賢者 お祓いをしてみる
私は家に帰ってから、いや、帰る途中から挙動不審な子になっていた。勢いで色々やってしまったがよくよく考えるとなんかえらい事をしてしまった。よく考えてみたら手をつないでたり抱き合ってしまったり……ああ、もう何を考えていいかわからなくなってしまった。
「琴ちゃん大丈夫?今日は家事は私がやるわ……」
「え?」
私はエプロンをしたまま窓の外を見て固まっていたようだ。ちょっと考え事にはまりすぎか?ええっと、なにするんだっけ?私はきょろきょろと周りを見回す。ママが仕事から帰ってきたのか?あれ、なんか時間がかなり遅くなってるな……
「姉ちゃん帰ってからずっとこんな感じなんだよ。ご飯まだー?」
「はいはい、作っちゃうからちょっと待ってて。琴ちゃんはとりあえず着替えなさい。あと顔を洗ってきなさい。凄い事になってるわよ」
「わたしてつだう!」
元気のよい妹の声を聴きながら慌てて洗面台まで行くと、確かにひどい状態になっていた。泣いて目が赤いし、鼻周りにも鼻水が渇いたような跡があるし、服もところどころ泥が飛び散っていた。とりあえず顔を洗って着替えてからリビングに戻る。夕ご飯を食べながらも記憶を整理しようとするが、恥ずかしい事をすぐに思い出してしまい顔が真っ赤になる。ああ、だめだ落ち着かない。どうしよう。
「なにがあったかわからないけど、お風呂と歯磨き終わったらすぐ部屋に入って寝なさい。落ち着いた方が良いと思うわ」
「……うん。わかった」
部屋に入っても全然寝られる気配が無い。思い出したら心臓がバクバクしたりするしどうすればいいんだろう?私が悶々としていると羽雪くんからメッセージが来た。急いでスマホを拾ってメッセージを見ると。
【ごめん、ちょっとつかれたので寝るね、おやすみ】
え~!ちょっと、この状態で寝ないで!メッセージを見たらまた恥ずかしい事を思い出して悶えてしまう。ああ、メッセージを送りたいけど寝ちゃってるんだろうな。魔力使うと疲れるもんなぁ……
落ち着かないと……ちょっと色々整理しないと……
「ふぅ……」
私は深呼吸をして少し落ち着こうと努力をした。ダメだったけど整理しないと明日が大変そうなので頑張って文章に書きながら色々とまとめてみた。
1・羽雪くんの浄化の力を使って私の邪神の呪いを除去する。私が魔法を使ってわざと出して逐一浄化していく。私が狂わない限り行けるかもしれない。
2・羽雪くんの記憶をそれなりに取り戻し、浄化の力を上げる。上げてから私の魂をターゲットにして浄化をしてもらう。
3・羽雪くんが記憶を完全に取り戻し使命を思い出す。この際には私は浄化……殺されてしまうか、それか何か別の方法で私を浄化する手段を持っている可能性もある。これは記憶を取り戻した状態じゃないと何が起きるかわからないから色々と覚悟が必要だな……
4・羽雪くんから逃げて、家族からも逃げて私はひっそりとどこかで暮らす。
4は論外だ。逃げ出すのはもう嫌だ、逃げても追ってくるし。耐えるのももう嫌。折角羽雪くんが、レビィが浄化の力を持って転生してきたのだ。私はその可能性に賭けたい。
ああ、私の運命は本当に羽雪くん次第だな……
羽雪くんも私の事を大切に思ってくれてるみたいだし……と思っただけで体中が熱くなる。ああ、だめだ。私はこんなに恋愛ボケするタイプだったのか?あれ?レビィって待って見守るタイプじゃなかったのか?生まれ変わったらこんなにも積極的になるの?本当に同じ魂なの?あれ?
