賢者 両親に悩みを告白する
さらに月日が流れ、3歳になった。
私は自重する事なく貪欲に知識をむさぼった。保育園にも特別に許可をもらい、図書館で借りた本を持ち込みOKにしてもらった。ママと先生たちには感謝しきれない気持ちだ。
それにしてもこの世界の図書館には驚かされる。掛け金もなしで本を借りられるのだ。しかも値段が裏に印刷されているし本の値段を見るとかなり安い。印刷のおかげだろうか?前世では手書きの写本が基本だったから……人件費はやっぱりすごいかかっていたんだなぁ……改めてこの世界の文明の進化に驚かされる。
3歳にもなると、まわりの子供達も喋られるようになり、相手をする私も面白かったので一緒に遊ぶようになった。それまではほんとの1人で黙々と読書をしたりしていた。
この時、後の親友となる鈴ちゃんと一緒によく遊んだ。鈴ちゃんは運動が活発な子で元気に飛び回っていた。私もそれに引っ張られ走り回っていた。今世の私の体はそこまで強くないが、周りの子とは同じくらいの能力を持っている様だった。
「うゎぁーん!」
鈴ちゃんが豪快に転んでしまった。慌てて私が近寄り状況を確認する。よかった擦りむいただけだね。
「大丈夫よ、傷口洗わないといけないから先生のところに行こう」
「ヒグッ、ヒグッ、わかった」
鈴ちゃんと手を繋いで先生の所まで連れて行き、私が状況を説明する。先生は傷口を水で洗った後、携帯の傷口処理をして行く。
「琴音ちゃんありがとうね。あなたがいると助かるわ」
「どういたしまして」
先生はニコッと笑うと私をヨシヨシしてくれる。悪い気分はしなかった。
この頃になると、私は両親に負い目を感じる様になってきた。知識欲が満たされて来て、周りが見えるようになって来てふと気がついてしまったのだ。
こんなにも両親が愛してくれるのに、私は魔法を使ったら狂って死んじゃう……魔法を使わずに出来るだけ長く生きて行く、そうすれば今の両親に恩を返せるのだろうか?そんな事を色々考えている内にママが不安そうな顔で私の顔を覗き込む。
「琴ちゃんだいじょうぶ?お体悪い?」
「ううん、全然、悪くないよ」
私はママの顔を見て安心してしまったのか、泣き出してしまった。心の底から物凄く悲しい。ママが優しく抱きしめてくれる。私が泣き止むまで背中をトン、トンと優しくたたいてくれた。
私は悩んだ。私が無理やり転生してきたせいで、今の両親をこれから苦しめる事になる事を。転生前は、転生してしまえば何とかなると楽観的にしてしまった部分も否めない。向こうの世界を救う事が第一、私の愛した人たちを救う事を優先したのだ。転生後に自分を産んでくれる人の事を考えた事が無かったのだ。
私は決心した。両親に転生してこの世界に来た事と、魔力を使うと狂って死んでしまう事を伝える事にした。
「ママ、パパ、大事な話があるの」
「なんだい?改まって」
「……私、前世の記憶があるの」
「そうか」
「やっぱり」
え?なんでそんな反応?そこは驚くところじゃないのかな?あれ?
「えっと、驚かないの?」
「そりゃ、琴音、君は色々やらかしているから、親しい人はみんな気が付いているよ」
「そうよ、1歳過ぎて直ぐに本を読み漁って、大人が読むような本を読める子なんてこの世界にはなかなかないわ」
「そうだね、本も読むし、言葉も、もう大人が使う言葉を使っているだろう?あまりに早過ぎる。それに良く似ているんだ。パパと一緒に働いている外国人に。あ~簡単に言うと、考える事なんかは大人の考え方なんだけど、言葉が拙いだけ、知らないだけで、言葉の表現がおかしい大人。そんな感じなんだ」
「そうねぇ、1歳でおむつが取れちゃう子なんて普通いないのよ。保育士さんたちからは毎日起こす伝説を色々教えてもらって、すごい天才と褒められていたけど……」
ママがなんて言ったらいいかわからないような複雑な表情をした。パパは終始にっこにこだった。私は余りの事にポカーンとしてしまう。そこにパパがウキウキした感じで私に質問をしてくる。
「で、琴音、どこから来たんだい?どれくらい前世を覚えている?名前はなんだい?何をやってたの?性別は?職業は?どんな世界だったの?どんな文章をかいて……」
後ろからママが軽くパパの頭をはたく。
「パパ、そんな一気に質問をしたら琴ちゃん困っちゃうわ」
「あ、ゴメン、ちょっと楽しくなりすぎてしまった」
「えっと、その、まずこの世界では無いの。ここではない別の世界から来たの」
さすがにパパとママが驚いた顔をした。
「さすがに、驚いたな、別の世界……本当にあるんだ」
「ごめんなさい、私はちょっとピンと来ないわ」
そうだよなぁ、私も異世界なんて最初は信じられなかった。王立図書館や、女神様から色々教えてもらって無ければ信じていなかった。そもそもここに来たのも、すでに先人達が開発した魔法陣をカスタマイズして使っただけだからなぁ……
「そっちは驚くのね」
「……って事は、琴音は人間でなかったとか?」
「うん、近い種族だったけど厳密には人では無かったよ」
「宇宙人なのか……?」
「そうなのかもしれない、私もこの世界で色々な情報を探してみたけど、どこにも前に見た風景や地形などが無かった。他の宇宙の他の星から転生してきたのかもしれない」
「って事はUFOにのってたとか?」
あ、そうか宇宙人ってあれか、私も本、と言うよりパパの部屋にあったいかがわしい雰囲気の本とかに載っているあれか、さすがにあれは無いと思う。ちゃんと説明しないとダメだな……
