賢者 初デートをするが……

 私は洗面所の前で自分の顔を見ていると、顔の細かいところまでくっきり見えている事に気が付いた。昨日の帰りもちょっと目がぼやけるなと思っていたけどどうやら眼鏡のせいだったみたいだ。回復魔法で目が良くなってしまったのだろうか?だとするととんでもない回復力だ。


 私が準備をしていると、ママが後ろから私をじっと観察していた。


「ママ、どうしたの?」

「琴ちゃん……わたし、やるわ」

「え? なにを……」


 ママが物凄い勢いで私を仕立て上げて行く。私がやるよりはるかに綺麗になるなぁ……メイクが終わると私のクローゼットまで私を引っ張って着せ替え人形状態になってしまった。


「これは地味すぎかしら、これとこれを組み合わせれば……ごめんね琴ちゃん、こんなに早く上手く行くと思って無くて、今度一緒に買い物にいきましょうね」

「え?」


 さすがママ……なんか色々もうバレている感じだ。前もママが色々やってくれたおかげで羽雪くんに褒められたんだっけ……


 私はママのセットアップが終わるといつも通りに自転車で駅前のショッピングモールに向かう。なんかソワソワした気分になるが、これが恋と言うものなのだろうか?そう言えば前世でも二人でお祭りとか行った時は楽しかったな……あちらでは極端に娯楽が無いからお祭りをみんなが楽しみにしていた。あちらの世界と比べるとこの世界は毎日が何かしらのイベントが起きていいて、さながら毎日がお祭り状態だ。そんな事を考えていると駅前のショッピングモールに着く。自転車を停めて駅前のベンチに腰を掛けて羽雪くんが来るのを待つ。なんかいいな、こう言う時間……


 しばらくすると羽雪くんが自転車を停めてこちらにやってくる。いつも通りにお互い手を振って挨拶をする。あれ?なんか羽雪くんがオシャレな感じになってる?


「あれ?いつもと違う感じ?」

「あー、これ妹コーデだ」

「妹さんいたのね。仲いいんだ」

「小憎たらしい時もあるけど優しいな」

「ふふっ」


 軽口をたたいているけど、仲が良いんだろうなぁ……お兄さんのコーデなんて普通しないものね。


「与謝峰さんも似合ってるよ」

「ん、ありがと」

「眼鏡どうしたの?」

「あ、羽雪君のおかげで視力も回復しちゃったみたいで……」

「え、そっちも回復するのか」

「そうみたいね、あっちじゃ視力悪い人いなかったもんね」

「確かに……それじゃ行こうか?」

「うん」


 相変わらずナチュラルに褒めてくれて嬉しいな……私のはママのおかげだけどね。今度からは自分でやれるようにならないとなぁ。こういう事も練習しないとな。


 私たちはショッピングモール内にある映画館に映画を見に行く。この前海君達が見たものらしく、見に行きたかったらしい。突然力に目覚めたヒーローもので、なんか現在の羽雪くんと被る場所があって面白かった。でも映画の主人公は結局人のために力を使っていたけど、かなり自主的に使ってるから本音は目立ちたかったのかなぁ……とかいろいろ考えてしまった。

 ひとしきり映画を楽しんだら近くのファミレスでご飯をたべながら映画の感想を言い合う。羽雪くんのセンスが面白くて突っ込みどころとか多くて話が盛り上がった。前世と比べてしまうのもあれだけど、魂って転生しても似てしまうのね。節々でレビィと同じような反応をしたり、言い回しが似ていたり。レビィがこの世にいたらこんな感じになったのかと思ったりもした。


 それから二人で買い物をしようとファミレスを出ると……


 え?この感覚は???


 私は妙な魔力を感じた方向を見てみる。人混みにまみれた中に生物ではない異物が紛れ込んでいる。あれは……人型のガーディアン?前世の世界にあった自立駆動人型ゴーレムだ!魔力を使って自分の形状を変えたり魔道砲を撃てたりと機能てんこ盛りのやつだ……私を追ってきたのか?私が手伝ったモデルに近いが、かなりカスタムされている様にも見える。どの勢力の所属だろうか?かなり遠くでもくっきり見える……わたしの視力が回復してくれていて大変ありがたかったが、現在のところ敵味方不明だ……転移陣を使ってきたのか?どうやって?


