第5話

強敵を打ち倒したホワイトとブラックは、戦闘を行った場所からすぐに移動し、十分に離れた人気の無い裏路地で変身を解いた。彼らの正体が明らかになるのを避けるためだ。

そして二人は、体力の消耗のために、しばらく喘ぐように呼吸する。

「ハア…ハア………やっぱりキツイな」

「でも、倒せた」

「そうだな」

二人は揃って笑う。

「コンビネーションも、思ったよりもうまくいったし」

「言った通りだったでしょ。戦い始めたらきっとうまくいくって」

「……やっぱり君の直感は当たるんだな」

確かに彼らのコンビネーションは噛み合った。深く意識しなくても、問題なく回転した。

「これが……俺達が『ツインズ』だって、そういうことなのか」

言葉では表せない。客観的な証拠など何もない、ただ確かに存在する結びつき。それが『ツインズ』であるということなのかと、この時のカイは素直に思った。

「……ところで、これから帰るのか?」

「他にすることがある?」

冷たい言い方ではなく、ただ心底疑問そうな声でソラが返した。

「帰る場所、分からないんだろ?」

「分からないけど、帰れるみたいだから」

確かに、彼女はカイの目の前から消え、やがてまた現れる。それは一見して、何の問題もない。

だが、カイはどうしてもそれに納得できなかった。

ただ一方で、それをソラに伝えようとしても話が微妙に逸れていきそうな気がして、彼は論点をずらして話す。

「なあ、これから夕食を食べに来ないか?…もちろん、俺の家で」

家というのはつまりキシリグ孤児院のことだ。

「でも、帰れるから平気だって」

「そのことはもう分かったよ。もちろん、無理にとは言わない。でも、夕食だけでも一緒に食べてくれれば、みんな喜ぶと思うんだよ」

「みんな?」

「そう、孤児院のみんな。きっと喜ぶ」

「でも、迷惑には…」

「ならないよ、前に君が来た時にもセシル院長が言ってたけど、夕食が一人分増えたところで、ウチはそんなに変わらない。元々多めに作るから」

続けて「それにチビ達がいっぱい食べるし」と、カイは苦笑する。

ソラはそれでも食い下がる。

「でも、君が戦っていることがばれるようなことは避けた方が……」

「疲労はともかく、今日は傷なんてほとんど無い」

返され、ソラは押し黙る。

だが、彼女はまだ何か気になるような顔をしていた。

「でも、前に行った時に私、変な誤解を生んでなかった?」

「……ああ……あれか」

ジル達年少の子供達数人が、ソラのことをカイの『かのじょ』だと勘違いしたことだ。気恥ずかしそうに首の方に手をやりながら、カイは言った。

「……まあ、何回も否定してるから、そろそろ誤解だと浸透するだろう」

「…まだ誤解が解けないままだったんだ……」

呆れたといった声でそう言い、ソラは顔をしかめた。カイは苦笑して弁解する。

「大変なんだよ、あれくらいの年の子供は。一度思い込んでしまったら、しばらくは直らないからな」

「そういうものなの?」

「そういうものなの」

しばらく考え込むソラに、自信ありげにカイは言い切った。

「俺の家族だからな。勘違いはあっても、悪い奴はいないさ」

その様子に、ソラが思わず少しだけ微笑む。

「……家族が好きなんだね」

「…まあな」

カイは照れ臭そうに笑って、それからまたソラに訊ねた。

「で、そろそろ来てくれる気になった?」

ソラは沈黙したまま。まだ何か、考え込んでいるようだ。

それを見て、カイはため息をついてから言った。

「……否定の理由を、無理して探さなくてもいいんじゃないか」

怒るような口調ではなく、諭すような言い方だった。

「肯定の理由なら俺はきちんと用意した。またお前に会えば孤児院のみんなはきっと喜ぶし、それに一人でも増えれば夕食は賑やかで楽しい」

「でも……君は、どうしてそんなに熱心に肯定の理由を並べるの?」

ただ不思議そうにソラは訊ねる。

カイは逆に虚を衝かれてしまう。そして、彼女の純粋な疑問にあくまで真正面から答えなくてはならないと理解した。つまらない誤魔化しは、きっと見抜かれるだろう。

「俺も賑やかに楽しく夕食が食べたいから。それにな……」

そこで、カイは一瞬だけ口ごもる。

これから言うのが本命の理由で、だからこそ少し言いづらい。

口にする前に必要な助走をつけるように、息を一度軽く吸って吐いた。

そして、一気に言葉を吐き出す。

「……それに、せっかく俺達はこうして一緒に出会って、協力して戦うようになった。さっきも言ったけど、『ツインズ』だっていうのも、今は少し分かる気がする。だから…だからさ、戦う時にしか会わないのって、そんなのは少し、寂しいと思わないか?」

