賢者 急展開で大変になる

 土曜日の午後の魔法練習の日になった。いつものように準備をしていたらママに気が付かれ、また軽くおもちゃの様にされてしまった。なんで羽雪くんと会うのがばれるんだろうか?そんなにウキウキしているのだろうか?

 私はちょっと準備が遅れ気味になってしまったので颯爽と自転車に乗るとサッカークラブの準備をした弟の樹と鉢合わせをした。


「あれ、姉ちゃんどこいくの?」

「3丁目のコンビニよ」

「ふーん?デート?」

「ち、ちがうわよ!」

「あ、俺も近くに行くから荷物かごに入れて」

「え?ちょっと時間が……」

「大丈夫だよ、走っていくから」


 そう言うや否や樹が先に走り出してしまう。もうアグレッシブなんだから!樹は私と違ってかなり体育会系のノリの人間だ。パパもママも文系っぽいのになんでだろう?こちらの世界で得た知識で言うと隔世遺伝とかいう奴だろうか?なかなかのスピードで樹がコンビニ前まで走り切った。すごいものだねぇと感心していると。今日は羽雪くんが先にコンビニに着いていたみたいで、駐車場でおにぎりをほおばっていた。

 ああ、なんか久々でうれしいな……と思いながら私は手を振る。私はそのまま自転車を停めて弟にスポーツバッグを渡す。


「姉ちゃんありがとう」


 おにぎりを食べ終わった羽雪くんがゴミ箱にゴミを入れてからこちらに近づいてくる。


「あ、こんちはっ、お兄さん」

「こんちは、サッカーやってるんだね」

「うん、お兄さんもやってるんでしょ?今度一緒にやろうよ」

「もちろん」


 羽雪くんが軽く手を上げてグータッチのポーズをする。樹も気が付いてグータッチをする。樹が私に振り返って言う。


「ねーちゃんやっぱりデートじゃんか」

「……うるさい……」

「それじゃ~ね、楽しんでね!」

「もぅっ!」


 へへッと笑った樹がサッカー練習場の方に走って行き、青信号の交差点を渡ろうとする。


 ガァン!!


 余りの大きな私は驚き、音のあった方向を振り向く。大きなトラックがガードレールにぶつかった音だった。そのまま止まるかと思ったら、何故かトラックが加速していく……えっ、ちょっと待って……その方向には樹がいるのに!


 私はとっさに意識加速を使いどうするか考えると、私が動くより早く風の様に羽雪くんが飛び出した。途中からあまりの速さに体がぶれて見える。が、ゆっくりの時間の中で私は絶望してしまう。逆算していくと……羽雪くんと樹がトラックに当たってしまう……

 

 ダメだ、そんな事は許さない!もうパパみたいに私の周りから……私の大切な人を奪わせない!

 

 私は魂から魔力を引き出すイメージで一気に魔力を放出し前世でよく使っていた『魔力の盾』を展開する。これなら間に合う!加速された意識の中、私は運転席を見てみると寝ている運転手を発見してしまう。全部展開するとあの人を殺してしまうな……羽雪くんと樹だけ守る様に盾をずらす。これでうまく行くはずだ!


 ドォオオン!


 羽雪くんと樹君は上手くトラックの前から離脱出来た様だ。羽雪くんはとんでもないスピードだった……そのまま樹の治療をしてくれているみたいだな……ああ、よかった……


 羽雪くんが私の方を振り返りびっくりした顔をする。


 そりゃそうだよね……いきなり魔法を使ったら……騙されたって思って当然だよね……案の定私の周りには邪神の残滓が噴出し始めた。割と強めの魔法だったからそうなるよね……




 しばらくして警察と救急車のサイレンのが鳴り、辺りに野次馬が集まり慌ただしくなる。私はこれからの事、好きになり始めていた羽雪くんに魔法が使える事がばれた事。そして予想通りに邪神の残滓が大量に出てしまった事など色々考えていた。どうすればいいんだろう……賢者と呼ばれていた自分が懐かしい気がした。今の私はただの愚者だ。


 羽雪くんがそんな私を気にかけてか優しく話しかけてくる。


「どうする?逃げておくか?」

「対向車に目撃者何人かいるし、コンビニの監視カメラあるから無理じゃないかな……道路があまり映って無いと良いけど……」


 私は罪悪感で羽雪くんを直視出来ない。ダメだ上を見ないと失礼だよ。樹を助けるために命を投げ出した人なんだよ?そう思いながらも私は顔を上げられなかった。


「大丈夫な角度に見えるな……ドラレコ次第か……かなりのスピードだったから残像だけのはずだけど……」


 私は不安に押しつぶされながら羽雪くんに質問をする。


「ねぇ……聞かないの?」


「話したいなら……」


「……そう……」


「……それより弟さんの方が心配何だけど……大丈夫かな」


「あなたが樹を癒してくれたから……大丈夫。大きな心の病気にはならないと思う」


「そう言うものなのか……」


 私はどうすればいいか本当にわからなかった。羽雪くんもそうだったみたいでしばらく二人で無言で立っていた。


 しばらくすると気絶していた弟が突然目を覚ます。


「え? あれぇ?」


 弟が辺りを見回しトラックの破壊具合に一瞬ビックリしたのか止まった後、自分の体を触ってみてどこもおかしくないか確認をする。


「あれぇ??? トラックが……あれ?」

「上手い事トラックが何かに当たって助かったみたいだよ」

「え、……あんなに近くに来てた……ような?」

「まぁ、とにかく助かったんだ、よかったな」

「え、あ、はい?」


 私たちはしばらく警官の事情聴取の受け答えをしていると、ママが自転車に乗って慌ててやってくる。樹を見て、ああよかったとほっとした表情をする。それから私の方にも来て優しくぎゅっと抱きしめてくれる。


