賢者 テストそっちのけになる

 学校の教室に入ると、羽雪くんがちょっとうれしそうに私に手を振ってくれる。思わず振り返してしまう。なんかいいなこの感じ。ふと、鈴ちゃんがあれ?と言った表情でこちらを振り返る?


「あれ?こっちゃん、優斗と仲良くなったの?」


 あ、しまった、魔法系の話で仲良くなったって言えないな……


「うん、ちょっと勉強でわからない事があったみたいで色々答えてたりしてるよ」

「え?優斗……いつのまに」

「テスト近いからみんな頑張り始めてるからね」

「そうだったぁ!忘れてたのよ!」

「今日からでもいいから頑張らないとね」

「こっちゃんは頭良いから……余裕ね……」

「一応範囲は全部抑えてあるから大丈夫」

「くぅ……なんでこんな天才がうちの学校に……」

「時間はお金で買えないもの」

「?言ってる事が高度過ぎて意味わかんない……」


 昼休みになると鈴ちゃんが羽雪くんと海斗君に話しかけに行く。


「ねぇ、勉強どうする?みんなで集まってやらない?」

「俺はちょっと一人でやりたいかも、テスト終わったらみんなで遊ぼうよ」

 

 あれ?意外、海斗君が断るなんて……なんかあったのかな?


「すまないけど、俺もパス、色々やりたい事をやりながらダラダラやるつもりだから」

「んーわかった。ちょっと寂しいねぇ……」

「こっちゃんはどうするの?」


 羽雪くんが、誰?って表情をする。


「こっちゃん?」

「あ、与謝峰さんの事よ」

「私は家の事がちょっとあるからあまり付き合えないよ。今日も親が仕事で弟たちの晩御飯作らないと……」

「それは……大変だね……」

「誰か勉強に付き合ってくれる人いないかなぁ~?」


 そう言うと鈴ちゃんは、他のそれなりに勉強の出来る女子グループに話しかけに行っていた。ほんとコミュ力のお化けだなぁ、鈴ちゃんは。

 私はトントンと羽雪くんの肩をつつき小声で耳打ちする。


「今日はちょっと家の事で行けないからまた今度ね」

「おう、わかった」


 私は手を振って自分の席に戻る。後で連絡すればいいものね。しばらくはテスト勉強とかで練習とかは出来ないかなぁ……勉強なんていいからそっちやりたいなぁ。


 私は家に帰ってから家事をこなしながらも、魔法の事、羽雪くんの前世の事が頭から離れなかった。ああ、だめだなぁ、はまりすぎている。私はどうにも耐えられなくなったので羽雪くんにメッセージを送る。


【ゲームにあまり詳しくないけど、なんかそれっぽいゲームあったら教えてくれる?調べて置くから】


 羽雪くんからなんか色々と私の知らないゲームのタイトル名が送られてくる。海外ものなのかな?日本人が作ったやつじゃないのね。


【ありがとう、さっそく調べてみる】

【テスト勉強しなくていいの?】

【何とかなるから大丈夫よ】


 とりあえず教えてくれたゲームタイトルを片っ端からネットで調べて行く。今は動画やら画像やらが何かしらヒットするので、どんな世界観でどんなゲームかなんかは直ぐにわかる。色々ありがたい。

 昨日の映画の資料と今回のゲームのスナップショットをドライブに送り、廃工場でも羽雪くんと話をしやすいようにして置いた。早く明日になれ……あ、テスト勉強あるのか、ううじれったい。無理にでも明日時間作ってもらえないかなぁ……今連絡しちゃだめだよな……時計を見ると夜中の1時を回っていた。朝も早いし寝ないとな……



 翌日、目覚ましが鳴るとともに家事と身支度を済ませ、羽雪くんにメッセージを送る。ちょっと媚びた感じにしてみたけど乗ってくれるかな?