カイの言葉を聞いて、ソラは驚いたような顔をしていた。

カイは言いたいことを全部言った。だから後は、ソラの方を真っすぐに見て、返事を待っていた。

夕日が朱色に街を染めていく。その光がこの裏路地にも差し込んで、辺りを照らす。

暖色の光の中で、沈黙は長く続いて。

やがて、ソラは笑った。

「じゃあ、お邪魔させてもらうことにする」

「ああ!」


夕暮れの街を、この日この街を守るために戦った戦士二人が歩き始める。

片方は家路に向かって。

もう片方は晩餐へ招待されて。

二人の歩いていく先も、歩幅も同じだった。



約十分後。

カイがキシリグ孤児院のドアを開けて帰ると、既に夕食の準備は始まっていた。今日はセシルと数人の年少組が当番だ。台所からジルが駆けてきた。

「カイにい、おかえり!」

「ただいま」

そう言ってから、カイは後ろに声をかける。

「入りなよ」

ソラが頷いて、少しだけ緊張したような顔で玄関に入ってくる。

「お邪魔します」

彼女を見て、すぐにジルが叫んだ。

「あ、カイにいの『かのじょ』!」

「おい違うって、何度も説明しただろ。この人は友達なんだって」

「ともだち?」

ジルが首を傾げた。

「そう、友達」

「ともだち!」

ジルがようやく理解したように、嬉しそうに言った。

「今日はお客さんなんだ。ジル、セシル院長を呼んできてくれる?」

「うん」

ジルが駆けていった。

その後ろ姿を見送ってから、カイはソラの方に振り向いた。

「な、ちゃんと説明すれば分かってくれるんだよ」

「う、うん…」

何と答えていいのか分からずに、ソラはぎこちなく頷いた。

セシル院長が台所から出てきた。カイは彼女に、ソラを夕食に招待した旨を説明する。セシルは予想通り、一も二もなくすぐに了解した。

「さてと、じゃあもう一品何か作りましょうか!」

張り切って台所に戻っていこうとする。

「あ、俺も手伝いますって!」

ソラを連れてきたのは自分だということで、カイはそう名乗り出たが、セシルは手をヒラヒラと振ってそれを断る。

「いいのよ、大したもの作るわけじゃないし。それより、お友達を放っておくわけにもいかないでしょ」

カイが後ろの方を見ると、ソラはまだ少し緊張した顔をしていた。

「じゃあ、お言葉に甘えて。夕食の準備はお任せします」

カイがそう言うと、セシルは頷いた。それから思い出したように言う。

「ああ、あとアカネにちゃんと説明しておくのよ」

「あ、はい!」



キシリグ孤児院の建物は三階建てで、二階に各自の部屋がある。ちなみに一階は共用の部屋や台所、風呂などがあり、三階は主に物置として使われている。

アカネの部屋はカイの部屋の真向かいにある。カイはその部屋のドアをノックした。

「アカネ、いる?」

「どうぞ」

応答があったので、カイはドアを開けた。

机で勉強をしていたアカネはドアに背中を向けている。カイはその背に声をかけた。

「あのさ…」

「何……課題のこと?」

アカネが振り向く。そして、カイの後ろに立っているソラの姿を見た。

「うわっ!」

彼女は驚きの叫びを上げた。

「まだちゃんと紹介してなかったけど、俺の友達。今日一緒に夕食を食べることになったから」

説明し、カイはソラに視線を向けた。彼女はすぐに理解し、小さく礼をした。

「來葉ソラです、よろしくお願いします」

アカネはここでようやく事態を理解し、落ち着きを取り戻して挨拶を返した。

「一之瀬アカネです、そこにいるカイの、えっと……姉みたいなものです」

「『みたいな』、ここ大事だからな」

「ちょっとカイ。それ、どういう意味?」

「はは」

「はは、じゃない」

「…もう少し、自分がそこそこに目立つ存在だと自覚した方がいい」

アカネがため息をつく。

他愛のないやり取り。ソラは立ったまま彼らのやり取りを脇で聞いていたが、ふと少し微笑んだ。カイがすぐに気づく。

「どうした?」

「いや……」

ソラは口ごもる。

「どうしたの、ソラさん?」

アカネにも訊ねられ、ソラは言葉を探すように少しだけ黙ってから、言葉を紡ぐ。

「……何か、いいなって思ったんです」

「何が?」

カイが聞いた。

「この場所の雰囲気。前に来た時も思ったけど、ここは暖かい感じがする」

ソラの答えに、カイとアカネは少し照れたように笑った。

「そう言ってもらえると、嬉しい」

アカネが手を差し出す。

「よろしく、ソラさん」

「はい」

ソラは差し出された手を握って、握手した。一通りの紹介が済み、カイがアカネに伝える。

「そうだ、アカネ。もうすぐ夕食ができそうだと思うから、キリのいいところで下りて来いよ」

「分かった。ちょうどいいところだから、もう下りるね」

三人で一階に下りる。

階段を下りながら、カイは言った。

「さてと、次はチビ達に紹介しないとな」

「あ、うん」

「大丈夫なの?ジルがずっと『かのじょかのじょ』って、言ってた気がするけど」

「そう言うアカネも言ってたけどな」

「だって…それはジルが言うから……」

「大丈夫だよ、ジルの誤解はさっき解いておいた」

ところが、ジルが撒いた種はもうどうしようもないほどに広まっていて、カイとソラはこの後、ほぼ全ての子供達に『かのじょだ!』と囃し立てられながら、誤解を解いてソラの紹介をする羽目になった。この件における救いは、アカネが一緒に誤解を解く側に回ってくれたことか。

それから二十分ほど経ち、夕食が始まった。

いつもより少しだけ豪華で、いつもより賑やかな夕食だった。

ソラは食事中ほとんどずっと、セシルとアカネから順に話しかけられた。カイはそのサポートに回りながら、他の子供達の面倒を見る。

本当に賑やかな夕食だった。



夕食が終わって、お茶を飲んでから、ソラは帰ることにした。

「またいつでも来ていいのよ」

セシルはソラに優しく言った。

「そうそう。また今度、もっとゆっくりお話しましょう」

アカネもそれに続く。

ソラは少し気恥ずかしそうにしてから、微笑んで頷く。

「はい」

ソラの周りで、何人かの子供達が彼女の服の裾を引っ張っている。別れを惜しんでいるのだ。

そんな光景を眺め、自然と口元を緩めながら、カイは言った。

「じゃあ、もう暗くなったし、ソラを送ってくるよ」

「はいはい、気を付けてね」

「バイバイ」

ジル達年少の子供達が、やはり騒がしく別れを言いながら手を振った。ソラもそれに手を振り返した。

セシル達に見送られて、カイとソラはキシリグ孤児院の玄関を出る。

明るい家から、二人は真っ暗な夜へ。

門を出て数メートル歩いてから、カイは立ち止まった。隣のソラも立ち止まっている。

「どうする?」

カイのこの言葉だけで、ソラには何の話か分かった。

「実際に送ってもらうわけにもいかないからね……」

ソラの帰る場所は、彼女自身にも分からない。だから、『カイがソラを送っていく』というのはあくまでセシル達への方便であって、実際はそんなことはできない。

「やっぱ変だけどな、それ」

「そうかな?」

「君が気にしてないのが、一番変だ」

だが、そうは言っても何も解決しないことは分かっているし、そもそも彼女自身が気にしていない以上、大した問題ではないのかもしれないとも思ってしまいそうになる。

ソラはしばらくキシリグ孤児院の外観をぼんやりと眺めていたが、やがて言った。

「やっぱり、ここはいい場所だね」

笑みを浮かべながら口にした彼女の声は、珍しく少しだけ、寂しそうな響きを含んでいた。

そして、カイは思わず口に出していた。

「きっと君にもあるんだろ、そういう帰る場所が」

慰めなのかも分からない言葉だ。口に出してすぐにそう思った。

ソラは困ったように笑った。

「分からないものは、しょうがないよ。気にしたこともなかったし」

「……君に聞くことじゃないかもしれないけど」

そう断ってから、カイは言い出しにくいことを切り出す。

「俺が目を離したら、多分君は消えるんだろ?」

消失。それはもちろん永遠のものではなく一時的なものに過ぎないが、同時に比喩ではなく確実な現象でもあるのだと、カイには分かっていた。

ソラは首を傾げる。

「たぶん、そうかな」

「……だろうな」

満天の星空とは言えない漆黒の闇が、二人の頭上にかかっている。月明りは澄んでいて、そして冷えた光だった。

彼には帰る場所があり、その場所を彼自身が知っている。

彼女にも帰る場所があるのだろうが、その場所を彼女自身が知らない。

気が付けばまたぼんやりとソラは孤児院を見ていた。窓の明かりは、人がそこで生きている証。

「また……」

彼女は呟いた。

「また、来ていいかな?」

「いつでも。みんな歓迎するよ」

「そっか」

ソラは数歩前に出て、カイに背を向けた。

だが、すぐに彼女が振り向く。

「じゃあ、またね」

「ああ」

ソラはもう一度歩き出そうとして、足を止めた。

今度は振り返らず、ただ少し大きく息を吸ってから言った。

「そういえば、君に言っておきたいことがあったんだけど……」

「何?」

聞き返すが、ソラは黙ったままで、やがて首を横に振った。

「……やっぱりいい。また今度にする」

「何だよ、それ」

カイは苦笑する。

本当は気になったが、『また今度』があるなら、とりあえずそれでいい。

「じゃあ、おやすみ」

ソラが歩き出す。

今日はもう、カイは追いかけることはしない。

向こうの角を曲がると、ソラが忽然と姿を消すのだと分かっている。ただし、『姿を消す』のが分かっているから追わないのではなく、『また会える』のが分かっているから追わないのだ。