そんな事を悶々と考えていると、さすがに日中疲れていたのか気が付いたら眠ってしまっていた。
翌日、目覚めが最悪だった。疲れていたのに早く寝れなかったからだな……私は重い体に鞭打つと、家族の支度やら何やらを気合でこなしてから家を出る。
いつも通りに出来ていいると思いきや、いざ教室に入ると身体が硬直して机にぶつかるわ、羽雪くんを見たら顔が真っ赤になってしまうわ、いつもやっている手を振る動作がカクカクするわ、筆入れの中身をぶちまけるわ、授業が頭に入らないので先生が何か言ってるのに気が付かないわでさんざんだった……
休み時間になると私の様子がおかしすぎて、心配になった鈴ちゃんに連行されてしまった。
「こっちゃんどうしたの?体調わるい?そうじゃないよね?」
「うん、体調はすごくいいんだけど、緊張しちゃって……私、こう言うの初めてで」
「……優斗がらみよね?」
一瞬で私の顔が赤くなるのがわかる。
「ですよねぇ……」
鈴ちゃんががっくりとした。
「優斗から告られちゃったとかか……」
「え?告白は……されたようなものなのかな?……頭がうまく働かなくて分からないの」
「……こっちゃん……恋愛耐性無かったのね……」
「……そうみたい……鈴ちゃん、わたしどうすればいいの?」
「よりによって私に助けを求めないで……私もどうしたら良いかわからないよ……」
鈴ちゃんは天を仰いだ。私はオロオロするだけだった。
平日は羽雪くんと行動する事は無いので大丈夫かと思ったが、直接目に入るだけで頭が悶々とするようになってしまった。よく恋愛をすると勉強とか仕事が手に着かなくなるとかいう物語が良くあるけど、まさしくその状態に私がなってしまうとは思わなかった。スマホでやり取りをする上ではそこまで緊張しないのだけれども、直接目で見たり会うと言うのは緊張してしまうものなのね。
そんな感じでなんとか土曜日を迎え、いつもの廃工場に行く前にコンビニで落ち合う。
開口一番私は恥ずかしさを隠すために抗議をした。
「私ばっかり意識してるみたいでずるいと思うの!」
「?なんでだい?」
「なんでって、その、俺はいつも通り!って感じが……私はこんなに……なのに」
「すまないが、大分前から俺は色々とおかしいぞ?」
「……え?」
「週末に女の子と会おうとするとか、女の子が病気だから様子を見に行ったりとか、女の子が愛しくて抱きしめたりとか、以前の俺と比べると大胆な行動すぎて自分でもビックリしているんだけど」
私の顔が真っ赤になって行くのがわかる。それって、つまり、だいぶ前からって事じゃない!
「い、行くわ!」
私は羽雪くんから逃げる様に自転車を全力で漕いで廃工場に向かう。羽雪くんは余裕で私についてくる。むぅ、魔力ずるい……
いつもの廃工場についた私たちは各々準備を始める。
「やっぱり、ちょっと……落ち着く時間を希望します」
私はとりあえず深呼吸をしてこの高ぶった心を落ち着かせる。ちょっと落ち着いてきたら持ってきたバッグから魔法陣を書いた紙を取り出す。
「あれ?それって……」
「そう、魔法陣」
「俺がいない時にやっちゃダメって言っただろ?」
「大丈夫、これ、3歳くらいの時に描いたやつだから」
私は改めて自分の描いた魔法陣を見返す。
「流石に細かいところは忘れてしまうだろうな……と思って小さいながら必死に書いたの、あ、すまないけど、コレに武器強化の要領で魔力を流してくれる?」
私は羽雪くんにチョークを渡す。羽雪くんが良くわかっていない感じだけど魔力を込めてみてくれる。
「あ、もう少し強めて……あ、それくらいでストップ」
魔力を通したチョークを受け取り、私はコンクリの地面に紙を見ながら魔法陣をかきはじめる。懐かしい、よくこれ書いてたなぁ~私はウキウキし始めてしまう。
「どう?私に黒いモヤでてる?」
「大丈夫そうだね」
大丈夫そうなので直径2mほどの魔法陣を書き上げる。全部描き終えて一通りチェックをすると、辺りを見回し少し離れた場所に似た感じで魔法陣を書く。これで短い範囲だけど転移魔法陣のテストが出来る。転移出来ると色々便利だものね。
「なんの魔法陣?」
「空間転移ってやつね。コレが出来ると空間系の色々な魔法が使えるかも」
「あれ?この世界で使えるの?」
「こうやって住所、空間座標、方向、ものの大きさなどを指定して文字に起こして魔力を流すとやっと使えるの、魔法陣無しだと絶対に無理だね。漫画みたいに何もなしで空間移動は難しいよ。念じてヒュン!って瞬間移動とかね」
「そう言うものなのか」
「それじゃ、私が魔力を使うね、ドキドキしてきた……」
「もっと簡単なもので試すと思ってたよ」
「……本当は魔法使ってみたかったの。15年も待ったんだから……折角だから一番試したい事をと……」
「わかった。それじゃ遠慮なくやってくれ」
ああ、羽雪くん話をわかってくれて嬉しいな。私は頷いた後、前世での呪文を唱えてみる。この辺は前世の言葉で唱えてみる。私の魂から魔力が高まってくると魔法陣の方が淡く光り出してくる。それと同時に私のお腹の辺りから邪神の残滓がかなり吹き出してくる。
私はそれに気が付きつつも詠唱を止めず最後まで唱え切った。魔法陣の線が光り出した後に線の色が白から赤い色に変わる。
「うん、出てるね黒いモヤ、それじゃぁ、お願い」
「では遠慮なく行くよ」
「えっ?」
羽雪くんが私を優しく抱きしめて魔力を込め始める。あれ?あれ???何も抱きしめなくてもいいんじゃないのかな?そんな事を考えていると、私には例の如く全身に電気を走らせるような痛みが走った。
「くっ……」
すごい痛いが、黒いモヤが消えて行くのがわかる。黒いモヤが消えて行くと、羽雪くんの魔力が気持ちいいものへと切り替わっていく。浄化が終わったのね……ちょ、ちょっと魔力の供給を止めて……
「あっ、ふぁん、んふ」
羽雪くんが、私の声に変化が出たのに気が付いたので魔力を止める。もうちょっと早く止めてほしいんだけど……変な声がどうしても出ちゃう。
「どう?」
「ふぅ……消えたけど、身体の中にはまだあるイメージね……厄介ね」
「もう一つ魔法陣あるからまた試すかい?」
「そうね……安全とは完全に言えないけど試して行かないとね。……ところで、毎回浄化の時は抱きつくの?」
「そのつもり……だめか?」
「別に……いいよ」
私は羽雪くんから離れ、次の魔法陣まで歩き出す。ああ、めっちゃ恥ずかしかった。恥ずかしいけどなんかもやもやした気分になったので、ちょっと羽雪くんに感謝を込めていたずらをしてみる事にした。
「あ、忘れてた」
「え?」
「ありがとう、羽雪くん」
私がくるりと回転し羽雪くんに抱きつきお礼を言ってみた。フフフ、いつも恥ずかしい事を平然とやってくる仕返しだ!存分に恥ずかしがると良い!