【今日の放課後時間取ってくれないかな?テスト前で申し訳ないのだけど、気になって気になって眠れなかったの……】


 ちょっと時間がかかったが返信が来た。


【OK、その代わり勉強ちょっと教えて。】

【ありがとう!学校終わったらよろしくね!、魔法の練習はしなくて良いから中央公園の藤園あたり……かな】

【わかった、詳細はスマホで連絡し合おうか】

【うん、それじゃ学校で】


 よし!これで色々わかるぞ!私は放課後が楽しみで仕方がなかった。中央公園だったら電波も入るはずだし色々話が進めやすくなるね。



 放課後になると私はまっしぐらに家に向かい、雑誌、本、資料をプリントしたものやタブレット、その他もろもろをリュックに詰めて羽雪くんと決めた待合場所に向かう。あのテーブル占拠されてたら話をしにくいしなぁ……

 中央公園の藤園に急いで自転車で付くと、テーブルつきのベンチは空いていた。良かった。あそこなら聞き耳立てる人もいないだろうし談合には持ってこいだね。

 

 ベンチに座って一息ついていると、羽雪くんが自転車で到着する。


「お待たせ」

「待ってないよ~丁度来たところ、今日はありがとうね来てくれて」


 私はさっそくリュックの中から資料などを取り出し見やすい様にベンチに展開する。


「前回はごめんね、ひとりでテンションが上がっちゃって、聞きたい事の10分の1も聞けなかったよ」

「え?10分の1?」

「だって異世界の記憶って物凄い面白い事を聞いたのに、異世界の話は全く聞けてないんだよ?」

「ああ、まぁ確かに魔力の練習をして終わり際にちょっと話しただけだもんな」

「それで今回はテスト勉強で時間もとれなさそうなので、アジェンダを用意しておきました!」

「お、おおぅ?」


 若干羽雪くんが引いてる感じがしたが、まぁ、無視だ、無視。このまま進めて行こう。


「あ、その前に魔力感知で人に聞かれない距離かどうかのチェックをお願い」

「大丈夫、もうやった」

「あ、すごい、予備動作無くなってる……それじゃ、第一の質問です。どれくらい前世の記憶を覚えているの?例えば生まれてから死ぬまでをきっちり覚えているとか、部分的に覚えているとか?」

「ああ、これは俺も疑問なんだけど、何故か駆け出しっぽい時期で、その前後の記憶しかないんだ、今でいうと社会人になってすぐ……くらいなのかな?」

「ああ、やっぱり断片的だったのね。魔力操作なんかも知っていると言うより、試しながらびっくりしている感じだったから、ちょっとおかしいと思ったの」

「なるほど……」


 やはり断片的に思い出して、その記憶を頼りに魔法を使ってみた、って言った段階なのね。それで色々と合点がいった。


「第二の質問です、前世の名前や物の名前……文章などは書けたりする?」

「あれ……?分からないかも……ちょっと待って……人の顔とかはおぼろげに覚えているんだけど……」

「そう…………」

「あれ?どうしたの?」

「あ、その文章や名前を唱えると呪文が発動するかなー?とか思ってました。思っていたよりも情報が少ないかなぁ……」

「ああ、でも、なんか魔法を使ったり、きっかけがあると思い出す事が多い気がするよ」

「……そうなの?それじゃぁ、今までと同じで色々な種類の魔法使うとかやってみた方が良さそうだね」


 うーん、残念。文字があったら、わたしと同じ世界だったかどうかの判別がついたから簡単だったのに……違う異文化だとしても文字があると無いとでは全然ちがうからなぁ……


「第三の質問です、これもわからないかもしれないけど……前世の性別、職業などは?」

「性別は男だと思う、可愛い子に反応してた記憶なんかはある。職業はおそらく狩人……だな魔物を狩る感じの職業のはず」

「……そう……あ、この人気ゲームの〔ドラゴンハンター〕みたいな感じ?」


 私は、持ってきたタブレットに保存していたゲームの画像を羽雪くんに見せた。


「ああ、さすがにこんな巨大な奴を狩った事が無い気がするが、もっと小さいのはやった事ある……なぁ……」


 羽雪くんが、眉間にしわを寄せて苦しそうな表情になる。ん?どうしたんだろう?頭痛かな?記憶を刺激しすぎたかな?


