第6話

『ミギウデ』なる怪物に勝利してから二日後。

カイは相変わらず、学校の課題をこなしながらも、例の飛行機事故について調べる毎日を送っていた。

ここ二日間はソラとは会っておらず、怪物も現れていない。


放課後。下校途中、夕食の買い出しのついでに、『ミギウデ』との戦闘を行った場所を見に行った。

相変わらず道路には割れ目が残っており、周辺の建物には所々に壁にヒビが入り、窓ガラスが割れたままのところも見られた。被害の痕はまだ色濃い。

そして、怪物は現れる度に、その量と質を増している。初めてソラと出会い、戦うのを見た時には通常の怪物が一体だけだった。その次からは数体まとめて現れるようになり、やがて体の一部が灰色の特殊個体が現れるようになった。

左脚が灰色の怪物と、右腕が灰色の怪物。これらは通常の怪物とは比較にならない戦闘能力を持ち、人語を解す。

また、最初に左脚の怪物が現れた時、戦闘途中で怪物は割れ目の向こうへと消えた。何か、『時間制限』があるかのような言葉を残して去っていった。しかし、その後現れた時にはそのような制限はなく、先日の右腕の怪物についてもそれは同様だ。

そして、次に現れるのも、能力の高い特殊個体である可能性が高いと、カイは予測している。

だが、どんな敵が来ても、カイとソラは二人でそれを倒さなくてはいけない。

カイはもう一度壊れた街を一瞥し、それから背を向けて歩き出した。



孤児院に帰り、カイは夕食の準備を始めた。今日は豚肉の生姜焼き。人数が多いため、豚肉も生姜もかなりの量が必要になるが、メニュー自体はシンプルで、準備も多くはない。

キッチンで準備をしていると、アカネが帰ってきた。

「ただいま」

荷物だけリビングに置いてから、アカネはそのままキッチンに入ってきた。

「今日はカイが当番だったっけ?」

「そうだよ」

「何作ろうとしてるの?」

「生姜焼き」

そう言いながらカイは手を動かし続けている。

「手伝おうか?」

「いや、だいたい終わってるから」

「そう」

そう答えたものの、アカネはキッチンを去るわけではなかった。

「ねえ。再来週、大会始まるんだ」

ふと始めたのは、アカネが所属している女子バスケ部の話だ。

「ああ、そんな時期か」

そういえば去年もそうだったと、カイは思い出す。

「今年も勝てそう?」

「………まあそうだね。今年もウチは強いよ」

「さすが。強豪の余裕ってやつか」

「うーん、ちょっと違うかな」

アカネはそこで少し黙った。

カイの手元のフライパンから、豚肉を焼き始めた音が響く。

「わ、おいしそう」

思わずといったように感想を漏らしてから、アカネは口を開く。

「姉として、可愛い弟に一つご教授してあげよう」

「はいはい。何でしょうか、お姉様」

面倒そうに返事をするカイに対して、アカネは少し真面目な表情を作って先を続ける。

「大前提として、勝負に絶対は無いんだよ」

「まあ、色んなところでよく言われるよな、そういうこと」

「実際そうだからね」

アカネはさらりと言うが、その表情からは言葉に実感が伴っている事が窺えた。

「『勝てるはず』って勝負で負けることもあれば、負けそうな勝負でも無我夢中でやってるうちに勝てることもある」

「そういうものか」

「そういうものだよ」

カイはフライパンに大量の刻み生姜を投入しながらも、一つ質問を投げかける。

「ちなみに、その勝負を左右する一番大きな要素って、アカネは何だと思う?」

「んん、難しいね。一概に一つとは言えないし」

「例えば?」

「そうだなあ…………」

数秒ほど考え込んで、それからアカネは答える。

「………私がやってるのが団体競技だから思うことだけど、やっぱり一緒に戦ってる仲間を信頼できるかどうかって、すごく大事な気がするかな」

フライパンと木べらを動かしながら黙って聞いているカイに、アカネは補足を続ける。

「もちろん、信頼し合えば勝てるってほど単純な話じゃないし、ちゃんと団結してるチームどうしの試合なら、あとは技術面とかで優劣をつけるしかないわけだけど。………でも、信頼がスタートラインのような、そんな気はする」