ただ、彼女が曲がり角に差し掛かる直前、カイはその背中に向かって声をかける。

「……戦いじゃなくても、会いに来てくれていいから」

カイが言ったのと同時に、彼女は角を曲がった。

彼女が姿を消したことをカイは悟る。その場で振り向き、別方向に歩き出した。

すぐに戻ったのでは、かえってセシル達に怪しまれかねない。だから、時間潰しに周辺を一周、散歩することにした。

歩きながら考える。

彼女に、最後の言葉が聞こえたのかどうか。

静かな夜だから、距離的には声は十分に届いただろう。だが、もう姿を消してしまっていたなら、届かなかったかもしれない。

もう少し早く声をかければ間に合ったのかもしれない。

面と向かって伝えればよかったかもしれない。

わずかな後悔を抱えながら、彼は夜を歩いた。




翌日。

多少の疲れは残りつつも、概ね元気な状態でカイは学校へ向かった。今日はわりと楽な授業だということで気が楽でもあった。


チャリオン学園の午前は過ぎていく。カイのクラスでも前日の怪物騒ぎは話題になっており、その中には『白と黒の戦士』についての話もあった。カイ達が戦った時には既に他の人々は避難していたために、撮影した人や目撃者はかなり少なかったはずだが、防犯カメラなどにやや粗めの映像がいくつか残っていたらしい。

「怪物だけじゃなくて、こんなヒーローみたいな奴までいるんだな」

カイの前に座る新田コウヤは、少し興奮した口調でそう話しかけてきた。あまりにテンションが低いのも場違いな気がして、カイはテンションを合わせつつ受け答えをしておいた。

怪物も、『白と黒の戦士』も、この街の人間にとってはある程度密接な出来事だが、カイほどそれを現実として受け止めなければならない人間はいない。現実味のレベルが違う。


太陽は天頂に達し、そして下降を始める。午後もつつがなく過ぎていった。

放課後になるとすぐに、カイは帰宅の支度を整えた。早めに帰って、課題の続きを片付けようと思っていたためだ。

コウヤに別れを告げて真っ直ぐに玄関へ向かい、そして玄関を出て校門へ歩き出す。

しかし、門が近付いてきた時、そのすぐ近くに、この学園の生徒でない人間が立っていることに気づく。制服を着ていない少女は、かなり目立っていた。いや、もしも制服を着ていたとしても、カイにはすぐにその少女を識別できただろう。

「ソラ!」

カイが右手を上げて呼びかけると、校門近くのソラが彼に気づいた。

カイは彼女のもとへ歩いていき、真向かいから訊ねる。

「どうしてここに?」

ソラは一瞬だけ返答に詰まって黙り、それから言った。

「……戦いじゃなくても会いに来ればいいと、君はそう言った。だから、とりあえず来てみたんだよ」

その返答を聞いて、今度はカイが言葉に詰まる。

しばらく言葉を探して、それからやっと出てきたのは、安堵と喜びの入り混じる呟きだった。

「届いてたのか」

「うん、聞こえた」

「そうか、良かったよ」

カイは穏やかに笑い、ソラも釣られて笑みを見せる。

「それで、これからどうすればいい?」

「何かやりたいことないか?」

「分からない」

即答されて、カイは苦笑い。

「もう少し考えてみたら?」

「君の提案なんだから、君が考えるべきだよ」

「それを言われるとなあ……」

不意打ちだったから、カイはノープランだ。

考えているうちに、カイは自分達が周囲の視線を集め始めていることに気づく。ここは校門で、帰宅する生徒が皆通る場所。しかもソラは服装からしてよく目立つ。傍から見れば、待ち合わせしていたカップルにでも見えるかもしれない。

「……とりあえず、散歩するか」

苦し紛れにそう提案してみると、ソラが頷いた。

目的地も特になく、二人は歩き出す。

戦いに行くのではないのが、いつもとの決定的な違いだ。




チャリオン学園の校門を離れ、カイとソラは歩いていく。ただ並んで歩くだけ、行く先など全く決めていない。歩く過程そのものが、目的と同一化している。

「学校は?」

「通ってない」

「そうだろうな…」

見慣れた街の風景を眺めながら、二人は時折質問を交わした。彼らは、あまりにも互いを知らない。

「楽しい?」

「何が?」

「学校」

「うーん、楽しいことだけとは言えないけど、少なくとも俺は通えて良かったとは思ってる」

「『通えて』?」

『可能』の意味を含んだその言い方が少し引っかかったのか、ソラが聞き返した。カイはすぐにその意図を理解して答えた。

「ああ。正直なところ、俺みたいな孤児は教育をきちんと受けられない場合も多い。金銭的な余裕がない場合とかな。もちろん、後から教育を受け直すことはできるが、まあ少なくともいわゆる『普通』の学校生活ってのは、送れないってことになるな」

カイは知っていることだけを話す。

同じ年代なのは間違いないが、ソラはどこか浮世離れしたようなところがあり、だからこそ無闇に不確かな情報を与えたくはないと思った。

「俺やアカネがチャリオン学園にまとも通っているのは、キシリグ孤児院が、教育の機会を与えることに力を入れているからだ。セシル院長は何とかして俺達の学費を確保してくれているし、学費のために俺達が働かなきゃいけないなんてことはない。間違いなく『普通』に、俺達は学校生活を送れている」

カイはそう言いながら笑った。

「本当に感謝してるよ。俺は『運命』という言葉は嫌いだけど、孤児になった時にここに引き取ってもらえたのは、運が良かったと思ってる」

カイはどこか懐かしむような目をしていた。ソラはそれを横目で眺め、ただ黙っていた。



しばらく沈黙が続いて、それでも足は前へと動かし続け、そうして彼らは小高い丘のふもとにさしかかる。丘はそれ全体が住宅街になっている。彼らが歩き続けると、少しずつ斜面になっていった。急な坂ではなく、、気にせずに二人は歩く。相変わらず目的などない散歩だ。

「そういえば、疲労とか大丈夫か?」

「私は平気。君こそ、大丈夫?」

「多少は残ってるかな。まあ、あんな化け物と戦ったんだから当たり前なんだろうけど」

少しずつ、丘の頂上が近付く。歩く道の両側には住宅が並び、子供の声もどこかから聞こえてくる。平和そのものを表すような光景だった。

ソラは何も言わず、時々周りを見ていた。少しだけ物珍しそうだった。

カイはそれを見て、やはり彼女が多くのことを知らないのだと理解する。もしかしたら、このありふれた住宅街の光景も、彼女にとっては稀な光景なのかもしれない。

彼女の過去は知らない。そして現在もよく知らない。だが、想像できないような特殊な環境だとは予測していた。



丘の上には小さな展望台があった。ベンチくらいしかないので展望台というには不足かもしれないが、それでも眺めは悪くはなかった。

せり出した場所の手すりに手をついて体重を預け、二人は丘の下の景色を眺める。

チャリオン学園が見えた。小さいからよく見えないが、キシリグ孤児院らしき建物の周辺も見える。

「ほら、あの辺り。あそこに、俺の家がある」

「どこ?」

「あの辺り」

キシリグ孤児院のあると思われる場所を指差すカイ。

ソラは必死で目を凝らそうとするが、さすがに見えないようで眉根を寄せる。

「見えない……」

「大丈夫、俺もよく見えない。周りの風景とかと合わせて判断しただけだ」

カイがあっさりと言うと、ソラは少し拗ねた顔をした。

「でも、悪くない見晴らしだな」

「うん、街がよく見える」

まだ夕暮れには早く、空は青いまま。

「そういえば……」

「何?」

カイは聞き返す。

風で聞き取れなかったわけではなく、ソラの言葉はそこで途切れていた。彼女の顔に迷いが窺えた。

「……昨日、帰る前に話そうとしていたこと?」

話しやすいように、カイの方から訊ねてみる。

ソラは頷いた。

だが、やはり話しづらいらしく、ソラはまだ黙っている。

「別に無理して話さなくてもいい」

そもそも何のことを話そうとしているのかも分からないカイだったが、やはり無理に聞き出そうとは思わなかった。それが大事なことなのかどうかは分からないが、仮に大事なことだとしても彼女が話そうとしないなら仕方がない。