 私の視線の先に気が付いたのか羽雪くんが私に尋ねてくる。


「あれ、なんだ?」

「……ガーディアンなの?それともあちらサイドのモノ?」

「……向こうの世界のやつか?」

「……う、うん、おそらく、こっちに転送出来たの?出来なくはないか……」

「俺はどうすればいい?」


 私は及び腰になり、少しずつ後ずさりをする。時間が欲しい、だがおそらく私の抹殺なり浄化するなり、もしくは他の目的があったとしてもここではまずい。人目が多過ぎるし戦闘になったら只じゃすまない。


「ここではダメ……人気の無いところに、いこう……敵か味方かわからない……」

「わかった、荒事になりそうかぁ……」


 私は振り返って自転車置き場の方に走り出す。羽雪くんが私の後ろを気にしながらついてくる。ガーディアンはゆっくり歩いている様で、こちらを発見したからと言って急には接近してこなかった。追ってくる気配を感じながら私たちは自転車に乗り走り出す。


「どこに向かう?」

「廃工場しかないかなっ?」


 私は非常事態だと思ったので足に魔力をこめて自転車こぎ始めた。原付くらいのスピードで走ってみるが、こういう時は電動アシスト付き自電車の速度制限のおかげでただの重い自転車になってしまっている。ショッピングモールを出たガーディアンはこちらを確認すると、物凄い勢いで私たちに向かって走って迫って来た。


「凄いスピードだっ!自転車と同じ速度って」

「くっ……私のスピードじゃだめだね……羽雪くん、ゴメン、先に行ってるね!」


 私はそう言うと、自転車を停め、ガーディアンから見えない位置に隠れバッグから携帯式魔法陣を地面に敷き呪文を唱えながら魔力を込める。陣は上手く発動し一瞬にして廃工場で仕掛けた魔法陣の元へと私を瞬間移動させる。




 予想通り私の周りに邪神の残滓が発生する。予想以上の量だが今は気にしている場合ではないか……私がいない状態だったら羽雪くんのスピードだったらおそらくここまで到達出来るだろう。私はその間に対策を考えなければいけない。


 と、その時私の周りに、私を囲うように赤黒い魔法陣が3つ展開する。


「え?」


 思わず私は声を出して驚いてしまう。これはどう見ても前世でよく見た。邪神サイドが使っていた魔法陣。これは、転移魔法陣?あちらからは生物が送れないはずなのに?


 魔法陣からは私が見た事もない機会の生物。おそらくゴーレム……私たちの作ったゴーレムの原型を武骨にした感じのものが現れた。魔力ももっているのね……今の私ではなんとか出来る感じではないな……




 そんな事を考えていると突然そのゴーレム、いや空間が話し始めた。


『クックック、見つけたぞ?久しぶりだな。センクラッドの娘よ』

『……誰?』


 私は全速力で3体のゴーレムから離れる。おそらく距離的には5分あれば羽雪くんが到着出来るだろう。5分稼げばいいのだ。先ほど出会ったゴーレムとタイプが全く違うのは気になるな……