「そうか」

カイはなおも豚肉を焼き続けるために数十秒間手を動かして、それからコンロの火を止めた。

「………なんていうか、月並みの答えだな」

アカネはむっとする。

「悪かったわね、ありきたりで」

「いや、分かる気がするよ」

信頼は勝負の前提条件になる。それは、今のカイにはよく分かる話だ。

自分はソラを信頼し、その上で戦っている。そうでなくては、勝てる戦いなどない。

自分達は二人で一つ。対になっているのだから。

カイはフライパンを軽く持ち上げて示しながら言った。

「できた」

「じゃあ、皆を呼んでこようか」

「ああ、お願い」

アカネがキッチンを出ていった。

カイは出来たばかりの生姜焼きを皿に盛り付け始めた。



その日の夜。

カイは自室で課題の勉強をこなす。さすがに大量の課題のおかげか、平均くらいの学力が身につきつつある。これならば次の定期試験も問題なくいけるだろう。だが、目下のところ、彼の関心はそこには無い。

飛行機事故。おそらくはカイとソラだけが生き残ったあの事故。

あの事故の時、何かが起こったのかもしれない。それがカイとソラを結び付けているものなのかもしれない。

もちろんその謎が分かればいいのだが、分からない今でも、このまま日々を過ごし、怪物が現れたらまた戦っていくしかない。

そこに何らかの形で決着が与えられているのかは誰にも分からない。



翌日。

その日の放課後、カイはまた図書館で調べものをしていた。事故のことはあらかた調べ終わったはずだが、それでもまだ何か手がかりがないかと探してしまう。つい足を運んでしまうのだ。

そうしているときに、担任の九条サイに会った。授業の準備をしているらしい。

「お前は何してるんだ?」

およそ勉強熱心ではないカイが、こんなところで調べものをしていることを不思議に思ったのだろう。カイがこの時持っていたのは新聞のアーカイブだったのも、疑問を抱くには十分な要因となっていた。

「あ、いや……ちょっと、昔の出来事に興味を持ちまして」

「そうか」

歴史に興味があるとでも誤解されたのか、九条は少し嬉しそうに言った。

「じゃあ、ついでだからまた俺の手伝いでも頼もうかな」

「それはお断りしたいですね」

「まあ、そう言わずに」


結局授業の準備に付き合わされ、終わったのは、部活動をしている生徒もそろそろ帰ろうかという時間帯だった。空は、まだらな雲に夕焼けの色が滲み始めている。

カイは帰ろうとして、校門近くでアカネに会う。

「あ、カイ!」

手を振られ、カイはも手を振り返す。

「部活?」

「そう、今終わって帰るところ」

カイとアカネは自然に並んで歩く。当然ながら二人が帰り着く場所は同じだ。他愛もない雑談をしながら、少しずつ家に近づいていく。

こういう時間が彼は好きだった。血の繋がった両親を失ったカイは、こうしていると今も家族と呼べる存在がいることを自覚する。それはどうしようもなく嬉しいことであって、だから今も生きていける。今の自分は何らかの力を得て怪物と戦っているが、それは生きている理由ではない。自分が生きる理由はここにあった。