だが、ソラは首を横に振った。

「大事なことだから、話すよ」

「分かった、じゃあ聞くよ」

カイの返答を聞いて、ソラは一度大きく息を吸い込んだ。

風が吹いた。その風が耳元で鳴り終わるのを待ったように、風が止むと同時にソラが口を開いた。

「……君は、飛行機事故に遭って、その……孤児になったんだよね?」

「ああ、そうだよ」

今更その話題が出てもさすがに何とも思わない。だが、なぜ今この話題が出るのだろうとカイは思った。

「その事故で生き残った人は、ほぼゼロ。君の生還が『奇跡』って言われてのも、君は気に入らないだろうけれど、世間から見れば無理もない話だった」

「……ああ、そうだな」

話の先が見えない。彼女はこの話をどこへ落そうとしているのか。

「………だけど、あの事故で生き残ったのは、君だけじゃない」

「ああ、その話は聞いたことがある。詳しいことは知らないけど」

昔、事故のことを調べようとした時期があった。その時に、生き残った人間が自分だけではないと知った。それを知ってもカイはどうとも思わなかった。ただ、あの事故に関する知識が一つ増えただけだ。

「そのことがどうかした?」

「君の目の前にいる」

「え?」

ソラは真っすぐに、これ以上なく真っすぐにカイを見つめて、もう一度言った。

「もう一人の『生き残り』は、今、君の目の前にいる」



風が沈黙を撫でる。体感にして数秒、世界が止まったように感じた。風が揺らす木の葉だけが、時間の流れを証明する。

「……君が?」

ようやく出た言葉は、およそ意味を持たない問いかけだったのかもしれない。ただ、それは今得た情報を自ら確定させるには有効ではあった。

「そう、私」

彼女は首肯する。これで、カイは事態を受け入れざるを得なくなった。

「……なんで、君が?」

これも意味のない質問だったかもしれない。

「分からない」

ソラは首を横に振る。

「でも、私は君があの事故の生き残りだと聞いた時に、不思議な感じがした」

「……言ってくれれば、良かったのに」

そう言いつつ、カイは薄々、どうして彼女が言わなかったのかは分かるような気がした。

「ごめん。……どうしても、言い出しにくかった……」

「いや、責めてるわけじゃない。俺の方こそ、悪かった」

カイは思い出す。最初に彼女に自分の過去を話した時、『運命』という言葉が嫌いだと言い、彼女の「一緒に戦ってほしい」という頼みを断った。

だから、彼女は黙っていたのだろう。

この一致は、あまりにも運命的じみていたから。

「……でも、本当に奇妙だ」

「うん」

同じ事故で生き残った二人。

その二人が再び出会い、こうして『ツインズ』と呼ぶ不思議な繋がりで結ばれ、怪物と戦っている。

そこで、カイは一つ、奇妙なことに気づいた。

「……変なこと聞くけど、君はやっぱり、今自分がどこに住んでいるのかとか、そういったことはほとんど分からないんだよな?」

質問内容からして奇妙なことだが、彼女は確かにそうらしかった。

「うん」

躊躇いもなく頷く。

ここまでは、カイが予想していた通りの答え。

ここからが、カイが奇妙に思ったこと。

「でも、事故のこととかは覚えているってこと?」

ソラは訊ねられて、少しだけ考え込んでから、彼女なりに答えを導き出すように言った。

「そういうことになるかな。……過去のことは、だいたい頭に浮かぶ」

「そうか」

カイはこの回答を聞いて、少し安心した。

つまり彼女は、本当に何も知らないというわけではないのだ。

それはあくまで他人事ではあったが、確かに彼女のアイデンティティーのようなものが存在していることを知り、カイは安堵した。



「なあ。一つ提案なんだけど」

「何?」

「あの事故のことを調べれば、少しは何か分かるんじゃないか?」

「『何か』って?」

「例えば……俺達が何でこんな風に奇妙な力があるのかとか、あとは……」

カイはここで、少しだけ気後れする。

余計なお世話だとも思った。

彼女が気にしていないのも分かっている。

でも、それでも言いたかった。

「……君のことも、何か分かるかもしれない」

「私のこと?」

「そう」

言ってみてから、言わない方が良かったのかもしれないと思った。

「君は、気にしていないのかもしれないけど」

カイは言い訳のように付け加えた。

だが、ソラは意外にも少し沈黙してから、わずかに首を縦に動かした。

「君がそう言うなら、少し気にしてみようかな」

「本当に?」

「やっぱりおかしいってことでしょ、こんなに自分のことを知らないのって」

「……あまり言いたくはないけど、まあそうだな」

「じゃあ、気にしてみるよ」

それは小さな一歩。それでも、何かが変わるきっかけになるのかもしれないと、カイはそう思った。




翌日。

いつも通りにチャリオン学園へ登校。授業開始に余裕を持って自分の教室へ入ると、なぜか少しだけ視線を感じた。気のせいかもしれないと思いつつ、自分の身だしなみが変なのかもしれないと、一応確認してみるが特に何もなさそうだった。

それでも、視線を感じる気がする。不特定多数の視線といった感じなので、ソラでもないようだった。

疑問に思っていると、前の席の新田コウヤがやって来る。

「おはよう」

「おお」

軽く答える。すると、相手は軽い口調でこんなことを言ってきた。

「何か、お前のことがちらほらと噂になってるみたいだぞ」

「え?」

予想外のことだった。感じる視線もそういうことなのかという点では納得がいった。だが、噂になる原因は皆目見当もついていない。

「何で?」

「いや、ちらっと聞いた感じだと、お前が他校の女の子と付き合ってるとかなんとか」

「何だ、そのデマ」

「知らねえよ」

カイは少し考え込み、間違いなく唯一の心当たりに辿り着いた。

つまり、前日の放課後にソラと校門で話したのが、下校途中の生徒達の目に留まって誤解されたということか。言われてみれば、あんな目立つ場所で目立つことをしたのだから、無理からぬ話だ。

「ああ……あれか」

「心当たりあるのか?」

「デマには違いないが、まあ心当たりはある」

「へえ。で、誤解とか解いたりはするのか?」

「別に」

カイはその気もなく言う。ただの噂以上の影響は出ないのなら、それはカイにとってはどうでもいいことだった。ジル達がソラを彼女だと誤解した時は、それが不都合を生じ得るから誤解を解いた。だが、関係のない人の間で広まる噂ならば、それを不都合とは思わない。