「……大丈夫?」

「ちょっと待ってね……」


 しばらく痛みが続いた様で、1分くらいすると表情が普通になってきた。思い出すと頭痛がする感じなのかな?


「大丈夫……続けて」

「記憶障害的なものなのかな……?」


「それじゃ気を取り直して第四の質問です、周りにはどんな人がいたの?見た目とかは思い出せない?」

「ああ、これは大分思い出せたよ」

「おお!これは期待出来るかな?」

「まずは俺たちと同じような人族、爬虫類と人の間の種族、ネコと人間の間の種族、犬と人間の間の種族、狐と人間の間の種族……ああ、なんか動物の力を取り入れた獣系の種族がいた。あとは体が巨大だったり、小さかったり、耳が長くて綺麗だったり、角を生やした真魔法が得意な種族……なんか色々いたよ……」


 ちょっと、いきなりすごい情報量が来た。該当する資料は、これとこれとこれか?大分私のいた世界と近い気がする。とりあえず、日本人が好きそうな異世界の獣人を見せてみた。


「こんな感じ?」

「ちょっと違う」

「それじゃぁ、こっちくらい?」


 海外系のリアルな映画に出てきそうな獣人を見せてみた。

 

「これの方が近いな、骨格が人型過ぎる気がするけど」

「……そう……現代の人たちには受けが悪そうな見た目かもね……」


 うーん、なんか同じ様な世界っぽいな……


「第5の質問です、社会はどんな感じだったの?文明レベルは?後、神様とかやっぱり信じてる感じ?」

「文明レベルはここより大分落ちる……戦国時代とか?あの辺レベルな気がするよ。石造りが基本だったけど、コンクリみたいのはあったけど…………電気とかは無かったな……井戸に手漕ぎ式のポンプなんかはあった。世界遺産とか見て見たけど、何となく似ているなぁ……くらいな感じ」

「うーん……やっぱり建築物には宗教性が出るからあんまり似てないか……」

「あ、神様は普通に神殿に降臨されたりしていたぞ」

「……え?……」

「この世界には神様が降臨……しないんだよな……あっちの世界と根本的に違うのかな……」

「か……神様とはどんな?感じ?」

「それは美しい人だったよ、降臨されてみんなに祝福を与えてくれるんだ.…そう、祝福……」


 そう言うと羽雪くんが頭を抱えて苦しみだした。


「ぐ、ぐ、ぐ……」

「ちょっと羽雪君!!大丈夫!、ああ、どうすれば……」


 ああ、どうしよう?記憶を辿ると頭痛がしてしまうのが確定した感じだ。時間がたてば治るのかな?頭を冷やした方がいいのかな?ああ、回復魔法が使えればいいのに……


「うう……治まってきた……大丈夫だ……」


 わたしはバッグからウェットティッシュを出して羽雪くんの脂汗をふき取る。これは物凄い激痛だったんじゃないだろうか……申し訳ない事をしたな……


「物凄い……脂汗……ごめんね……記憶、思い出そうとすると大変な事になるのね……」

「ああ、女神様の事を思い出そうとしたらそうなった……あ、でも今は大丈夫だ」


 女神様……私たちの世界にも神が現世に降臨していた。大体同じ時期に二人の神が敵味方に分かれて降臨し戦争をし合う歴史があった。私たちの時は邪神軍、魔王軍と呼ばれ女神様達の勢力が押され始めた時に降臨してきたのだ。なので私も女神を見た事が、と言うより一緒に研究したり、他愛のない話をしたり、一緒に敵対勢力と戦ったりしていた。


 そんな事を考えていると、唐突に羽雪くんが魔力を込めて私のお腹を触る。


「ひゃん!!!!」


 また身体中に電気が走ったようなビリビリとした感覚が広がる。


「ちょっと羽雪君!いきなり魔力を流さないで!、っていきなりお腹を触らないで!」

「あ……ごめん……何か与謝峰さんの芯の部分に黒いモヤが見えたから触ってみたら消えちゃった……」

「……黒い……モヤ?煙みたいなの?」

「うーん、わからないなぁ……なんとなく感覚で見てるからよくわからないかも……今は見えないや……」


 え?邪神の残滓が見えるの?ふと私は自分のお腹のあたりを見てみる。あれ?いつもはたまに見え隠れしたりしていたのだが完全に見えなくなっている。羽雪くんのビリビリにやっぱり浄化作用があるのが確定なのかな?