それから、ソラのことを思い出す。

彼女は生きている理由を考えたりするのだろうか。

仮にそうだとして、その理由が、どうか義務や責任のようなものであってほしくないとは思う。



そして、『噂をすれば』という迷信通りか。この時、カイの思考は現実と連鎖した。ただし、あまり芳しくない形で。



カイの目の前で、世界にノイズが走る。

その感覚は、隣にいるアカネには分からない。ただ、突然立ち止まって表情を険しくしたカイに対して、彼女は怪訝そうに眉をひそめた。

景色のノイズが止むとき、カイはこの場でとるべき行動をすぐに決断していた。

「………悪い、用事思い出した」

「えっ?」

「行ってくる。アカネは先に帰ってて」

そう言いながら、もう彼は走り出そうとしている。

「ちょっと!どういうこと?」

「夕飯までには帰るからさ」

アカネが引き止めるのも聞かずに駆け始める。後方からアカネが大声で何か言うのが聞こえたが、耳元で鳴る風の音のせいで、何を言っているのかは分からなかった。振り向くことはしない。

だから、カイが走り出してしばらくしてから、アカネもまた彼を探して走り出したことには、まるで気付かなかった。




走り始めたはいいが、カイは怪物の明確な出現場所は分からない。ただ、何となく勘に従って走っているだけだ。

問題なのは、これから先の出来事をアカネには見せられなかったということ。

いつも通りならば、この後、『彼女』が現れる。


「こっち」


声が聞こえ、カイは立ち止まる。

後ろに、ソラが立っていた。

「相変わらず、君は幽霊みたいだな」

「それは少し心外。私はちゃんと生きている」

「分かってるって」

そして、もはや当たり前になった彼女の直感に従って、二人は怪物のいる方へ移動する。



ほどなく彼らの目の前に、探していた、だが望んではいない光景が姿を現す。

街の大通り二本が交差する十字路。

車が両車線に何台も停まっているが、それらは慌てて片づけられた玩具のように、乱雑に並んでいた。運転手はいない。乗り捨てられたのだ。

その非日常の原因は、交差点の中央に堂々と立っている。

錆色の怪物が一体。ただし、通常の個体よりもやや細く、おまけに硬質の外殻も少ないために、より人間に近く見えた。だが、その類似を全面的に否定するように、全身にいくつも目がついている。体の各部で瞬く、灰色の目玉。そして、一際大きな目が胸の中央で存在感を示している。