「まあ、『人の噂も七十五日』って言うしなあ」

コウヤが彼なりに納得したように言う。

「七十五日も生き延びる噂は最上級の噂だと思うけどな」

「じゃあ、五日くらいか」

「そんなもんだろ」

始業のチャイムが鳴り始め、今日も一日が始まる。



放課後。

カイはチャリオン学園の図書館に向かった。

少しでも、飛行機事故のことを調べておきたいと思った。

普段は決して図書館に行くことのないカイは、久々に図書館へと足を踏み入れた。

静謐と言うべき空気。特有の、本の匂いがする。

ちらほらと人はいたが混んではいない。ましてや、カイの目当てとするものは、普通の人が閲覧するものではなかった。

図書館の片隅、そこに過去の新聞や雑誌の保存版が置いてある。分厚いファイルに縮小してまとめられたそれらは、書架に年代順に並べられている。

カイはその中から、事故の起きた時期のファイルを取り出し、開く。

彼は現在十六歳、事故に遭ったのは八歳の時なので、今から八年前の事故になる。

記憶している事故の日付の新聞をまず見て、それからその後の日付のものを見ていく。

『……飛行機は墜落し、乗客・乗組員共にほぼ全員が死亡。現在生還した子供の治療が行われており……』。

『……飛行中に原因不明のトラブルが発生、エンジンが止まり墜落したものと見られる。現在原因の究明が急がれており……』。

プライバシーに配慮したのか、事故の記事にはカイの名前が書いていない。しかし、カイはこれが自分のことであることを知っている。

次に、カイはいくつかの新聞や雑誌に載っていたある情報が気になった。

『……生還したのは子供一名と報道されているが、一部の情報では二名であるとも言われ……』。

その別の生還者の性別や年齢については全く載っていなかった。

そして、さらに後の日付の新聞や雑誌の記事になっていくと、『勾坂カイ』という名前が明記されるようになっていた。生還したことで公にしていい情報と判断されたのだろう。

そして、『人の噂も七十五日』ではないが、一月ほど経つと事故の記事は完全に無くなる。

あとはただ、一年後の同じ日に『あれから一年』と書いて多少の特集が組まれるくらいだ。

結局、『來葉ソラ』という名前は全く出てこなかった。

他に生還者がいるという情報は見られたが、それ以上は何も分からないということだ。

ため息をついて、それからカイは事故の日付付近の新聞を見返す。

調べ物を終える前に、一つだけ目にしておきたいものがあった。

目当てのものは、事故の二日後の新聞に、見開き一面を使って載っている。そのことを彼は知っている。

それは、二百人余りの犠牲者の名前が書かれたリストだった。そして、そこに『勾坂』という姓を持った人間の名が二人分記載されている。

カイの両親だ。

このリストを眺め、いまさら涙が出てくるわけではない。ただ、哀しさと名付けるべき感情が胸を過る。忘却など決してできるものではなく、あとはただ、この感情と一生付き合っていくだけだ。

そんな時、彼の目はあるものを捉えた。

犠牲者リストの中の名前。

リストは姓の頭文字でアルファベット順に並べているため、『勾坂』と同じく『K』で始まるそれらの名前は、カイの両親の名前の近くにあった。

なぜもっと早く、この方法で情報を探さなかったのか。

『Kuruha』すなわち『來葉』の姓を持った人間の名前が二人載っていた。

そして、その後に続く名は、『ソラ』ではなかった。



それから一週間。

カイは街の図書館に行き、情報を集めた。しかし、得られる情報の多くは既に知っていたことで、もう一人の生還者については情報は一向に集まらない。新聞や雑誌だけでなく、その後に書籍として纏められたものなども当たってみたが、外れだった。この事故は未だに原因が解明されておらず、その点では書籍や特集も多数組まれているのだが、生還者についてはやはりカイのことしか書かれていない。『來葉』の姓についても調べようとしてみたが、めぼしい情報は得られない。

一方で、チャリオン学園では『勾坂カイが他校の女の子と云々…』という噂は五日も待たずに立ち消えた。それはもちろん、この一週間カイがソラと会っていないためでもあったが、やはり人の噂などそんなものだということだろう。



そうしてその日の朝、チャリオン学園へと向かう途中で。

歩いているカイの視界で、世界にノイズが刻まれる。

「おいおい……」

嘆息を吐き出しながらも、カイは自分の中で意識のスイッチが切り替わるのを感じた。何度も戦っているうちに、そんな切り替えができるようになってしまった。

歩く人の中で、そのノイズが見えているカイだけが立ち止まる。

視界のノイズだけではない。

カイの前方、真っ直ぐな道の先で、世界が、割れる。

ひび割れた中から、錆び色の怪物が五体現れる。

全個体が完全に割れ目から出てきたところで、世界のノイズが止み、そして怪物は実体を持ったものとして存在し始める。

周囲の人間が怪物を認識し、朝の街に悲鳴が響き渡る。人波が怪物から遠ざかる方へと急速に動き始める。

その中で、カイだけはまだその場に立っていた。

待っている人がいる。彼には戦う力はあるが、彼一人では不完全だ。それは、ペアが揃って完成する。


「おはよう」


淡々とした声が背後から聞こえて、振り向くとそこに待っていた少女が立っていた。

「おはよう」

カイも返した。

混乱の中で、場違いなほどに普通な挨拶を交わす。

ソラは怪物を一瞥して言った。

「……少し多い」

「まあ、何とかなるだろ」

「そうだね」

辺りから人はいなくなっていた。

怪物達は出現した場所から動いてはいない。破壊も何もせずに、ただその凶暴な目でソラとカイを睨んでいた。

カイはカバンを下ろす。できれば、戦闘後もカバンが無事だといいなと願った。

それから。

「いくよ」

「ああ」

『変異』。予定調和で、二人の声は重なる。

変身した二人…ホワイトとブラックは、隣にいる相手に手を差し出す。

「シンクロ」

二人は呟いて、軽く手を握る。そのアクションで、力は増幅される。

そして、両者共に一気に走り出す。

怪物が反応し、両腕を構えて迎撃態勢をとる。

ホワイトは怪物達の前方に迫ったところで、地を勢いよく蹴り、跳びかかる。宙でホワイトは虚空から刀を取り出す。落下の勢いのまま、ホワイトが一番手前の怪物に斬りかかる。能力のブーストに加えて、落下の勢いも乗っている。