『いや~全く、良く魔力も使わずにこれだけの年月を耐えきったものだよ。調べても調べても全く引っかかってくれなくてさすがに困ったぞ』

『……邪神……ソベーレ……』

『クックック、正解。邪神とはひどいじゃないか、私は欲望に忠実なだけの神だぞ。邪神ではない。』


 私はこの廃工場を知り尽くしていたので、とりあえず逃げやすいポイントにゆっくりと移動する。あと4分くらいか……なるべく話を引き延ばさないと……


『……なんの御用でしょうか?神様……』

『クックック、おまえにも分かり切った事だろう?貸してたものを返してもらうとしてるだけだ』

『……借りていたものなど……無いかと思いますけどね……』

『クックック、お前の先祖に貸しててね、お前は知らない……いや、知ってるだろう?賢者セレオース様よ?』


 うーん、色々バレている……邪神の残滓……これは呪いだと思っていたが、邪神の力を貸し付けた感じなのか……どうりで魔王化した父は恐ろしいほど強かったわけだ……


『……これは呪い……ではなかったの?』

『クックック、何を言っているんだ、それは俺様の力だ。お前の先祖がどうしてもと言うから貸してやったんだ。使うと気持ちいいぞ、欲望のまま暴れまわれるぞ!その力で望むものをなんでも支配出来るそ!』

『……この世界ではそんな力は必要がないわ……』

『クックック、確かになぁ……確かにそちらでは必要がなさそうだ。世界に魔力が満ち溢れている感じもしないし、精霊も見えないなぁ』


 3体のゴーレムがじりじりと私との距離を詰めてくる。うーん困ったな、捕まえる気が満々……いや、殺そうとしてる感じかな……


『あら?住むととてもいい所だわ、殺伐とした殺し合いもないし、騙し合いもないしね』

『クックック、そうかな?そちらの神の話だと大量に人が死んでいるそうじゃないか、死に過ぎているから魔力で世界を満たす必要もないという話だぞ』

『……確かに、人口はそちらと比べ物にならないくらい多いわね。……』


 思わず、私は論破されそうになってしまった。この世界に来た時には人の多さにびっくりしたのを思い出していた。魂の量と魔力の量って関係あるのかな?いや、今はそんな事考えている場合じゃなかった。


『……ん、おかしいな?おかしいぞ?』

『……なにがおかしいの?』

『お前、しゃべり過ぎだろ。それ時間稼ぎじゃね?』

『……』

『行け!俺様の作った機械人形!』


 じりじりと寄ってきたゴーレムたちが前傾姿勢になって私に一斉に突撃してくる。私は意識加速を使いながら魔力の盾を斜めに展開し、ゴーレムたちをいなしながらポジショニングを変えて行く。魔力の盾がかなりダメージ食らっているな……かなりの魔力があるのかな?そんな感じでしばらく3体の隙間を練って移動しながら、どうしようもない時に魔力の盾を展開しいなしていく事を繰り返していった。スピードが速すぎて時間の感覚が分からなくなってきた……


『クックック、じり貧だなぁ、だが諦めないところを見るとやっぱり何かありそうだな……1番ゴーレムはそのまま、2番3番砲撃開始!』

『え?』


 ゴーレムが一体私にひたすら突撃してくる間に、後ろの2体のゴーレムの頭?口?に魔力が膨れ上がっていくのがわかる。魔力砲か?


『クックック、お前らが良くやってくる手段だよ、躱してみな!』


 口が光ったと思ったら私の方にゴーレムの砲撃が炸裂する。前衛のゴーレムもろともか!私は魔力の盾を過剰に前に展開する。


 ドォーーン!


 とてつもない爆音が響く。魔力の盾は崩壊寸前。廃工場の壁などが盛大に破壊される。巻き込まれたゴーレムもそこまでダメージが無い。ダメだな、このままだと殺される……


『クックック、おお!すごいすごい!よく耐えきった、第二射砲撃開始!威力上げろよ!』


 また2体のゴーレムの口にさらに魔力が溜まっていく。逆算すると同じように避けたら次の次でアウトになるな……私は魔力の盾を前衛ゴーレムにぶつけて動きを一瞬止めた隙に、後衛のゴーレムの中間地点に立つ。魔力砲を撃つタイミングで身体能力を強化して離脱しつつ魔力の盾で自分をカバーした。前衛ゴーレムもラッキーな事に2体の魔力砲に巻き込まれた!


 ズドォーーン!