 それにしても、羽雪くんがあんなに苦しいのならば、記憶を辿って色々と実験をするのはやめた方がよいのだろうか?何か見ていても辛そうで、こちらの方がいたたまれない気になってくる。


「前世の記憶を辿るのはやめた方が良さそうね……」

「そんな事は無いと思う、さっきの頭痛が治ったら、なんか、魔力の扱いがもっと上手くなってる感じ、全部思い出せたらなんかすごい事が出来そうだ」

「そう、それなら良いのだけど……はたから見てるとかなり苦しそうで、いたたまれなくなるよ、実験は辞めた方が良いかな……」

「んーそんな事言わないでくれよ、これからも付き合って欲しいよ、なっ?俺の賢者様」


 私はまじまじと羽雪くんを見てしまう。


 羽雪くんの発言と、私の最愛の人との発言がダブった。全然違う見た目なのに……賢者様……って言葉にかな。いつもあの人が困ったときに私を頼って来て、忙しいからって断ってもごり押しで私に調査を手伝わせたり、厄介な案件に私を巻き込むために言う決め台詞だ。私が惚れてて断れない事をを良い事に色々とやってくれたなぁ……レビィ……


「……え?」

「あー、だからこれからも色々実験に付き合ってって事なんだけど……」


 色々と前世の記憶を思い出してしまった私は頭の回転が物凄く遅くなってしまった。私は内心がばれないようにとほほ笑んでみた。顔が固まっている感じだ。


「うん……こちらこそよろしく」


 ちょっと、記憶の整理の時間が欲しくなってしまった。思った以上に記憶がある感じだなぁ……


「あ、でも、次はテストが終わってからにしようか、私の知りたい事は結構知れたし、羽雪君の記憶を辿ったりした時に前世の記憶が影響してテストの範囲忘れちゃっても困るものね……」

「え??その可能性は考えなかった……」

「まぁ、ちょっと忘れてもスパルタで何とかしよっか?」

「ほどほどでお願いします……」


 テスト期間中も羽雪くんからの連絡が結構来た。主に回答を見ても意味が分からないから解説お願い!と言う内容のものだ。前世の仲間、私の愛した人たちがこの世界に生まれてきたとしたら、こんな感じだったんだろうか?昔も色々と仲間に私の知識を頼ってくる人が多かったな……そんな事を考えながら返信をして行く。

 ん?なんか羽雪くんが調子に乗ってわかりそうな事まで聞いて来ているような?まぁ、いいか……


 レビィはもうちょっと真面目だったよな……たまにお茶らけるけど、仲間の緊張をほぐしてあげようと言う意図だったり。仲間を鼓舞する時に冗談をよく言っていた。う~ん。なんか雰囲気似ている気もするなぁ……レビィも転生してきたのか……でもそうすると、誕生日も結構近いはずだし、あの直後ですぐに転生出来るのだろうか?魔法陣の作成やらで最低でも次の転生までは数週間はかかるはずだ。しかも私の使った記述を覚えられるような人間はあの場にはいなかったはずだから、転生をして追って来ようにもかなりのギャンブル、と言うより時間的に無理だ。前世で私が色々と古文書などを漁った情報を元に女神様と話をしたときに、時間の逆行、止めるなどは基本的に出来ないとの事だった。世界が違うと理も違うのかと思いきや魔法、人族と言った共通点がかなりある。


 うーん、なんか前世で好きだった人と羽雪くんを比べるのもなんか申し訳ない気がしてきた……

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