怪物の金属のような外皮すら容易く切り裂ける、そのはずだった。


落下するホワイトの目の前で、ノイズと共に、世界が割れる。

そして、ホワイトの深紅の瞳がその事象を捉えると同時に、割れ目から灰色の腕が伸びてくる。その掌が、ホワイトの振るう刀の軌跡を遮る。

純白の刃と灰色の掌がぶつかり、激しく衝撃が広がる。

「くっ!」

その反動でホワイトは後ろへ弾かれて、着地した。

「ホワイト!」

別の怪物に向かって駆けていたブラックは、方向を転換して跳び、ホワイトの元へ。

「大丈夫、別にダメージはない。でも……」

そう言いながら、ホワイトは現れた灰色の腕を見据えている。

世界のひび割れは大きくなり、先行した腕だけではなく、怪物の全身が現れようとしていた。

前回戦った灰色の左脚を持つ怪物と同様、今現れた怪物もまた、右腕だけが灰色だった。体の全体的なフォルムは通常の怪物とほとんど変わらない。

そして、ホワイトとブラックの目の前で、現れた怪物はやはり、言葉を発した。

「『セル』だけじゃないぜ………この『ミギウデ』が相手になってやる!!」

そして怪物は吼えた。

その雄叫びは獰猛で、それでもやはり、知性を持った者の叫びで、純然たる戦意の発露だった。




灰色の右腕を持つ怪物は、吼えた直後にホワイトとブラックの方へと疾駆する。

怪物は人間のような表情は持たないが、その姿はまるで、嬉々としているようだった。

二人はそれぞれの武器を構え直す。

「俺が防ぐ、君が攻撃を……」 

「分かってる」

短く会話を交わし、怪物の目の前にブラックが躍り出る。左手首の手甲型の盾を前に構えた。

「来い!」

ブラックが叫んだとほぼ同時に、怪物は左腕を突き出した。左腕が盾に弾かれる。その直後、ホワイトが横から飛び出し、怪物に刀を振るう。

だが、怪物はそこで右腕を突き出した。

再び衝突する、灰色の右腕と純白の刃。円状に余剰のエネルギーが散る。

空気の振動を感じながら、ブラックは次の動作に入る。

ホワイトと怪物が互いを弾き合うと同時に、今度はブラックが怪物に向かっていく。力の限り駆け抜け、最高速で接近。波状攻撃を仕掛けることで、隙を作りだそうとしていた。

特殊個体の怪物は、弾き飛ばされて体勢が崩れている。その目の前で、右拳を構える。

ブラックの両脇から、通常個体の怪物が飛びかかってくる。だが、ブラックは入り始めた攻撃モーションを止めることはしない。両サイドから爪で切り裂かれながら、右拳を突き出す。その拳は、防御の暇を与えずに、灰色の腕を持つ怪物の胸を撃ち抜く。

「ぐおっ!」

怪物が叫地を滑りながら後ろへ。

ブラックは周囲の怪物の攻撃を盾で弾きながら、後ろへ跳ぶ。『シンクロ』による能力強化も時間的に切れかかっている。

先程怪物と弾き合ったホワイトが、ブラックと合流、彼女は言う。

「君、けっこう無茶するね」

「一発浴びせとかないとな」

ブラックはそう答えた。敵の右腕は莫大な力を秘めているはずだ。体勢を崩して防御できない時に一度叩いておきたかった。通常個体からの攻撃は受けたが、さほど大きなダメージではない。

ただ問題はあった。

「硬いな……」

ブラックは再び動き出そうとしている前方の怪物を見やりながら呟く。

パンチを浴びせた時に分かってしまった。

あの特別な怪物は、かなり耐久力が高い。

ブラックの拳は直撃したにもかかわらず、あの怪物にはまるで効いていない。

「やっぱり、攻撃は俺じゃない方がいいか……」

二人のツインズの武器に特性は如実に表れている。ホワイトは刀、ブラックは盾。刀は攻撃を表し、盾は防御を意味する。

もちろんブラックにも攻撃力は十分にあり、ホワイトも防御はできるが、能力の特性は、敵が強ければ重要な差となる。

「たぶん、君の攻撃の方があいつにはよく効く」

「じゃあ、やっぱり君は防御に徹する?」

「その方がいいが………そううまくいくかは別問題だな」

二人の目の前には、問題の特別な怪物だけでなく、通常の怪物も五体いる。先程のように、強い一体だけを狙っていては、残りの個体に攻撃の隙を与えることになる。

かと言って、通常個体全てを先に片付けようとしても、特殊個体の重い一撃を受けることになる危険がある。

どちらにせよリスクはある。

あとは選択の問題か。

「私が先に、普通の方を倒そうか」

「……君に、五体全部任せる。俺が、あの灰色のやつを押さえておく」

「……お願い」

そう答えて、ホワイトは刀を構え直す。その切っ先は、怪物の一団に向けた。

「なるべく早く、終わらせる」

「ああ、頼むよ」

それから二人は無言で、空いている手を差し出した。

繋ぐ。

「シンクロ!」

そう叫んだ直後には、手を振りほどき、二人は走り出している。

ホワイトは一番近くの一体に向かっていく。

「ハアァァ!!」

刀が白い半弧の軌跡を描いて、怪物は胸を切り裂かれる。仰向いて体勢を崩す怪物を、垂直にもう一度斬る。

十字の痕が刻まれ、その直後には怪物は塵となり霧散した。

「あと四体」

そう呟きいたホワイトの真横から、右腕が灰色の特殊個体が迫る。

だが、ホワイトの深紅の目は一度だけそちらを見据えた後、すぐに視線をまた、自分が狙う通常個体の怪物に向けた。

そして、声が響く。

「俺が相手だ!」

ホワイトと特殊個体の間に、ブラックが割り込む。

特殊個体は一度その場に停止し、そして人語を話した。

「お前が相手だと?この俺に、まともな攻撃ができるのか?」

怪物は、先程ブラックが拳を打ち込んだ胸の辺りに自分の手を当て、とんとんと叩く。明らかな挑発だ。

しかし、対するブラックは笑って答える。

「その言葉、そっくり返させてもらう。お前じゃ、俺は壊せない」

左手の盾を見せつけるように構えた。

それを聞き、怪物は一瞬だけ沈黙し、そして笑った。

「ギャハハハ!!面白いな、お前!」

怪物は灰色の右腕、つまり最も強い攻撃手段を構えた。

「ぶっ壊してやるよ!」

怪物が突進し、右腕を突き出す。ブラックもその盾で、真っ向から受け止めた。

衝撃で、地面に亀裂が走り、一部は礫となって砕けていく。


一方、白い刃がまた一つ、怪物を塵に変える。

「あと三体」

空気の衝撃で、ブラックと特殊個体がぶつかり合ったのを感知している。だが、ホワイトは足を止めない。その瞳は次の敵を探す。

一秒でも早く、ブラックのところへ合流するため。彼の時間稼ぎを、少しでも早く切り上げさせるために。

別の怪物が迫る。ホワイトも駆け出し、その怪物の爪を刀で弾いた。


激突後、右腕の怪物とブラックは互いに数歩後退した。

ブラックは腕が痺れるのを感じる。

だが、盾は無事。

まだ、守れる。

彼は再び走り出す。怪物もまた、右腕を構え直した。

愚直なまでに先程と同じ動きで、腕と盾とはまたぶつかり合った。


「あと二体……」

ホワイトに疲労はなく、敵の攻撃もほとんど受けていない。

だが、彼女は感覚的に把握する。

「一度、戻らないと」

もうすぐ、能力強化が切れようとしている。そうなれば、通常の敵を相手にしているホワイトはともかく、強敵と戦うブラックにとっては致命的だ。

ホワイトは彼の元へと走る。


ブラックはまた、怪物との激突で弾かれていた。

怪物の攻撃力とブラックの防御力は現状では互角。だが、もうすぐ『シンクロ』が切れる。そうして、おそらくこの均衡は崩れ去る。

だから、藍色の瞳は、視界に白を探す。

その白は戦場でも曇り無く白で、すぐに見つけられた。

ホワイトが向かってくる。ブラックも彼女の方へ駆けようとしたが、視界の隅ではまた敵が動こうとしていた。

「ガハハハ!」

哄笑しながら、怪物が走り出した。

ホワイトの方がわずかに早くこちらへ来ると見越し、ブラックは動かずその場で盾を構え直す。

『シンクロ』が間に合わなければ自殺行為。だが、その可能性は考慮していない。その目は、ホワイトの白と瞳の深紅、怪物の錆びた色と右腕の灰色を、交互に捉えてはタイミングだけを測る。