怪物の顔がソラとカイの方を向いた。

そして、彼らが予想していた通り、それは言葉を発した。

「来たか」

その言葉に、カイが返す。

「まるで、俺達を待っていたような言い方だな」

「ああ。事実、私はお前達を待っていた」

「どういうことだ?」

「私は語るためにここに来たのではない、見るために来た」


相変わらずカイには意味が分からないが、しかし怪物は既に臨戦態勢に入ろうとしていた。

「……私は語る者ではない。また、名前は記号でしかないということ。私は『マナコ』呼ばれるべきだが、それは便宜上の名前……本当は名前など無く、我々は一つに過ぎない」

『マナコ』と名乗った怪物は、全身の瞳をぎょろぎょろと動かした。

その光景は、見る者に生理的な嫌悪を催させ、同時に開戦を示していた。



「変異」

白と黒の光が、ソラとカイを戦士に変える。ソラ=ホワイトは刀を、カイ=ブラックは盾を喚び出した。

二人は片手ずつをそれぞれ差し出し、繋ぐ。

「シンクロ!」

体に力が満ちるのを感じながら、繋いだ手を離し、それぞれ走り出す。



大きな動きを見せない怪物に対して、ホワイトは真正面から接近、刀を振り下ろす。だが、怪物はそれを苦もなくかわした。

それを認識するや、ホワイトはすぐに次の動作へ移る。今度は斬り上げる。しかし、怪物は既に後方へと移動しており、これも回避される。

まだ追撃を仕掛けようとするホワイトは、前へ踏み込む。

同タイミングでブラックも殴り込む。ホワイトの剣撃の隙間を埋める形で、ブラックが拳を突き出す。しかし、これも怪物はゆるりと避けた。

なおも攻撃しようと一歩踏み込んだブラック。

だが、その肩をホワイトが掴んで後ろへ引き寄せる。

「待って」

「何?」


直後、地面から細い光が飛び出し、ブラックがつい一秒前までいた場所を突き上げる。


驚くブラックの目の前で、生え出た光は瞬く間に粒子となって消えていく。

その消え行く残滓の向こう側で、怪物は全身の目をぎょろつかせた。

「……やはり、『そっち』は勘がいいか」

怪物が呟く。

ブラックは横のホワイトの方を見ると、彼女は小さく頷く。

「直感で分かった」



そこから、二人は守勢に回り始める。地面から光の槍が生え、すぐに消える。この繰り返しに追われる。ホワイトの直感もあり、かろうじて回避し続けているが、攻撃に転じる糸口は見つからない。

「どういうことだ………」

ブラックは苛立たしげに呟く。この地面から飛び出す攻撃のカラクリが見えない。

また、最初の二人の攻撃がことごとく回避されたことも、少し不可解だ。まるで、事前に分かっていたかのようなスムーズな回避行動だった。

今回の怪物は、これまでの特殊個体とも違って、戦闘方法が力押しではない。知性がさらに高いのか。

「ホワイト!」

ブラックが呼び、彼らは互いに接近して合流、手を重ねる。

「シンクロ」

反射的に合言葉を呟いた直後、小声でブラックは言った。

「……俺が奴に近づいて、突破口を探る」

「本気?」

ホワイトが訊ねる声は、だが呆れたようなトーンではなく、ただ純粋に身を案じるような調子だった。だからこそ、ブラックは力強く頷いて返す。

「ああ、本気だ」

その返答を聞き、ホワイトははっと目を大きく見開いて彼を見つめた。彼女の深紅の瞳が何を見ているのかは、ブラックには分からない。

「何だよ?」

「いや……君は、すごいよ」




「先陣は任せる、ただし私も援護する」

「……了解。頼んだ、相棒」

そう言った次の瞬間には、ブラックは疾走していた。

光の槍が、ブラックの駆け抜けた直後からその空間を貫く。間一髪。ブラックが全速力で移動しているために当たらない。

ブラックはたちまち怪物に接近し、右拳を振りかぶった。

だが、突き出した拳はやはり空振るばかり。大きく動いているわけでもないのに、怪物は容易く避けてしまう。

「まだだ!」

ブラックは右脚を動かす。だが、その蹴りもあえなく回避された。

さらにブラックが攻撃を仕掛けようとした時、足元の地面が微かに振動した。

咄嗟に後ろへ跳ぶ。直後、目の前に光の槍が生えた。

ブラックは怯むことなく、消えていく光の残留物を回り込むようにして、怪物に接近する。

再び繰り出したパンチはやはり回避される。

怪物が静かに呟く声が、間近でブラックの耳に届いた。

「無駄な……」

だが、ブラックはそれでも攻撃をやめない。

手刀を振り下ろす。膝を突き出して蹴ろうとする。アッパー。タックル。エルボー。どれも紙一重でかわされた。まるで、あらかじめ攻撃軌道が分かっているかのように。


その時、白い輝きが怪物に向かって飛翔する。

ホワイトが怪物の死角から投げ出した刀だった。

切っ先はぶれず、空気を切り裂いて真っ直ぐに飛ぶ。

だが、それも怪物はギリギリで回避した。

「……私に死角は無い」

「これならどうだ!」

外れたホワイトの刀を、ブラックがキャッチし、そのまま水平に振り切る。

それはこれまでならば怪物に回避された間合いだった。

だが、腕にプラスして刀でリーチが伸び、怪物の回避は間に合わない。

浅いが、その胸を切り裂いた。

「……ほう」

感心したように怪物は呟く。

直後、ブラックは真下からの振動を感じた。

今度は一歩前進。踏み込んで刀を突き出す。

怪物は横に体をずらして回避した。

同時に、ブラックの背後に現れる光。地面から突き出した光が、ブラックの左脛をわずかに掠める。その痛みを無視して、ブラックはまた一歩踏み込んで斬り上げる。刀が描く白い弧の軌道は、やはり怪物を捉えられない。