何時も割とポーカーフェイス気味な羽雪くんの顔から火が出るんじゃかいかと言うくらい赤くなった。
「!ふふ、やった!いつもの仕返し」
「ず、ずるい」
「あなたでもそういう顔するのね?」
やった自分の顔も真っ赤になっている感じだ。ああ、恥ずかしい。とても恥ずかしい。
お互い目が合って、お互い恥ずかしがってしまう。……どうやら私たち2人にはしばらく冷却時間が必要なようだ。
「さて、次行きましょう!」
魔法陣に呪文を唱えながら魔力を流すとまた黒いモヤが発生。魔力を流して見て魔法陣間で空間転移をさせて見ても発生。試しに基礎魔術を使用しても発生。と言った感じで魔力を使用した時は何をやっても発生する様だった。段々と黒いモヤの勢いが弱くなるのを期待していたがそういう感じでも無さそうだった。
「黒いモヤは簡単には減らない、増減している感じはあまりないので大量に体内にある。もしくは私の魔力を変換して黒いモヤになっている可能性があるわね。使用する魔力が多いと大量発生、こちらは魔力の使用量に応じて増えると考えて良さそうね」
「そうみたいだね……残念、簡単にはいかないか?あ、そうだ、俺が知らない魔法使ってみてよ?」
「……そうしたいのは山々なんだけど、魔力切れみたい……」
「やっぱりあるのか魔力欠乏」
「今のあなたか異常なのよ、どうしてかしら……どう考えてもこちらの世界の方が魔力を持てないはずなんだけど」
あれ?ちょっと世界がぐるぐる回る……これ、魔力欠乏症ってやつなのかな?私は羽雪くんにふらふらと近づくとそのまま意識を失った。
「……寝ちゃってる……魔力切れってこんな感じだったなぁ」
目を覚ますと夕暮れの空だった。
「……寝ちゃってたのね……ありがとう……魔力少ないかも、この身体」
「そうか」
「明日は厳しいかな」
「魔力の完全回復は3日は掛かる……だったっけ?」
「そうね、まさか転生して初めて魔力欠乏を経験するとは」
「転生前は魔力多かったんだ」
「うん、特大魔法を使わない限りは使い放題くらいな……あ!え、えっ?」
あれ、もしかしてこの体勢と声の位置と、頭のごつごつして柔らかい独特の感じは……膝枕か!私は慌てて飛び起きる。
「あ、ありがとう?」
「どういたしまして」
「さっ、帰ろ」
「うん」
魔法陣はさすがに怪しかったので、上に落ち葉とか砂をかけて隠す。一度魔力を通すと、別にむき出しじゃなくても機能するので問題はない。後片付けをして2人で自転車を置いてある場所まで歩き出す。
私は魔力の実験もそうだが、羽雪くんともっと一緒に居たいと思ってしまった。明日は魔力切れだと会わなくても良いとかいう流れになるのも嫌だった。ここは勇気を出して誘ってみるか。
「ねえ?私たちちょっと頑張りすぎだよね?」
「あー、まぁ凄い頑張ってるよね」
「明日くらい息抜きしない?私の魔力の回復も完全じゃないだろうし……」
「えっ?」
私は羽雪くんの顔を覗き込んでみる。最初は何を言われたかわからない顔をした羽雪くんの顔が赤く染まる。私は思わず微笑んでしまう。
「それじゃ、明日は駅前のエーオンで遊ぼうか」
「わ、わかった」
「……あれ?いや?」
「……嬉しい、とても」
ストレートな返答に私の顔が一瞬で真っ赤になる。ちょっと頑張り過ぎちゃったな……
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