「ブラック!」


そして、声が聞こえた瞬間に、盾が無い右手を出した。

握る感覚。握られる感触。

「シンクロ」

言わなくても同調は始まっていたが、癖で口に出してしまう。やはりまじないと同じだ。

漲る力を感じた直後、目の前で怪物が右腕を振りかぶった。

「俺の後ろに!」

ホワイトにそう叫ぶ。

彼女がブラックの陰に隠れ、そして盾と右腕は三度目の激突を果たす。


力と力の均衡の一瞬に、ブラックはわずかに、今までとの差異を感じた。

視覚的には何の異変もない。だが、感覚がいつもとわずかに違った。うまく言語化できないが、強いて言うなら、単なる盾でないような気がしたということだろうか。

いつもならば、盾を構える時は守りを考える。受け止めて無効化するイメージ。

だが、白い刀を持つホワイトが後ろにいることを考えたとき、彼女の属性である『攻撃』がイメージとして浮かんだ。

そして、『シンクロ』の時に力が流れ込んでくるようなあの感覚。

ブラックは今、『シンクロ』の意味を直感的に理解した。

『シンクロ』とは、彼らの力を混ぜ合わせること。分け合い、反応させること。

それは化学反応のようで、だが質量保存の法則もなく、合わされば倍以上になる。

そして、このことを感覚的に理解したこともまた、片割れが得意とする直感を得たからなのかもしれなかった。


全てを一瞬のうちに悟った後、ブラックの中でイメージが再度組み上がっていく。そして、その変化は現象として発現し始めていた。

黒の盾が、白い光を纏い始める。

いままでなら弾き合うはずの灰色の右腕と漆黒の盾は、しかし弾かれることなくさらに均衡状態を維持する。

だが、それは均衡状態ではなかった。盾が腕を食い破るための、『溜め』の時間だった。

白く光る盾が瞬間、眩く、燃えるように輝く。

その光と共に、怪物の腕は弾き返された。

「ぐあっ!」

突然かつてないほどの力で押し返された怪物は、宙に投げ出され、吹き飛び、遠方に落下。

ブラックはその場に立ったまま。怪物だけが一方的に吹き飛んでいた。


ブラックの陰に入っていたホワイトは、今起きたことを、彼女なりに理解していた。

「今の、敵の力を、そのまま乗せて返したみたいだった」

「そうなのか?」

「うん、私にはそう見えた」

ホワイトは頷く。いつものように、根拠もない確からしさで。

ブラックはまだよく分かっていない。だが、自分の中で変化があったことは確かだ。だから、ホワイトの言っていることも、理解できるような気がした。

気を取り直すように、ホワイトは刀を強く握った。

「あと二体、倒してくる」

「ああ、頼んだ」

言い交わして、ホワイトはまた通常個体の方へ。ブラックは前方で立ち上がろうとする敵を見ていた。

立ち上がった『右腕』の敵は、天を仰ぎ、そして吼えた。

「ガアアァァァァ!!」

その咆哮を聞いたブラックは一瞬、怒りを見せたのかと思った。

だが、すぐに違うことに気づく。

敵は笑っていたのだ。

そして、そのぎらついた眼でブラックを見る。

「いい、いいぞ!まさか、俺がここまでやられるなんてなあ!」

右腕を見せつけるように持ち上げていた。

その灰色の右腕は、焼けるように蒸気を上げていた。ブラックは怪物の体の性質など知らないが、蒸気を上げているのはダメージを表しているのだとは、何となく分かった。

怪物は喜びを孕んだ声で言う。

「こんな風に戦えるなんてなあ、わざわざ『こっち』に出てきた甲斐があったな」

「……『こっち』って、お前らはどこから来たんだ?」

そう訊ねられても、怪物はつまらなそうに言った。

「あっちから来たんだよ」

「そういえば、お前は現れた時、『ミギウデ』とか言っていた。あれは、その灰色の右腕のことか?」

これに対しても怪物はさほど興味なさそうに答える。

「そうとも言えるが厳密には違うな。お前らの認識なら、俺は『ミギウデ』ということになる、それはまあ名前みたいなもんだ」

確かに、人語を解するほどの怪物ならば、名前などの高次の概念を理解していることはおかしくない。だが、謎は深まるばかり。

「お前達は、一体………」

「ごちゃごちゃうるせえな。そういうのは、お喋りが得意な奴にでも聞いてくれ。俺は今、戦って、ぶっ潰したいんだ!」

そう言って、また臨戦態勢を取る。

ブラックも構え直し、走り出す。

『ミギウデ』が名前だと言った怪物もまた、地を蹴った。

距離が一気に詰まる。


「あと一体……」


目の前で今斬った怪物が塵に変わるのを見ながら、ホワイトは呟いた。

片付けるべき通常個体の敵はラスト一体。

ホワイトは跳躍した。

敵が爪を構えるが、その錆び色の体目掛けて、刀の切っ先を下に向けて落下。重力に引かれ、重さを加算して怪物に突き立てる。白い光が怪物を貫く。断末魔の叫びと共に消え去るのも見届けずに、ホワイトはすぐにブラックのもとへと走り出す。