「……あ、ごめんなさい、ちゃんと話すね、私が転生する前の世界の話と、私がなぜ転生してきたかを」
明日は日曜日だから話をして遅くなっても大丈夫だよね?私はゆっくりと順に経緯を話し始めた。
「私のいた世界はこの世界より文明が進んでいない世界で、電気も機会もない世界だったの。だけど魔法が存在してこちらで言う、電気とかガソリンとかそんな役割をしていたの」
「魔法!」
「魔法があるのね、なんかすごい世界だったのね」
「すごい世界……私からするとこちらの方が平和で安全で暮らしやすい世界よ。あちらの世界は殺し合いありだし、戦争や病気や飢えで人が沢山死ぬ……殺伐とした世界だったから」
「物凄い過酷な世界だったんだね……」
「悲しい世界だったのね……」
「うん、そこまで良い世界ではなかったけど、良い人もたくさんいたよ、私はその人たちのために転生したの」
「……えっと、その話だと転生を自分の意志で出来るって言う事かい?」
「とても難しい術式を組んでやっと出来る感じだから殆どの人は出来ない。だけど私は仲間を守るためにやってみたの」
「仲間を守るために転生……ちょっと話が見えてこないかも」
「……あ、そうだね、私の頭の中で話が完結してた。えっとね、簡単に言うと、前世の私は邪神の呪いに侵されて死んじゃうところだったの。死んじゃう間際で転生の秘術を使ってこちらに来た感じなの」
「なんて事……」
「それは……」
「それでね……転生すれば呪いが消えるかと思ったんだけど、呪いも私に付いてきちゃったの」
「え……?」
「えっ?琴音……今、大丈夫なのか??」
「うん、今は大丈夫……だけどね、私が魂から魔力を使おうとすると、おそらく呪いが発動して私が狂って死んじゃうの……」
「どうすれば……」
「ああ、なんて事なの……」
「ごめんね、パパ、ママ、私なんかが転生してきてしまって」
私は心の底からの悲しみを感じた、勝手に涙が流れ落ちる。ああ、やってしまった。そうだ、私は失敗してしまったのだった。地面を見つめてしまう。両親を直視出来ない。申し訳ない……
ママが私が気が付かない間に私に近づいてきてギュッと抱きしめてくれる。
「琴ちゃん、最近暗い顔をしてたから心配していたの。いじめられているんじゃないかって……」
私は泣くのを止められない。涙腺が壊れたかのようだ。私が落ち着くまでパパとママが静かに待っていてくれる。
「……琴音、つまり、魔力を君が使わない限りは、普通の子として暮らしていけるって事なのかい?」
「……うん。生きられるかも」
「どうすれば魔力を使わないで生活出来るか、パパとママに教えてくれるかい?」
「……わかったわ」
それから私の心が落ち着くまでママが優しく抱きしめ続けてくれる。
私はパパとママに色々説明した。
「普段暮らしている上では、わたしが魔力を使う事が無いと思う。危険なのは私が命の危機に面したときや、あとはパパとママが死にそうなときに使ってしまうかもしれないの」
「……それならほとんど大丈夫じゃないかな?この世界、日本では殺し合いなんて殆ど起きないし、後は交通事故……だと可能性あるか。病気も医療がかなり進んでいるからガンとかでもない限り寿命まで生きられるし」
「そうね、琴ちゃんが生きてた世界と比べると命の危険性はほとんどないわね」
「それなら、大丈夫なのかな?」
確かに、この世界のニュースを見ていても遠くの国では戦争が起きている様だったが、この国はとても平和なように見えた。町も女性も老人も子供も一人で歩いても危機感などは感じられなかった。
「あと、重大な事が一つあって、この呪い、自分の子供に移っちゃうの。だから私、自分の子供は持てないの……」
「え!」
「そんな……」
「だから、その、パパとママには頑張って、弟と妹を作ってもらわないと困るの!」
「えええええ??」
「あら?」
言ってて私はものすごく恥ずかしくなった。これって要するに夜の生活頑張ってくださいと面と向って話をしているのと同じじゃないか!
パパとママも思いもよらない発言だったらしく、珍しく顔が赤くなって恥ずかしそうにしている。
「そ、そうだな、僕も頑張るから、琴音もがんばっていこう、ママもがんばるか」
「あなた、何を言っているの……」
最後はちょっと間抜けな感じになってしまったが、伝えたい事は伝えられたと思う。本当にうちのパパとママは私を愛してくれていたんだな。ちょっと嬉しくて涙が出てきた。そんな事を考えていたら、ふと疑問が出てきた。
「あれ?なんでパパとママは私が異世界から来たってすぐに信じたの?」
「だって琴音の部屋に、よくわからない魔法陣のイラストやら、見た事もない文字が大量に書いた紙があるじゃないか?」
「私が掃除しているときに発見して、記念にスマホで写真を撮ってあるわ」
「それを見て、この子はおそらく違う時代から来た転生者じゃないかって思ったんだよ」
「……えっ、いつの間に……」
「あなた、本を読んでいる時は集中しすぎて掃除していようがなにしても気にしないじゃない」
「……そうだったのね、次から気を付ける」
「気を付けても無理だと思うぞ」
「ふふふっ」
「むぅ……」
両親が受け入れてくれてとてもうれしい。なんて優しい人たちなんだろう。この人たちのためにも私は頑張ってみよう。魔力が暴走して自分が狂ってしまうのなら……その時私は自分の手で何とかしようと決意した。
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