現代転生・裏 訳あり賢者 現代に転生する

賢者 赤ちゃんになる

 私はまどろみの中で泣いていた。私は覚えていた。私は最後の別れを仲間と最愛の人に一方的にしてからこの世界に来たのだ。私は過去の事を突然思い出して悲しくなった。あれ?……それにしてもおかしいな……近くで赤ちゃんの泣き声がする。なぜだろう?



 私には前世の記憶がある。



 それは私が転生の秘術を使用して意図的にこの世に産まれてきたからだ。


 前世で邪神の呪いにかかった私は転生をする事によって邪神の呪いを元にいた世界から追放し、私自身は呪いを回避し転生先で普通の人生を送れるはずだった。が、その目論見は崩れ去った。


 邪神の呪いは魂にひもづくものだった様で、転生後の私の体の中に邪神の呪いの残滓を感じる事が出来てしまい……まだ体の中、いや、魂の中に残っている事がわかったのだ。邪神の呪いは魔力が大好物。だが、幸いな事に転生した今の私には魔力が循環していない。これは好都合だ、私が魔力を発動しない限り邪神の呪いは成長しない。幸いにもこの世界には魔力が潤沢に満ちているような気配もなく、魔力を使える人の気配も周囲に無い。外の魔力に反応して呪いが発動する事もなさそうだ。

 要するに、私が魔力を使おうと私の魂からひねり出さない限り、私は邪神の呪いで狂って死ぬ事は無くなるわけだ。


 と、全てを思い出したのはたった今なんだけど……身体が全く、いや、動くんだけどすごい不自由で重い……自分の手を見てみると、ものすごくボヤッとしていて目が悪くなった感じだが、あれ?なんだか短くてふっくらしている?あれ?これはなに?頭をゆっくりと回転、回転させるも大変なくらい重い、それでも頑張ってズリズリと回転させてみると、私の記憶にない、見た事もない文明の部屋だった。


 ぼやけてしっかりとは見えないが、光り輝く箱からは光と音が放たれ、中に人がいるかの様。布団もものすごくキレイで汚れ一つ無い感じだ。貴族階級にでも転生してしまったのだろうか?周りの確認が必要だ。歩こうと立ち上がろうとしても体が上手く行かない……ジタバタしていると、猛烈な眠気が襲ってきて抵抗する事も出来ずに眠ってしまった。


 お腹が空いて目が覚める。なんて事だ……そんな事今までなかったのに!お腹が空いたと言おうとしたら私の口から赤子の泣き声が。


「ふぇっ、ふえっ、ふぇっ」


 え?どういう事?何が起きているのコレ?そうして私が戸惑っていると、


『あら、あら、あら』


 遠くの方から巨大な女性が何かを言いながら近づいてくる。ドタバタと大きな音をまき散らしながら何かを準備して私の方に近づいてくる。話そうとすると勝手に違う声が出でしまう。


「ふぇっ、ふぇ、ふぇ」

『あらぁ?お腹がすいているのね。ちょっと待っててね』


 あれはなんだ?白い乳首?乳首付きのガラス瓶?、巨大な女性は優しそうな顔で私の口にそれをあてがう。私は勝手に口が動き出し中のものを飲みだす。え?っとこれは……転生したから、ああ、そうか、私、赤ちゃんなんだ、ここからのスタートなのね。それにしても言葉も全く分からないとは……どこの国の言葉だろう?


『あらぁ?たくさん飲んだわねぇ、あら?オムツがパンパンね、変えましょうか』


 それから私は、その巨大な女性、おそらく母であろう人におしめを変えられ恥ずかしい思いをした後、とんとんと背中を優しくたたかれゲップをした。大人まで成長していた私の精神にとって、それらの行動は私のプライドをズタズタに引き裂くのに容易な事態だった。悲しくなってしまうとまた自動的に身体が泣いてしまう。


「ふえーん、ふえーん」

『あら?どうしたのかしら?いつもならウトウトしちゃうのに……』


 巨大な女性が私を抱えてゆらゆらと揺らしだす。身体ゆらゆら大きく揺らされてびっくりしてしまった。ビックリしたら自動的に泣き止む。何だこの体は。そんな事を思っているとまた私をベッドに置いて体をトントンと優しくたたいてくる。心が落ち着いてくる。

 それにしても、赤ちゃんって、物が良く見えないし聞こえない感じなのね。全部ぼやっとした感じ。おそらく体の器官が色々と育っていないのだろう。早く成長しないのだろうか、この世界の人族はどれくらいで成長するのだろうか?そんな事を考えていたら、気が付いたらまた寝てしまった。


 夜になると、さらに大きく太い声をした人が帰ってきた。おそらく父親だろうか?私を抱き上げると、顔をすりすりとこすり付けてくる。ひげの後らしきもののせいで結構痛い。ニコニコしながら嬉しそうに私に色々な事を語りかけてくる。


『琴音、ただいま、元気にしてたかい?可愛いなぁ』

『今日は、琴ちゃん頑張って喋ろうとしてたのよ』

『本当かい?それはすごいね。こんなに小さいのに』


 母であろう人物からも言葉がわからないが嬉しそうな声音で話しているのが聞こえる。私、この世界で愛されているんだな……前世では正直そこまで恵まれた感じではなかったので、全く違った環境に戸惑ってしまう。


 私が転生前の友人や仲間たちの事を思い出すと頭では理解しているつもりだったが、心の奥底ではまだ悲しい様で、体が勝手に泣いちゃうのには辟易した。ほんと、感情のコントロールがほとんど出来ない。ちょっと楽しいとすぐ笑うし、ちょっと嫌な事を考えるだけで泣いてしまう。赤ちゃんってこんな感じなんだね。



 それにしても、赤ちゃんだと動けないし本も読めない、余りに暇すぎて、前世の記憶を色々整理する。整理するたびにちょっと泣いてしまったり、怖くなってしまったり、嬉しくなってしまったり、恥ずかしくなってしまったり、そのたびに赤ちゃんの体は感情を表現してくれる。


『元気な子ねぇ、ふふっ』


 母はそんな私を優しく見守ってくれている様だ。変な子に見えていないかちょっと心配になった。


 ああ、それにしても早くこの世界を探索したい!違う文明を満喫したい!邪神の呪いが発動をしていないからまだ良いよね?ちょっとくらい大丈夫だよね?私は前世の仲間たちには悪いが、未知のこの文明に対して好奇心に満ちあふれてしまった。






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