がブラックに流れ込み、黒の光に白色が混じり始める。
そして、黒の盾は二人を喰らおうとする灰色の影を完全に押しやった。
ブラックにエネルギーを渡したホワイトは、すぐにドームの外に立つクチに向かって走り出す。
「そっちだけじゃない………私達だって、この瞬間を待ってた!」
ブラックが作り出したバリアと、クチが作る灰色の捕食器官の、二重の囲い。
ホワイトは白の刀の切っ先に力を集中させて、ドームの一点に向けて突き刺す。灰色の影のドームが抵抗するが、黒と白の光がホワイトの刀を後押しする。
そして、ホワイトはドームの外に飛び出した。そこはクチの目前。
「何!?」
クチがホワイトを睨む。
だが、捕食動作の反動のためか、クチの動きは鈍い。
その胸の口から灰色の光が漏れていて、その光がドームと繋がっている。
ホワイトは刀を投げ捨て、クチの方へと駆け出す。
クチは困惑し、退こうとする素振りを見せた。だが、捕食のために展開した灰色のドーム内で、ブラックが均衡する力で抵抗し続けており、クチは動くことができない。
ホワイトはクチに一歩ずつ近づき、手を伸ばせば届く位置までたどり着いた。そして、クチの胸で開いた口に右手を伸ばす。
彼女は最後に、笑って呟いた。
「カイ……じゃあ、またね」
ホワイトの右手が、クチの胸のぽっかりと空いた割れ目に入り込む。直後、その全身が明確な輪郭を失っていき、白い光として割れ目の中へと溶け込んでいく。
光が渦を巻き、闇に呑み込まれていく。
そして、完全に消失した。
同時に、クチが作り出していた灰色のドームが消滅する。その中で、黒と白の光のバリアも消えた。
クチは呆然と立っている。
そこから少し離れて、立っていたブラックがよろめいて地面に両膝に手をついた。
変異が解け、ただの勾坂カイの姿に戻っていた。
クチは数秒間、呆然と立っていた。
「自ら……ボクに喰われた…?」
クチはすぐ傍に転がったままの白い刀を見下ろす。ホワイトがいなくなったのに、まだ刀が残っている。
何かがおかしい。
クチの内部、つまり神の『肉体』の内部で、何かが起ころうとしている。
「ぐ……あああああぁぁぁ!」
クチが苦悶の叫びを上げたのを見て、カイはソラの賭けが成功したことを悟った。
クチはよろめき、ふらつく。叫びが空気を震わせる。
その振動の中で、純白の刀がカイの方へ飛ばされる。カイはその輝く刃を見ながら、ソラの最後の言葉を思い出した。
『またね』、彼女は最後にそう言った。
それは、捕食に抵抗してドーム状の光の中で力を振り絞っていたカイの耳にも、はっきりと届いていた。
「ぐ………魂が、周りを侵食している?これは………!?どうして……?」
クチがよろめきながら叫んでいた。
カイの目の前で、世界にノイズが走る。これまで見た、どのノイズよりも激しい。
ノイズはきっと次元の揺らぎを示す。だから、この激しいノイズは次元の壁を超えた先で、大きな異変が起きていることを表す。カイはその異変が何であるかを知っていた。
クチの苦悶の叫びは続く。
「他の肉体が………壊れていく…………?神の肉体が……消えていく………?」
そう言うクチ自身もまた体のバランスが乱れている。
ソラは自らクチに喰われた。
カイは、数日前に丘の上でソラと話したことを思い出す。
あの日、丘の上で彼女は言った。
「…………私だけがあの怪物に喰われればどうなるのかな?」
「………何を言ってるんだ……」
凍りつくカイに、ソラは固い表情のまま言った。
「………私が神の魂を持っているなら、その魂には、おそらく神がそれを自分で切り離した時の最も強い感情が残存しているはず」
「………まさか……」
「うん『自死』を願う神の心が、私の魂にはきっと宿ってる。だから、私があれに吸収されれば……きっと、肉体は勝手に滅んでいく」
生物の細胞には『アポトーシス』という自死機能が備わっている。細胞は時に自ら死んでいくのだ。
だが、それを聞いたカイは、目の前で立つソラに対して、思わず声を荒げる。
「それは……いいわけないだろ!」