 後ろの2体が魔力砲で同士討ちする形になり2体とも激しく吹っ飛ぶ。何とかうまく行った様だ。後ろの二体の動きが停止する。前衛ゴーレムも完全直撃はしなかったか……まだまだ元気ね……


 私は自分の体にも結構な傷や火傷を負ったのを確認する。ママが選んでくれた服もボロボロだね……


『……おまえやっぱりすごいな、さすが先代の魔王を倒しただけのあるな。おい、ゴーレムども起きろ!まだまだ遊ぶぞ!』


 停止したと思っていたゴーレム2体がぎこちなく動き出す。

 しまったな……ちょっと持たないかもな……




 その時、私は上空に魔力の大きな塊が急接近してくるのに気がついた。


 ゴーレム達も探知したらしそちらを振り向いた瞬間、高速で飛んで来た羽雪くんが魔力を纏ったままゴーレムにキックする感じで粉砕して着地する。爆散すると同時にゴーレムからも黒いモヤが発生し光となって霧散する。


「羽雪くん!」


 私は思わず顔がほころんでしまう。何てタイミングで来てくれるんだ!


「与謝峯さん!大丈夫か!」

『クックック、ナイトのお出ましか?お前か死ねば全て終わるんだかなぁ?』

『だまれ!』


 羽雪くんが何言ってるのかわからないって表情をしているが、私がピンチなのだけは分かったみたいで、一番近くにいたゴーレムにかなりの魔力を溜めた状態で殴り掛かる。


「うぉりゃ!」


 ゴーレムはヒョイっとかわしてしまう。ああ、そんな単純な攻撃じゃ当たらないよ……と私は心の中で突っ込んでしまう。記憶はまだ戻り切っていないのか……


『クックック、さっきは不意打食らっただけだからな、俺の作ったゴーレムはそう簡単にやられないぞ』


 ドォン!


 ゴーレムの上に着地したガーディアンが一体のゴーレムを爆散させる。そちらからは黒いモヤが出るが霧散しない。


『ゲッ!あの時送ってだガーディアンか!追加のゴーレム必要か?』


 どういう事?私は状況についていけなくて混乱してしまう。ガーディアンと羽雪くんが同盟を組んだ?仲間になったのか?だとすると女神の勢力の追手なのか?


「レビィ!セレスの浄化を優先させてください」

「浄化ならもう試してる!」


 羽雪くんはそう言いながら残りのゴーレムを蹴りで吹き飛ばす。ゴーレムが吹き飛びながら黒い靄が光となって霧散していく。どうやら羽雪くんの魔力に浄化の力が備わっているのか……


『チッ、思った以上のパワーだな、イーヴァ!残りのゴーレム追加転送だ』

「羽雪くん!ゴーレム追加で送って来るって!」

「くそッ、マジか?」


 ガーディアンは内蔵しているスキャンシステムを羽雪くんに照射した後、羽雪くんに問いかける。


「レビィ、女神の力がまだあなたの身体の中にある様です、女神に教えられた通りにやったのですか?」


 え?どう言う事?女神の力?羽雪くんは女神様に送られてきたの?


「女神?すまないが記憶が無い!やり方を教えてくれ!」

「……レビィに別れ際教えたと、女神から伝えられています」

「え?……思い出せないんだけど」


 記憶はまだ戻って無いの?なにこれ?状況についていけない……なんで羽雪くんとガーディアンは一緒に戦ってるの?


「……相変わらず天然……仕方がありません。対邪神用武器の生成を開始します。……完了」


 ガーディアンが首の付け根に手を突っ込み対邪神用の剣を首から取り出す。


 ああ、それは女神の力をまとった、邪なるものを滅する剣……その力を使えば邪神の力を滅ぼせる。私の父、魔王にしたように……


 私は、私の終わりが近づいているのを感じた。




「ある程度の邪神の残滓を滅する事が出来るはずです。コレより私は機能低下致しますのでレビィ、後はよろしくお願いします」


 ガーディアンは剣を羽雪くんに投げ渡す。羽雪くんはやや慌てた様に剣を受け止める。剣を投げた後ガーディアンはチャージのため座り込んでしまう。


「後はよろしくって……あ、ぐあっ!」


 羽雪くんが剣を握ると激しい頭痛が起きたのか、頭を抱えて苦痛に耐える表情をする。

 あれは記憶を思い出している羽雪くんの顔だ。あの剣がトリガーになって記憶をとりもどしているのだろうか?