「無駄……」

「そう見える?」

怪物の言葉を、上から響く声が遮った。

ブラックは斬り上げの動作のまま、刀を投げ捨てるように上方へ放っていた。怪物のほぼ真上にはホワイトが跳んでおり、ホワイトが自らの刀をキャッチ。

そのまま落下しながら怪物へと斬りかかる。

怪物の回避はわずかに遅れた。その体また浅く切り裂く。

「く……だが!」

怪物の声に呼応するかのように、また足元が振動する。

着地直後に攻撃を察知したホワイトは、一歩退いて回避しようとした。

だが彼女の背後にブラックが飛び出して背中を合わせる。

彼は彼女の手を掴み、叫ぶ。

「前へ!」

手を合わせることで二人は再び『シンクロ』する。

叫びに従い、反射的にホワイトは前へ足を踏み出す。踏み出すと同時に突き出した刀が怪物に迫る。

ホワイトの背後で、また地面から鋭い光の槍が生える。その場所で、ブラックは地面に向かって盾を構える。

白い刀が怪物を突き、黒い盾が光槍を弾く。

背中合わせの二人は、まさしく彼らの特性、『攻撃』と『防御』を体現する。



「あの攻撃をタイミングよく防ぐなんて、無茶するね」

「そうすれば君が攻撃する隙ができるから」

ブラックは、怪物の回避は、高度な予測に基づいたものだと予想していた。相手の動きを精度よく観察し、その情報から予測して回避する。それが敵の強みだ。

だから、予測不能なことをすれば回避されないと考えた。投げつけられた刀をキャッチしてリーチを伸ばす。空中で武器を受け渡して攻撃する。攻撃に対してあえて踏み込んでいく。全て、相手の予測を上回るためだ。

また、光の槍についても一つの予想が立った。攻撃の前兆として地面が振動するならば、おそらく地中に、その発生源が潜んでいる。


ブラックは体勢を立て直した怪物に向かって言う。

「『それ』、戻したらどうだ?」

「……そうか。見破られてしまえば仕方がないな」

怪物がそう言った直後、その周囲に土煙が幾筋も立ち昇り、何か小さな物体が地面から飛び出る。

現れたのは、灰色の目玉。

それらは怪物の周りをゆらりと浮遊してから、怪物の全身の中で、いつの間にか目が無くなっていた空洞に収まる。


「あれが地面から光で俺達を攻撃していたんだ」

ブラックがホワイトに説明した。

発射源に明確な実体があるために、光槍の出現時には微弱な振動があった。灰色の目玉は絶えず地下を移動しながら、タイミングを見計らって攻撃していたのだろう。



敵の攻撃の仕組みが暴かれたが、ブラックの表情は険しいままだ。

「……トリックは分かったが、はっきり言って、状況はそこまで良くなっていない」

「……確かに」

ブラックの浮かない声に、ホワイトも同意した。

敵の攻撃手段は分かったが、しかしその予測能力を完全に防ぐことはできない。不意を突けば小さなダメージを与えられるが、相手の攻撃数に比してこちらは手数が必要で、このまま戦い続ければ不利な消耗戦になる可能性が高い。

その考えを読むように、怪物も宣告する。

「……この程度ではまだまだ倒せない」

その灰色の目が、全身でぐるぐると回っている。あれは見た目通りの視覚器官でもあるのだろう。だからこそ地下に潜ませていたのは3個のみだったのかもしれないが、全身の目玉を全て攻撃手段に回すこともできるはずだ。そのような捨て身の攻撃をされれば、ブラック達にはとても防ぎ切れない。