久しぶりに彼女に対してこれほど苛立った。彼女の考えが、カイには到底許容できないものだった。
しかし、ソラは落ち着いた表情をしていた。
彼女が決して、何の考えもなく、何の苦悩もなく話したのではないということが痛いほどに分かって、カイは続けるべき言葉を見失う。
なんとか反対する理由を探す。
「………可能性が低すぎる」
「そうかな?……あの怪物は、私達を『二人まとめて』吸収しなければならないと言ってた……私だけ取り込まれても、きっとダメなんだよ」
ソラはクチと話してから、この事をずっと考え続けていた。
「……私は『魂』で、君は『精神』。簡単に言えば、魂は本能で、精神は意志や理性を表している」
それはカイ自身も思っていたことだった。
神の魂を受け取ったというソラは、確かに出会った時から妙な直感を働かせ、自分の行うべきことに敏感だった。あれは、魂が司る本能によるものだろう。
対して、カイが持つのが精神だと言うのならば、それは意志や理性を司っているのではないか。生物全てが持つものが魂であるのに対して、人間の特筆すべき性質である精神。
ソラはカイの表情を見て彼が理解していることを確認し、小さく頷いた。
「……きっと君の持つ精神は、私の持つ魂の本能を抑制するためのもの。君と私がいっしょに吸収されることで、魂の『自死』作用は抑えられるんだと思う」
精神は理性。本能と相反するもの。
「でも、もし私だけが吸収されれば、抑えの無い本能は、肉体に崩壊を命じる」
強く確信に満ちたその口調に、カイは気圧される。そして納得してしまった。『神の魂』を持った彼女の直感は当たる。きっとそれは正しい。
もう、彼女の決意を崩せない。
「………本当に、君はそれでいいのか………」
掠れる声で呟くのがやっとだった。
「うん……」
彼女から予想通りの言葉が返ってくる。その言葉はカイにはあまりにも辛くて、無慈悲に思えた。
だから訊ねてしまう。
「これも、運命ってことか?」
『運命』。避けようのないもの。
刻まれた不可避の結末。
カイはそんな言葉がずっと嫌いだった。ソラと出会った時も、『運命』という言葉が嫌で、強く拒絶した。
今、彼女は運命に殉じようとしているのではないかと、カイはそう思ってしまった。
だが、彼女は答える。
「ううん………これは、私自身の『選択』」
カイの中で、霧が晴れたように心が澄み切っていく。
彼があの日言った言葉は、彼女から返ってきた。
それから、ソラは少しはにかむように笑った。
「……思えば君は、私の手綱を握ってくれてるみたいなものだったね」
これまでのことを思い出して笑う彼女。
その笑顔に、カイは不意にどうしようもないほどの寂寞を覚える。
「………なんだよ、それ」
だって、これではまるで。
「……もうサヨナラする前提みたいじゃないか………」
しかし、ソラはあっさりと首を横に振った。
「それは違うよ」
「……何が?」
「君と私は、サヨナラするわけじゃない」
ソラは柔らかく微笑んだ。
これまで見た彼女の笑顔の中で、一番穏やかだった。
「この世界のどこかに……私は眠っている………だから、約束してくれたら嬉しいな。必ず…………」
「『私を見つけて』、だったよな」
カイは、あの時のソラの言葉を繰り返して呟く。
この願いを刻み込む。神の魂や精神にではなく、他の誰のものでもない、彼自身の魂と精神に。
彼女が彼に託した、現時点では、最後の願いなのだから。
そして、この願いを最後にしないために。
「世界を守って………そして、君を見つけにいく。約束だ」
カイはすぐ傍の地面に落ちていた、白い刀を拾い上げる。重くて、そして仄かに熱があった。握りしめた瞬間、『シンクロ』と同じように、体中に力が満ちるのを感じた。
刀の先をクチに向ける。それは意志の発露で、「お前を倒す」と、その鋭利さが告げていた。
「……ソラが他の肉体を滅ぼしたんだ。残ったお前くらいは、俺が倒す」
「……へえ……やって…みなよ!」
声が途切れそうになりながらも、クチは応える。
「変異」
声は、重なるものもなく、独りだった。
ただ、握る刀の微かな温度が、独りではないことを教えてくれた。