 その時、邪神の増援が届いた様で、辺りに大量の赤黒い魔法陣が出現する。魔力規模が非常に高い。先ほどと同等のゴーレムが数十体届く感じだ……


 羽雪くんが複雑そうな顔をして私を振り返る。私は羽雪くんと目が合ったら思わず体びくっと反応してしまった。これは恐怖だ。ああ、そうか、やはり思い出しているのか……


 私は体に力が入らなくなってしまい、へたり込んで座ってしまった。

 

 私を見て羽雪くんの顔が、今まで見た事もない様な怒りの表情に変わっていった。



 私の命……


 私の魂……


 私の人生……


 私の家族……ここまでか……

 


 魔法陣から邪神の残滓を纏ったゴーレムが複数体出現しだす。羽雪くんは全身に魔力を纏わせ突撃する。剣に炎を纏わせゴーレムに風の魔法を当ててバランスを崩させた瞬間に切り裂く。あの動きはレビィそのもの……なんて美しい動きなんだろう。私は他人事の様に羽雪くん、レビィの動きに魅入られた。


 羽雪くんは剣に炎を纏わせた状態で風魔法を重ね掛ける。すると風に煽られた炎の威力が見るからに倍加する。そのままゴーレムのまとまったところに射出し、炎の竜巻を放つ。


 ゴオォッ!


 かなりの轟音と共にゴーレムを薙いで焼き払う。炎の竜巻は大半のゴーレムの戦闘能力を奪ったようだ、まだ無傷のものや半壊したものもいる。羽雪くんは残りのゴーレムを各個撃破していく。


『ウゲッ、なんであの魔法剣士君が居るんだよ!聞いてねぇよ!クックック』


 羽雪くんはびくっと言葉に反応をしながら最後のゴーレムのコアに剣を突き刺しトドメを刺す。目の奥に怒りを宿している様に見えた。


『クックック、面白くなってきたなあ?次はどうする?』


 破壊したゴーレム達が一つの場所にまとまり始める。あれ?私の体から魔力が……邪神の残滓があふれ出してくる!い、痛い!!ものすごく痛い!苦しい!!!


「キャァーッ!」


 私は思わず悲鳴を上げる。邪神の残滓がゴーレムの方に流れ込んでいく。

 痛い……なんだこれは……

 羽雪くんが何事かと振り返って私の状況を確認する。


『ハッハッ、俺の半身がそっちにあるんだ楽しませてくれよ!』

「あ、ああっ!くぅっ!!」


 更に邪神の残滓がゴーレムの方に流れて行く、私は痛みで気が遠くなりそうだった。


 羽雪くんはとんでもない量の魔力を全身に纏う。あのゴーレム達すべてを吹き飛ばすつもりだろうか?。

 ああ、あの技は……レビィがどうしようもないピンチの時に使う技だ……風と氷で雷の力を極大まで高める斬撃……


 ズドォーン!


 轟雷と言っていいほどの凄まじい音と共にゴーレムが爆散する。羽雪くんも派手に吹っ飛ぶ。服がボロボロになって身体にひどいダメージを負っている様に見える。


「あぁ、そう言う事だったのか……」


 羽雪くんはなにかを確かめるかのようにつぶやいた……


「レビィ、至急浄化をする事を提言します。邪神の影響が消えていない模様です」

『クソッ、なんも見えねぇどうなってやがる?』


 遠くで邪神の声が聞こえる……


「あぁ、わかってる」


 羽雪くんはは剣を片手に持ち替えてから振り向いて私の方に歩いてくる。



 ……私の最後……

 

