第2話 おじさんは妖精さんだよ
この家は、私が師匠のもとに弟子入りした日、国から支給された。普通に住宅ローンを組んだら全額返済し終わるのに40年ぐらいかかりそうなファミリータイプの一軒家である。私はひとり暮らしだから結構広く感じる。
「はあ~。今日も怒られ疲れちゃったなあ。ただいま~」
誰もいないはずの自宅のドアを開けたら、
「おかえり~」
黄色い全身タイツのおじさんが私を出迎えた。んんん? この妖精さんって? 近づいてまじまじと観察してみた。小さな焦げ茶色のベレー帽をかぶっているが、この帽子の感じは見覚えがあるぞ。
「あなた、師匠のところにいたカステラの妖精さんだよね?」
「あ、わかっちゃったー? 正解! そう、きみの師匠のとこの妖精さんだよ」
「なんでうちにいるの?」
「んー、何て言うの? 俺ってカステラの妖精だから、つまりカステラじゃん? カステラって、みんなを笑顔にする、あったかい、幸せの塊みたいなもんじゃん? だから、あんま怒る人って苦手っていうか、まあ、ギスギスしてるのホント勘弁って感じなわけ」
「師匠は最近……というか私が弟子入りしてからずっと怒ってばっかりだから……」
かれこれ半年ほど、師匠は叱りっぱなしである。
「そう、それ。だから、もう限界って感じで、とうとう家出してきちゃった~」
そう言って、妖精さんはてへっ! て舌を出した。
「家出かあ。いいのかな、妖精さんがいなくて師匠が困ったことにならないかな?」
妖精さんがいなくなったために、明日からカステラが焼けなくなっちゃったりして?
「あー、ぜんぜん平気よ、もうほんと全っ然平気だから安心して。おじさんは何の害もないけど、何の役にも立たない妖精だからね。いなくなってもオッケーなんでーす」
「そうなんだー。え、じゃあ、カステラの妖精って……何なの?」
いても、いなくても、特に何も変わらない存在とは。
すると、妖精さんは音もなくすっと消えた。まるで魔法みたいに。というか魔法なんだろうけど。もしかして傷ついたのかな?
「存在意義にかかわるナイーブな質問しちゃってごめんね!」
私はその辺に向かって適当に声をかけた。見えないけど、その辺にいると思う。
「というわけで、今日からキミの家に住ませてもらいまーす」
天井のあたりから、そう聞こえてきた。
黄色い全身タイツのおじさんと同居するとか嫌だなあ。
「はあ~ん。美味しいカステラ食べたーい」
妖精さんのひとり言かな?
「私も~」
と返事してみた。
「ね~」
からの沈黙。
あ、私にカステラ焼いてくれとは言わないんだね、そっかそっか。この妖精さんは師匠のところにいたから私の腕前を知ってるもんね~。そりゃ私のカステラを食べたいとは言わないよね。
……うちから出ていってもらっていいかな?
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