今までとは明らかに異なった変異だった。いつものように黒い光だけではない。彼の右腕を白い光が覆う。純白の刀を握る右腕を中心に、右半身が白に侵食されていた。
白と黒の光が混沌とする中で、深紅色と藍色の光が一つずつ灯る。
右の瞳はホワイトと同じ深紅だった。
ホワイトの力を得たブラック。
「……混ざったのか………」
クチが、低く呟き、ブラックは頷く。
「一緒に戦うと誓ったからな。俺は手を離さない」
「なるほど………大したものだよ、『キミたち』は」
クチの目は、ブラックの右手が握りしめる白い刀を見ていた。
深紅と藍の相貌が光り、直後、ブラックは地を蹴った。爆発的な加速力で、瞬間移動のように、クチの目の前に現れる。クチが辛うじて反応し。
ブラックは右腕を振るう。白い刃が軌跡を描き、クチの体を切り裂く。
切り裂きながら、ブラックは左腕を突き出す。盾を着けた左手を拳に固め、盾ごと怪物に打ち込む。衝撃が伝播し、空気が弾ける。
「ぐあっ!」
圧倒的な攻撃に、防戦を強いられるクチ。ブラックは追撃の手を緩めない。
ブラックはその場で、白の刀を高く掲げる。
その刃に白と黒の光が絡まる。陰陽の輝きを纏う。刀を振り下ろすと、刃を包んでいた光が離れ、半月状の弧を描いて飛ぶ。描かれた斬撃の衝撃は高速でクチへと飛び、避ける間もなく、その体に激突する。
半月はクチにぶつかった瞬間に、花火のように光の飛沫となる。
しかし、破壊のエネルギーは確かに伝播している。
クチの体に斬撃の真一文字が刻まれる。
「アアァッ!」
クチが別行動する捕食器官を一つ作りだし、ブラックに向かって跳ばす。それが大きく口を広げた。
ブラックは左手の盾を構えた。黒い光が障壁を作る。障壁に衝突して、捕食器官が空中で止まる。
右手を横に振り抜く。斬撃の水平な白い軌跡。灰色の口が切り裂かれ、一瞬で塵に還す。
剣は攻撃、盾は防御。対になって完璧に作用し、協奏し、連動する。
幾度かの接近の後、ブラックはクチと距離をとる。右手の刀と、左手の盾、二つを目の前で交差させるようにぶつける。そしてそれらは混ざり合って溶ける。流体のようにうねり、白と黒が螺旋を描く。
炎が爆ぜるような煌めきと共に、身の丈に等しいほど長大な大剣が形成された。
彼女に聞こえてないと分かっていながら、声に出す。
「ソラ…………俺は、君が好きだよ」
この言葉を、必ずもう一度伝えに行く。
大剣を振り下ろす。
刃はさらに伸び、口を完全に捉えた。
爆ぜた光が破壊のエネルギーとして発散される。黒と白の光が怪物を焼き尽くしていく。
直後、ブラックの変異が解けて、勾坂カイの体が力を失って倒れそうになる。
だが、あと一歩のところでカイは踏み止まり、光に焼かれるクチを見た。
最後の『神の肉体』が、塵になって風に消えていく。
「………ボクまで……消えるのか……。これで、神の自死がようやく果たされたってことか…………」
消えていく中で、怪物の姿から一瞬だけ青年の姿に戻ったクチ。その姿は今すぐにでも塵となって消えていきそうで、だが最後に、カイの方を見て歪んだ笑いを見せた。
「おめでとう、人類。これで……キミ達の未来はキミ達のものだ…………繁栄も、滅亡も、全ての運命は、キミ達の選択に………」
それは皮肉だったのかもしれない。
しかし、カイはその言葉に、初めてソラと会ったときのことをまた思い出し、少し笑った。
「なるほど。………そういう選択的な運命なら、悪くないかもしれない」
例えば、彼が彼女と共に戦ったことのように。
運命と言ってもいいほどに必然的で、しかし同時に、誰かの強い意思による選択が介在して生じたものならば、その運命はきっと神すら凌駕する。
クチはまた笑い、今度こそ完全に塵となって消えた。
神話の終わり。
同時に、始まったのだ。
まずは帰ろう。日常と、家族の元へと。
そして探しに行こう。
「またね」と言った彼女に、もう一度会うために。
彼女との約束を、果たすために。
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