ブラックの盾と怪物の右腕がぶつかった。

だが、盾はただ防ぐだけで、等分に衝撃は伝播し、互いに弾き飛ばされる。

「……そうか」

あのカウンターは、おそらく『攻撃』と『防御』を合わせて具現化したもの。

つまり、『ツインズ』が揃わなければ発動しない。

体勢を立て直すブラック、そこへホワイトが合流した。

「大丈夫か?」

「全部倒した、ダメージも平気。そっちはどう?」

「ああ、問題ない」

二体は並んで立つ。

怪物が右肩を回しているのが見える。

「おお、二人、揃ったみたいだな」

その声はどこか楽しそうで。戦いが、この怪物にとっての全てなのだとブラックは推察する。

「……さっきのやつ、俺一人では使えなかった」

「一人じゃ使えない?」

不思議そうな声でホワイトは聞き返したが、直後に納得したようで。

「ああ、なるほど」

合点したとばかりに呟く。

「何か分かるか?」

「うん。使えない理由が、何となく分かる」

そして、彼女は告げる。

「結局、君と私は二人で戦わなきゃいけないってことだよ」


怪物が戦意を迸らせて叫ぶ。

「ウオォォォ!!」

突進。灰色の右腕が光る。

それを見てホワイトが言う。

「今までで、たぶん一番強いのが来る」

「ああ、了解だ」

ブラックは盾を構え直し、空いている右手をホワイトの方へ差し出した。

「全部、そのまま返してやろう」

その言葉にホワイトは頷き、左手でブラックの右手を握った。

「シンクロ」

二人の声が重なる。

そして、ブラックの黒の盾に、ホワイトは白の刀を重ね合わせた。

盾に白い光が宿り、同時に、刀には黒い光が纏わりついた。

「ラアアアァ!!」

怪物が渾身の力で、右腕を振り抜く。その拳が、重なる盾と刀、その中心点目掛けて一直線に打ち出された。

灰色の腕に対して、黒と白の光が対抗する。

ホワイトとブラックは手を握ったまま。

そして、気づけば叫んでいた。

やはり声を重ねて。

「ハアアァァァァ!!」

均衡状態は数秒間続いた。

白と黒の光がさらに強くなり、そして勝敗が決する。

怪物の灰色の腕が、限界点を超えたかのように、力を失い、塵に変わっていく。右腕が消えていき、そして消失は全身に広がる。

「俺の負けか……まあ、これも悪くない」

そう言った直後、怪物は消え去った。

「倒した……」

「やったな……」

ツインズの二人もその場に崩れ落ちるように膝を着く。



それから二人は人目につかない場所まで何とか歩いて、それから変身を解いた。疲労は凄まじい。だが、そこでカイはあることを思い出す。

「カバン忘れてきた……」

変身直前に、カバンを置いたことをすっかり忘れていた。

取りに戻るべく、カイは歩き出した。ソラもそれについていく。

ようやくカイ達が先程までの戦場に戻ると、今はもう、人が多く集まり始めていた。多くは野次馬の一般人、それにマスコミや警察。改めて、怪物の出現がいかに大きな騒ぎであるかということをカイは実感する。

人混みを掻き分けながら、カイは自分のカバンが歩道の片隅にあることを発見、拾い上げる。既に何人かが踏みつけてしまったらしく、カバンは少し歪んで、足跡がついていた。

「ああ………まあ、しょうがないか」

カバンの砂ぼこりを払う。。

一方、ソラは周りの人々を眺めていた。

「すごい人の数……」

カイが苦笑する。

「まあ、あれだけ暴れれば、そりゃ騒ぎにはなるだろうな」

それから、カイはげんなりした表情を作った。

「にしても……これから学校とはな」

今日は普通の登校日。朝から事件があったことには違いないが、怪物が現れた場所はチャリオン学園からは遠く、学園は通常通りだろう。

「あそこに君と同じ制服の人いるし、まだ間に合うんじゃない?」

人混みの中の学生の姿に指を向けながら、ソラが言う。

幸いというべきか、走ればまだ間に合うかもしれないという時間だった。

「そうだな、何とか間に合いそうだ」

少し渋々といった顔でカイは言う。ただ、間に合うかどうかよりも、これから学校で一日過ごす体力が残っているかの方が問題だ。

「じゃあ、俺は行くよ」

「うん」

「君は?」

「私も、帰ろうかな」

「そうか」

彼女の『帰る』が『不自然に消える』と同義語だが、今はわざわざ言及することはしない。その代わりに、カイは訊ねた。

「放課後、会えないか?」

「どうして?」

「ここ数日で、事故のことを少し調べてみた。だから、そのことを話したい」

「そう言えば、私も少し分かったことがある」

「じゃあ、放課後いいか?」

「分かった、また校門で待ってるよ」

「ああ……」

頷いてから、前にそうやって校門で待ち合わせた時に、学校で噂になったことを思い出した。だが、カイは少し笑っただけで何も言わない。ソラはその表情に気づいて、少し眉をひそめる。

「何?」

「いや……問題ない、じゃあ放課後」

そう言って、カイは少し早足で歩き出す。

振り向くことはしない。彼女はもう、消えているかもしれないから。それを見るのは、分かっていても、やはり少しだけ寂しい気がした。

逆に、彼女が放課後待っていると分かっていれば、それはきっと嬉しいことだ。

放課後に校門で待っている。

その約束が、彼女が未来に存在しているという保証になるのなら、それは嬉しい。




結局、授業には数分遅刻した。しかし、さすがに他にも遅刻した生徒がおり、ペナルティは何もなかった。

そして、カイは授業中ただひたすら眠っていた。学校生活の半分くらいを睡眠時間として消費したはずだ。疲労は少し取れた。

放課後、彼はすぐに校門に向かう。そして、校門が見える位置まで来て、すぐにカイは苦笑する。

やはり、制服を着ていないソラはそれだけで目立つ。

声をかけようとしたら、向こうもカイに気づいたらしく、手を振った。

合流し、すぐに並んで歩く。やはり周りの目が少し痛い。また明日、多少の噂のタネにされそうな気がする。振り切るように、カイはわずかに足を速めて学校から離れようとする。ソラもそれについていくように歩幅を大きくした。

歩きながら、カイは話す。

「飛行機事故について、図書館で過去の新聞記事を調べてみたが、結論から言うなら、やっぱり君もあの飛行機に乗っていたんだと思う」

「そこから疑ってたの?」

「当然」

「私は記憶があるのに」

少し不満そうにソラは言った。

「でも、君の記憶には何かが欠けているだろ?」

「……それは認めるけど」

「で………言いたくはないけど、おそらく君の両親はその事故で亡くなっている」

「やっぱり……」

彼女の返答は、特別暗くはない声音だった。

「暗い話題で悪いんだけど」

「ううん、別にいいよ……何ていうか、実感がないし。結局のところ、私はまだ、状況が飲み込めてないから、あの事故の後に私がどうなったのか、そのことも全部、他人事のように感じてしまうんだと思う」

「そうか」

「そういえば……前回君と別れた以降の記憶なんだけど」

「どうだった?」

「やっぱり、すっぽり抜けてる感じがするかな。記憶は前に君と別れたところで一度途切れていて、次は今朝、君に会うところから始まってる」

「そうか……」

やはり、彼女の記憶は、かなり特殊に欠落している。あるいは、意識がない状態が続いているのかもしれない。

「こっちも事故後に生還者がどうなったか調べてみたけど、ほとんどのメディアで、生還者は俺だけだったように伝えていた。君のことはたまに存在についてだけ言及されているくらいで、詳しい情報は無い」

そう言って、カイは眉根を寄せて渋い表情になる

「………結局、怪物のことも、俺達の『ツインズ』の力もよく分かんないしなあ……」

カイは今朝、『ミギウデ』と名乗っていた怪物との会話を思い出す。あの会話からも、自分達が知らないことが隠されているような印象を受けた。

ツインズ、怪物、飛行機事故、ソラの不自然な記憶。

自分達を取り巻く謎は繋がっているのかもしれないが、その繋がりはカイ達にはまるで見えない。

そこでふと、事の始まりを思い出した。

「……なあ、ソラ」

「何?」

「初めて君と会った時、君はどうやって俺を見つけた?」

この質問に対して、彼女は考え込む動作すら無く答える。

「さあ、分からない」

「即答かよ……」

「でも、良かったとは思ってるよ」

「何が?」

「君に出会えて、一緒に戦えて」

「……そりゃどうも」


しばらく黙って歩いて、それからカイは口を開いた。

「なあ、今日もうちで晩御飯を食べていかないか?」

この前のように最初は断られるかもと思いながら提案したが、意外にもソラからはすんなりと返答が返ってくる。

「じゃあ、そうさせてもらおうかな」

「よし、じゃあ行こう」

こうして、二人の散歩に行き先が与えられた。


その日の夕食は再び賑やかな晩餐となった。二人にとっては勝利の祝宴でもあった。

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