「……あの、敵の攻撃を弾き返す盾は?」

ホワイトの問いに、ブラックは小さく首を横に振る。

「……あれは敵の近接攻撃を受けないと決定打にはならない……奴の攻撃手段に対してだと、目玉はいくつか壊せるかもしれないが、本体へは攻撃できないことになる」

「なら、君が私に合わせて」

その言葉の意味を、ブラックはすぐには理解できなかった。

「どういうことだ?」

「あのカウンターは、君をメインにして私の力を足したようなもの………同じように、君が私に力を渡すようにすれば……」

「君の特性は攻撃………高い攻撃力を出せるかもしれないってことか」

ブラックは理解する。成功すると確信したわけではないが、少なくとも可能性はある。このまま、手をこまねいているよりはずっといい。

「やるか……予測できても回避できない攻撃を、一撃で倒せる威力でぶつける……作戦も何もあったものじゃないが、賭けてみる価値はある」

ホワイトが頷き、そして意識を集中し始める。自らの力の方向性を確認するように。



「……何を考えている?」

様子が変わった二人への牽制のために、怪物は目玉を三個飛ばした。

だが、ホワイトは立ったまま全く動かない。回避行動に移る素振りすら見せず、もはや宙を漂う目玉を見てすらいない。

それぞれの目玉から光の槍がレーザーのように放たれる。その射線は、全てホワイトへと収束している。

しかし、ブラックがそれらを遮って躍り出た。左手に漆黒の盾を構えて、空いた右手はホワイトの手を取っていた。

「少し力を借りる」

そう言った直後、漆黒の盾が強く黒と白の光を放ち、盾本体よりも大きな光のバリアを形成する。光の槍三本全てを受け止めた。

ぶつかった点で干渉し、さらに強く輝く。

「ぐ……弾けぇっ!」

叫びと共に、黒と白の光はさらに輝きを増し、光の槍を捻じ曲げて跳ね返す。宙に浮いていた灰色の目玉は、全てそれ自身が放った光槍に貫かれ、灰塵と化す。

「く…」

自身の一部を砕かれた怪物が、苦悶の声を発した。



直後、ホワイトは言った。

「フォローありがとう。きっと……いける!」

刀を両手で持ち、その切っ先を天に向け、胸の前で握った。その刃は白い光を帯びる。

「力、貸して」

「任せろ!」

ホワイトの刀を、ブラックは手を重ねるように共に握る。純白の光に、黒い光を混ざり始める。

二人は完璧に一致した動きで、刀を振り上げる。刃が白と黒の光を同じだけ放出し、そして光が伸びる。伸長した光は発生源である刀と一体化していた。



怪物は全身の目でその光を凝視する。見開かれたその目は、その驚きを表していた。

「これは………!」

その呟きは、恐怖を含んでいた。



ホワイトとブラックの気合いが重なる。

「ラアアアァァァァ!!」

対をなす陰陽の光がなおいっそう輝いた。

振り下ろす。

巨大な剣は、離れた場所の怪物本体を完全に捉えていた。暴力的なまでの光の奔流が怪物を呑み込む。地面を穿つ。砕けた地面は礫に、礫は塵芥に、そしてそれすらも消えていく。それほどのエネルギーを秘めた光剣が、怪物を斬り裂いていた。

怪物は叫ぶ。

「ぐおぉぉぉっ!!」

「ウオォォォォォ!!」

ツインズも、叫びを上げ続けていた。

この刹那、ホワイトもブラックも感じていた。

完璧に噛み合う二人の動き。

呼吸。心臓のリズム。全て重なるように感じた。

「ハアァァッ!!」

光剣を振り切る。終息する光、その粒子は速やかに消えていく。

「見事……だ」

そう言った怪物の体は急速に塵に還り始めている。

だが、なぜか満足そうであった。消え入る中で最後に言った。

「もうすぐ……『語る者』が現れる………そこで、真実を………」

消えゆく中で最後に何か言いかけたが、怪物は完全に塵になり、大気に溶けて消えた。



「……どういう意味だ?」

「分からない」

ホワイトとブラックには、怪物が残した言葉の意味が分からない。だが、戦闘の疲労はやはり残っていて、これ以上考えるのは後回しにした。

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