「怖かったでしょう……」

「……うん……」


 私の目から涙が流れ落ちる……今度は守れたのだ、樹を、羽雪くんを……しばらく私は泣いていた。

 

 しばらくして私が落ちついたのをみてからママが樹を抱きしめようと近寄ろうとすると……


「ママ!、オレ、テレポーテーションしたみたい!」

「えっ??あなたなに言ってるの?」


 樹の発言にママが混乱する、周りの誰かに現状を聞こうと見回すが、誰もが何が何だか良くわからない状況なので誰も答えられない。事情聴取をした警官も目をそらしている。


 事故現場の雰囲気が落ち着いてきたところで、羽雪くんが私の肩をぽんぽんと叩いた。


「ちょっといいか?」

「う……うん」


 コンビニの駐車場の離れた場所に羽雪くんが移動する。足取りが重い……どうしよう、騙してたんだもんね……羽雪くん怒ってるよな、当たり前だよね……


「……今まで騙しててごめんね……」

「……」

「……理由とか聞きたいだろうけど……詳しく言えないの」


 ああ、だめだ目を合わせられない。顔を上げられないや……


「……その、どの異世界から来たとか……その……確証がほしかったの……」


「……」


「……こんな不思議な世界だから、色々な並行世界があるかと思って……」


「……」


「あなたが私にとって……その……害悪な……存在かどうか……知りたかったの……」


 なんで何も言ってくれないんだろう……私を非難してくれたりした方が気が楽になるのに……


 すると突然、羽雪くんが私を抱きしめてきた。 


「……へ?えっ???え?」

「ちょっと痛いかもしれないけどがんばってね」

「えっ?」


 私が何が何だかわからない状態で混乱していると、羽雪くんが私に魔力を流し始める。


「あだだたたたたたたたたたたたった!」


 ちょ、ちょっと痛いんですけど、かなり痛いんですけど!!!


「い、いいい、いたいって!って、あれ?」


 途中から痛みが無くなり、心地よい感じになってきた。ああ、あの病気を治してくれた時と同じだ……


「あ、あったかい……?」

「……落ち着いたかい?」

「……うん」


 わたしの周りの邪神の残滓が光になって消えて行った。あれ、さっきまでのなんかネガティブな感情のようなものも同時に消え去る。

 そして私はふと我に返る。あれ?なんか思いっきり抱きしめられているんですけど?なんか羽雪くんが私の顔を覗き込んで微笑んでいる。あれ?ちょっと、滅茶苦茶恥ずかしい。

 恥ずかしがっている私に気が付いた羽雪くんが私から離れてくれる。


「あの……一応その……結構……意を決した懺悔の告白だったんだけど……」

「……俺は与謝峰さんに色々教えてもらってたから、騙されてるって感じ全然しなかったよ。むしろこれからもアドバイスお願いしたいのだけど」


 え?そんなお人よしな事言われたら私は提案に乗っちゃうよ……


「これからも……騙す事になっちゃうよ……」

「騙す、じゃなくて言えないんだろ?」


 ああ、なぜだろう……私の事を理解してくれているのだろうか……


「……うん、そうだね……」

「後は、大事な事言い忘れてた」

「え?」


「俺たちの命を助けてくれてありがとう」


「……どういたしまして」


 お互い見つめ合って、笑いだす。


「な、やっぱり彼氏だったじゃん」

「コラ、茶化すんじゃないの、まだ微妙な時期みたいなんだから」


 樹とママの声が聞こえた……あ……見られてたんだった……これじゃただの恋人同士に見えちゃうじゃないか!ちがうの、いや、ちがわない?……ああ、わたしはどうすれば……私の顔が人生で一番赤くなったんじゃないかと思うくらいだった。これが世に言う顔から火が出そうってやつなのだろうか?


 その後はママに連れられて帰宅する事になったので特に羽雪くんと会話する事もなかった。このまま私の事情を黙っていても申し訳ないので、羽雪くんにはスマホでメッセージを送っておいた。【明日ちゃんと話しよう】と。


 私はずるいやつだ。羽雪くんを利用して魔法のテストをしたり、自分が転生者と言うのを黙っていたり……羽雪くんなら理解してくれそうだけど、とりあえず最悪になる事も考えて軽く遺書のようなものを自分の机の引き出しの中に残しておいた。大切なママと弟と妹宛てに……

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