 あなたならいいわ……私の愛した人……今も私が愛する人。



 羽雪くんは私に近づくと手を取り立ち上がらせた。羽雪くんは女神様と仲間達に託された使命を果たさねばならない。


「セレス……」


「その様子だと、全てを思い出したみたいね……」


 私は悲しみに包まれながら羽雪くんに問いかけた。思わず羽雪くんの右手に握られた対邪神用の剣をチラッと見てしまった。


 私の心が恐怖で固まる……ああ……ここで最後かぁ……もっと色々やりたかったなぁ……



「ああ」



「私、失敗したの。転生してしまえば邪神の残滓が消えるかと思ったのに……」


「転生後に魔力を使わなければ邪神の残滓が出ない事に偶然気がついて……本当はすぐに死のうと思ったけど、この世界が楽しくて……家族も愛してくれた……愛してくれた家族を守ろうとした」


「あなたの記憶が戻らないまま邪神の残滓を浄化出来れば生きていける、私も幸せになれるって思って……」


 私は堪えきれなくなって泣きだしてしまう。こんなはずじゃ、最後は潔くって決めてたのに!ダメだ、私は生きていたい!皆と、家族と羽雪くんと生きていたい!嫌だ!こんな人生は嫌だ!!



 羽雪くん後ろに複数の邪神の気配を多数感じる。ああ、早く私を浄化しないと……羽雪くんまで死んでしまう……それはもっと嫌だ!



「レビィ!至急浄化を!危険です!迎撃するには総魔力量が足りません!」


「……覚悟は出来てる、今までありがとう……」


『クックック、やっと見えたぜ!』



 私は目を閉じて手を前で組んでクロスさせる。前世でのお祈りのポーズだ。


 ああ、これでみんなとお別れか……


 私は最後の涙を流してしまう……



 羽雪くんは私を左手で優しく抱きしめてくれた。最後の抱擁だろうか?それでも嬉しいものだ……


 ……


 あれ?なかなか痛みが来ないな……


 ……


 あの、怖いんですけど……


 ……


 出来るならスパッとお願いしたいんですけど……


 ……


 私がじれていると


 ……


 突然、羽雪くんは私を抱きしめたまま私の唇にキスをした。


 ……


 …………


 ……へ?



 羽雪くんがキスをした私の唇を中心に女神の力が放出される。辺りが神々しい光に包まれ光の柱が立つ。光の柱が周囲に広がっていき辺りを包み込み爆発仕方の様に四散する。


「??んむ!?」


 私は余りの事に驚きの声を上げる。羽雪くんの唇でふさがれで上手く声を出せない。


『ゲッ!なんだコリや!なにを……』


 遠くで邪神の声が聞こえる……


 私はあまりの驚きで目をパチクリと瞬かせる。思いっきり羽雪くんと目が合った。


 あれ?これってキスしてるの?あれ?キスをしながら周りを見ると、なんか色々と邪神の残滓やら嫌な気配が完全に消えていた。


 あれ?どうなってるのこれ?ああ……キスしてるのか。私。


 顔が真っ赤になっていく。なんかすごい恥ずかしい!私は羽雪くんを押して離れようとするが思った以上にがっちりと抱きしめられている気がしたので、そのまま目を閉じて抱き着きなおした。


「レビィ、セレスの体内の邪神の残滓の浄化を確認しました。邪神からは位置特定が不可能になったので追加のゴーレムはまず来ないでしょう」


 ガーディアンが空気を読まずに状況報告をして来る。もうちょい間を置いてくれればよいのにと思考が停止していたが……私は突然我に返って慌てて距離を取る。羽雪くんと目が合わせられない。多分お互い顔が真っ赤になっているだろう。


「レビィ、セレス、多数のこの世界の人間がこちらに向かっている様です。早めの離脱を推奨します」


 私たちは周りを改めて見回すと見慣れた廃工場が見るも無惨な状態になっていた。遠くの方からサイレンの音が聞こえてくる。これだけ破壊しつくせば物凄い音だったろうな……ちょっと冷静になったので羽雪くんの方を見ると目が合い、お互い頷き合いその場から逃げ出した。

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